「孤独の王様」
紅葉達から話には聞いていた。
ケルンを襲った主犯格、魔王の姿は俺にそっくりの少年だったと。
だがこうして相対し、並んでみれば分かる。
確かにこいつと俺はそっくりだ。
まるで鏡写しのように。
だが……まるっきり同じというわけではない。
奴のほうが身長が高い。少しだけ老けて見えるのも気のせいではないだろう。
くたびれた枯れ木のような印象が目の前の少年……いや、青年からは見受けられる。明らかに俺とは別人。ただの他人の空似というやつだろう。
そうと分かればビビッってる場合じゃねえ。
「……おい。イリスはどこだ。お前が連れ去ったのは分かっている。さっさとこっちに返せば事を荒立てるつもりはない」
漏れる言葉がどこか引き気味なのは魔王のプレッシャー故か、問いかける俺に、
「返せだと? これはまたおかしなことを言う。イリスはもともと私のものだったのだ。お前たちに引き渡す義理はない」
「なんだと……?」
魔王の語る言葉は俺にとって理解できないものだった。
それについて詳しく聞きだしてやりたかったのだが、
「ねえねえ、魔王さん。こいつ殺しちゃっていいんだよね?」
「ああ。好きにすればいい。ナキリ」
……どうやら奴の取り巻きは会話すらさせてくれるつもりはないらしい。
「やった! それなら今度は……外さないからッ!」
「……っ!」
ナキリの鋭い眼光が俺を射抜く。
何か……来る!?
反射的に疾走を開始した俺を追うように、大理石の弾丸が放たれる。
どうやらさきほどの一撃も同じように地面、もしくは周囲の柱から削りだした物質を飛ばしているらしい。
宮本と同じ『念力』使い。
拓馬から聞いていた能力と一致する。
だが……ここまでとは聞いてねえぞ!
「ちぃっ!」
まるで弾幕。
足を止めた瞬間に蜂の巣にされるのは確定的に明らかだ。
大広間を縦横無尽に駆け回りながら魔族の様子を観察する。
全員傷どころか汚れ一つついていない。
アーデル達三人と、魔族三人が戦った結果がこの惨状なら……まずい。俺一人では抑えきれない。
「奏っ! 宗太郎! アーデル達を連れて逃げろ!」
このままでは全滅する。
それが分かっていたから俺は二人に撤退を促した。
怪我人を守りながらというのはあまりにも分が悪い。少なくとも気兼ねなく戦えるようにしたかったのだが……
「させると思うか?」
向こうはスザクが動き始めた。
まるで瞬間移動のような速度で宗太郎に肉薄するスザク。
鉤爪のような手が宗太郎に迫り……
「──炎舞ッ!」
最速展開最高加速の炎舞で横槍を入れる。
「させるかよっ!」
「ちっ……邪魔だ!」
スザクの右手が翻り、俺の首元に手刀を叩き込む。
その刹那。
空中を蹴り、超超超至近距離で炎舞を連続展開。
真横に体を傾け手刀を回避し、そのままの勢いで回し蹴りを叩き込む。
直撃すれば脳天をスイカ割りのように爆散させるであろう一撃はしかし……バシィ! と俺の蹴りを止めたスザクの掌に防がれる。
こいつ……俺の炎舞についてきてやがる。
近接戦でここまで肉薄して攻めきれないのは始めての経験だ。
素の能力で俺に迫っているのか、それとも奴の魔術の権能なのか……後者であってくれなければ困るところだ。こんな化け物にさらに固有能力が付与されるなんて冗談じゃない。
「ぐ……どけっ!」
スザクが忌々しげな表情で俺に蹴りを放つ。
跳躍+炎舞で大きく後退した俺の頭上に、煌く物体が。
ドドドドドドッ! とまさしく流星のように降り注ぐのはナキリの飛礫だ。
スザクを援護するかのように俺を包囲し、逃さない。
遠距離攻撃型のナキリ。
近距離攻撃型のスザク。
なるほど……確かに能力の相性は良さそうだ。
回避するだけで精一杯。
さっきから炎舞を止めている余裕がない。
一人相手ならともかく、二人同時ではこっちの魔力が先に尽きる。どうにか、どうにかしなければ……
「ナキリ! 合わせろ!」
突破口を探す俺に向け、スザクが駆け寄ってくる。
その手には二振りの細剣が握られている。どうやら足りない射程をそれで補おうという魂胆らしい。
ナキリの包囲網により、進路を限定された俺とスザクが肉薄する。
こうなったら……
「炎舞ッ!」
スザクに向け、全力の炎舞で突っ込む。
技もへったくれもない体当たり。
不死の天権を生かした相打ち狙いだ。
到底かわせるはずのないタイミングで加速した俺に、スザクは……
「加速しろ──終焉世界」
ぽつりと、その呪文を漏らした。
そして……スザクが俺の認識領域から消失した。
さきほどまで目の前にいたはずなのに、気が付けば俺は何もない空間に突っ込んでいたのだ。
「ぐっ……!?」
戦場で敵を見失うという最悪の事態に焦る俺へ、その声が届いた。
「お前はもう、俺には追いつけない」
ぞっとするような声音は背後から。
咄嗟に振り向いた俺の視界に写るのは、またもや何も無い空間。
そして……俺は後ろから二本の細剣に胴体を貫かれた。
「が、はっ!?」
口から血の塊と共に悲鳴を漏らす。
さっきからスザクの姿を視認することすら出来ていない。
それはいくらなんでも異常に過ぎる現象だった。
更に、スザクの攻撃により一瞬足を止めてしまった俺に……
「貰いぃぃっ!」
ナキリの念力が襲いかかる。
まるで見えない巨人の手で押さえつけられるかのように地面に這いつくばる俺に、ナキリは笑い声を上げながら近寄ってくる。
「あははっ! やっと捕まえた! 速過ぎるんだよ、お前。ゴキブリかよ」
ごりっ! と後ろ頭に鈍い音と共に負荷が追加される。
ナキリが俺の頭を踏みつけているのだ。
指一本動かせない屈辱の中、ナキリは心底楽しそうに手を叩いてみせる。
「はいはい。君は良くやったよ。私達相手に一分くらい持ったじゃん。誇っていいよ、これ。うん。大健闘なんじゃないかな?」
「ふざ……けんな……」
全身に魔力を流し身体能力を強化する。
足元に炎舞を展開し、離脱しようと試みる。
だが、それら全てが無駄だった。本気で俺を押さえつけるナキリの「念力」の前ではどれも無駄な抵抗でしかない。
「さーて、一番厄介な奴は捕まえたし……残りの奴にも死んでもらおっか」
「…………ッ!」
ナキリの注意が俺から宗太郎達へ移る。
何とかこの大広間からは逃げ出せたようだが、そう遠くへは行けていないはず。今こいつらに自由に動かれると……宗太郎達が危ない。
「ぐっ……」
「んん? ああ、無駄無駄。人間の力じゃ私からは逃げられないわよ。無理をしても体が千切れるだけだからやめときなさい。痛いのは嫌でしょう?」
痛いのは嫌か、だって?
んなもん当たり前だろうが。
誰が好き好んで自分で自分に鞭打つかよ。回避できるなら回避するに越したことはない。そんなこと分かりきっている。
"だからこそ"……
《剥奪者よ、賊心あまねく現世よ、骨肉排して慈悲を請え──》
俺はその禁術の詠唱を始めた。
気付いたナキリが念力で更に俺を追い込むが、無視する。
肉が潰れ、骨が砕け、激痛に苛まれながらも、俺は止まらない。
《刃は救いに非ず、その身を焦がす焔に同じ。然れば……我此処に、愚者の理を顕す──》
熱のようにこの身を焦がす"痛み"。
それは確かに辛くて、厳しいものだけど……
《出でよ──灼熱の剣ッ!》
──大切な人を失う胸の"痛み"に比べればそんなもの、何でもない。
右腕を犠牲に燃え上がる灼熱の剣。
まだだ……まだ俺は……
「こんなところで……負けるわけにはいかねえんだよッ!」




