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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第五部 魔城奪還篇

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「幻想は幻想へと還る」

「……はあ」


 仇敵の死を前に、藍沢はその場に腰を下ろし大きく息を吐き出した。

 勝った。

 生き残った。


 だが、そんな勝利の余韻を味わっている暇はなかった。

 なぜなら……


「……藍沢?」


 レオとの決着がついたその瞬間、タイミング良く藍沢にとってあらゆる意味で忘れられない人物が姿を見せたから。


「青野、カナタ……」


 口から漏れたのは少年の名前。

 この世で最も気に入らない人物であり、この世で最も尊敬する人物の名前だった。


「お前、大丈夫かよ。それにその魔族……お前が殺したのか?」


 こちらに歩み寄るカナタ。

 その後ろには金井と白峰の姿もある。


 ああ、丁度良い。

 "最後"にお前らに会えて良かったぜ。


「青野……お前には色々と迷惑かけた。謝って済む問題じゃねえけどよ。金井、白峰も……今まで悪かったな」

「は? ……おい。お前、何言ってんだよ。そんな最後の別れみたいなこと……」


 藍沢の言葉にカナタは案の定、不思議そうな顔を浮かべた。

 それもそのはず。


 藍沢の体は至って健康そのものだ。その台詞は余りにも似合わない。

 だが……藍沢だけには分かっていた。

 自らの死という運命を。


「俺はお前みたいになりたかった。けど……やっぱり偽者は偽者だったってことだ。いくら本物を真似てみたところで本物には遠く及ばない。まさしく遥か彼方にある偶像だ」

「お前、何を言ってる? どっかやられたのか? だったら奏に治してもらえ。そのために探しに来たんだからよ」


 そう言って藍沢の手を引くカナタを、藍沢は手を振って振りほどく。


「……藍沢?」

「俺はもう助からない。だから最後に言わせてくれ。ここまで連れて来てくれてありがとよ。お前らの助けがなきゃ、俺はここまで辿り着くことすら出来なかった」


 藍沢はそう言って視線を宗太郎へ向ける。


「お前も、こっちの世界では優等生なんだから自信持てよ。俺みたいな屑にビクビクする必要なんてない。まあ……その顔見る限り心配いらなそうだけどよ」

「藍沢君……?」

「何も言う必要はない。俺が勝手に言いたい事を言っているだけなんだからな。それと白峰、お前もだ。中学時代のことをこれ以上引きずる必要はない。お前はお前のやりたいようにすればいいんだ。誰かの為に、なんてもう考えるな」

「…………」


 かつての"幼馴染"にそう告げた藍沢はそれで満足したのか、ゆっくりとカナタへと向き直る。

 幾度となく対立してきたが、こうして面と向かって話すのはもしかしたら初めてのことかもしれない。


 人生最後の時に、藍沢はようやく目の前の少年と並び立てたという実感を得ていた。もっと早くに気付けていれば、なんて後悔が僅かに残る。

 だがそんな感傷をおくびにも出さず、藍沢は最後の頼みをカナタへ託した。


「俺の"誓い"はここまでだ。役目を終えた役者は舞台を去るのみ。後のことは任せたぜ。そいつらのこと……守ってやってくれ」

「だから……何、言ってんだよ藍沢っ! お前、お前はそんなキャラじゃねえだろ! いつもみたいに踏ん反り返って見せろよ! そんな、そんな……何もかも諦めたような顔してんじゃねえ!」


 到底友人とは言えない関係の自分にすら、そんなことを言ってくれるカナタに藍沢は思わず笑みを浮かべていた。


「……はは。人間ってのは死ぬ寸前にソイツの本性が見えるって言うけどよ……もしかしたら俺も案外捨てたもんじゃなかったのかもな」

「だから何でそんな最後みたいなことを言うっ! 藍沢っ!」

「一から全部説明してやりたいのは山々なんだけどよ。悪いがそろそろ……時間だ」


 そう言った藍沢の体が……唐突に崩壊を始める。

 それはあまりにも突然な死への傾斜だった。


 腹部に風穴が空き、両足、両手は炭へと変わる。

 肋骨は砕け、内臓はミンチに変わる。


 その現象はこれまでの戦いを知っているものが見れば一目瞭然だっただろう。

 藍沢はこれまで再生してきた部位を急速に"復元"しているのだ。


 つまりは傷ついた状態へと。

 致死を完全に超えたダメージは一瞬で藍沢の肉体を蝕み、大量の血液を周囲に撒き散らした。


「あ、藍沢っ!?」

「が、はッ……これは、罰だ……偽者の分際で本物に成り代わろうとした俺の……」


 藍沢の『大嘘吐き』は自分自身へかける最強の暗示だ。

 傷を無かったことにするその能力はカナタの『不死』と同じ絶対の再生能力を誇っている……かに見えた。


 だが実際は違う。


 藍沢の『大嘘吐き』も『嘘』の延長線上にある能力だ。

 つまり、いつかは"解けてしまう"能力であるということ。


 魔力の限界が訪れ、嘘を維持できなくなった藍沢の体には真実が訪れたのだ。

 それはまさしく魔法の解ける時。


 藍沢の体はこれまで蓄積してきたダメージが一斉に襲い掛かったことにより、奏の『治癒』でも回復不可能な領域まで傷ついてしまっていた。


 逃れられない死の運命。

 自らに訪れた死神の存在を知りながら、藍沢は笑みを浮かべていた。


(……何もねえ。俺はこの世界に未練なんて何にもねえ)


 成すべきことを為したのだ。

 誓いを果たすことが出来たのだ。


 これ以上に幸せな死に際なんて臨むべくも無い。

 本来自分は地獄に墜ちて当然の人種なのだから。

 こうして最後の願いを聞き届けてもらえただけでも感謝しなければ。


「あ、おの……」

「藍沢っ!? なんだ! 何が言いたい!?」


 口元に自ら耳を寄せるカナタに、藍沢は最後の言葉を言い放つ。


「ずっと、言ってやりたかった……俺はお前のことが……大っ嫌、い……だ……」


 精一杯の笑みを浮かべ、藍沢は言い切った。

 そして……藍沢はゆっくりと瞳を閉じ、その生涯の幕を下ろした。


 彼が最期に残した言葉が『嘘』だったのかどうかは……誰にも分からない。

 もうその答えを知るものはこの世のどこにもいないのだから。

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