「久しぶり」
──ゴオオオゥゥゥッ!
かつてない勢いで魔力を込めた灼熱の剣は、空気すら焼き、ナキリの拘束を焼き切る。
……やっぱりだ。
魔術には魔術で対抗できる。
その原則に当てはめればナキリの魔術と俺の禁術はせめぎ合うように出来ている。見えない念力だろうと、そこに物理的な現象が起きている以上魔力は滞在しているのだ。
その魔力を狙って焼き切れば……対抗できないはずがない!
「まずいわね……スザク!」
仲間を呼びながら自分は後退し始めるナキリ。だが、
「逃がすかよッ!」
調子に乗って近づいてきてくれたんだ。この瞬間、この機会は逃さない!
「はあああああァァァッ!」
右手に燃え盛る灼熱の剣をナキリへと振り下ろす。
その瞬間、
「させないっ!」
俺とナキリの間に割って入るスザクの姿。
だが……その細剣では俺の灼熱の剣は防げないだろう。二人まとめて焼き切る!
スザクも自分の剣で防ぐことが出来ないのを分かっているのか、焦ったような表情を浮かべている。だが……
「ナキリ!」
呼び声に答えるかのように、彼女はその呪文を詠唱する。
「顕現せよ──理想郷」
その言霊を唱えた瞬間、スザクの細剣に漆黒の魔力が纏わりついた。
紅と黒の剣閃は上下に交差し、激しく衝突する。
「ぐっ……!」
「……なっ!?」
到底受けきれるような威力ではなかったはずなのに、スザクは俺の一撃を見事に受けきっていた。交差された二本の剣はがっちりと俺の灼熱の剣を受け止め、離さない。
それはまるで拓馬と戦ったときと同じ拮抗だった。
本来灼熱の剣を受け止められる物質など存在しない。
だが、その超常を起こす魔力に干渉されれば話は別だ。
俺が灼熱の剣でナキリの魔術を焼ききったように、今度はナキリの魔術が俺の灼熱の剣を食い止めているのだ。
だが……
「……お前の魔術は『念力』じゃなかったのかよ」
ナキリの持つ魔術の性質から考えるなら、それは妙と言わざるを得ない現象だった。『念力』の天権は物理に影響するタイプの能力。魔力の塊である灼熱の剣に対抗するには出力不足のはずだ。
「あーら、私の能力が『念力』だなんて誰が言ったかしら?」
「何?」
自慢げに語りだすナキリの両手には先ほどスザクの剣を強化したものと同じ、漆黒の光が集まっている。
「これは私の理想の世界を創る、理想郷。簡単に言えば理想を現実にする能力よ。触れたものにあらゆる能力を付与する。最強の剣だろうと、飛来する飛礫だろうと自由自在……自分自身に使えば、」
漆黒のオーラを纏ったナキリの姿が消える。
そして……
「私はこの世界で最強になれる」
俺の眼前に影のように出現した。
漆黒の光を纏う手刀が俺の腹部に迫り、咄嗟に灼熱の剣で防御するが……
「無駄よ」
灼熱の剣ごと、ナキリの手刀は俺の腹部を貫いた。
「ぐ……ッ!」
出力が違う。
魔力が違う。
地力が違う。
ナキリの理想郷に対し、俺の灼熱の剣は呆気なく敗れた。
だがそれでも……
「まだ、だッ!」
俺の負けではない。
俺には『不死』の天権がある。与えられた傷なんぞ大した問題ではない。
それより……この至近距離にいるナキリへ一撃を叩き込むんだ。
足元に炎舞を展開。俺は腹部を貫かれた状態のまま、突進しナキリごと大広間の壁に激突する。加えて、自分自身と一緒にナキリの体を灼熱の剣で燃やす。相打ち狙いの攻撃は確実に決まっていた。
だが……
「言ったでしょ。私は最強なのよ」
漆黒の光に守られたナキリには傷一つついていない。
まさしく最強。彼女の作った理想郷の中では誰も彼女には勝てない。
「言っておくけど、例え傷を負ったとしても理想郷を展開すれば傷なんて一瞬で治せるから。つまり貴方の天権すら私にとっては再現可能なわけ。今まで散々やんちゃしてたみたいだけど"私達"には通用しないわよ」
「…………」
魔族の序列上位四名はまさしく格が違う。
話には聞いていた。
だが、ここまで圧倒的だとは思わなかった。
勝てない。
たった数分の戦闘でそのことがはっきりと分かってしまった。たとえ、ナキリとスザクのどちらか一人だけを相手にしたとしても勝てなかっただろう。
この状況からでは逃げ出すことも望めない。
俺はここで……死ぬ。
「……だから……何だってんだ」
すでに魔力も残り少ないこの状況、もって数分の命。
だがそれでも俺には諦めることなど許されない。
「なんですって?」
「死ぬことが決まっているからって、それは生きることを諦めて良い理由にはならない。約束してんだよ……こんな俺にも生きてくれって、そう言ってくれた奴がいるんだ。だったら……」
消えかけていた炎に再び魔力を込める。
まだ立てる。まだ戦える。まだ……俺は生きている。
「こんなところで……諦めてたまるかよッ!」
灼熱の剣を目くらましに、後方へと跳び退る。
スザク、ナキリ、そして……魔王。
この三人に勝てないことは分かった。
だったらもう、俺に残されているのは僅かな可能性に賭け逃げることだけだ。
大広間の扉へ向け、一直線に駆ける俺へスザクが追撃しようとするが……
「やめろ、スザク」
「なっ……魔王様!?」
何を思ったのか、スザクの動きを制した魔王。
「必要ない。その男の処分に関しては私の娘に任せている」
意味の分からないことを語る魔王。
だがこれはチャンスだ。俺の速度についてこられるのはスザクくらいのもの。姿さえ消せればもう捕まらない。もう少しで扉に手がかかるという時に、その扉はゆっくりとひとりでに開き始めた。
外から内へ向かって。
それはつまり新たな人物の登場を意味していた。
逆光の中、ゆっくりと姿を現したその人物は……
「……イリス?」
銀髪を揺らす、懐かしの少女の姿だった。
「久しぶりね……カナタ」




