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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第五部 魔城奪還篇

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「音使い」

 クロとクロウドの戦いはほぼ一方的な様相を呈していた。

 近接技しかないクロに対し、近付いた者を狂気に落とすクロウドは相性からして最悪。最初からクロには勝機など存在しなかった。


「くっ……」


 だがそれでもクロは引かない。

 引けないのだ。


 もし、今このクロウドを自由にさせてしまえば仲間は全員殺されるだろう。

 そうでなくともレオのことのことがある。


 状況は最悪に近い。

 何とか打開策が見つからないか、必死の抵抗を続け……


「……終わりだよ──破壊震(ハーモニクス)


 やがてクロウドの射程距離へと誘い込まれてしまう。

 距離にして5メートル。

 咄嗟にクロは後方へ跳ぶが……


 ──ビチィィィィッ!


 肉の裂ける音と共に、クロの腹部から血が爆ぜた。

 それはかつてクレイに攻撃を食らった場所と同じ位置。


「ぐっ……」


 苦痛に顔を歪めながら必死に耐える。

 傷は深いがこちらには奏がいる。


 今さえ耐え抜けば致命傷にはならない。

 だが……この圧倒的隙をクロウドが見逃すはずも無い。


 急激に血を失ったことでふらつくクロ。

 その隙にクロウドは急接近して、その右手をクロへと差し向けた。


 カナタを壊したのと同じ、あの攻撃が来る。

 それが分かってはいてもかわせない。避ける余裕がクロにはなかった。


 近寄るクロウドの腕に、クロは瞳を閉じ、死を覚悟した。

 そして……



「てめえ……一体誰に手を出してやがる」



 ──その声を聞くのだった。

 懐かしい声に思わず瞳を開けばそこに……クロの英雄が立っていた。




---




 意識が戻った俺の視界に写ったのは魔族とクロの戦闘風景だった。

 血を流し、倒れるクロに向けて迫る魔族。

 その光景は俺にとって許容できるものではなかった。


「てめえ……一体誰に手を出してやがる」


 思わず漏れた声。

 心の底から湧き上がる衝動に押され、俺は駆け出していた。


「お前の相手は……俺だッ!」


 クロへ迫る手を炎舞により加速した回し蹴りで弾く。

 と、同時にクロの体を抱えて跳躍。


 こいつの近くに寄るのは危なすぎるからな。

 ひとまずクロは安全なところへ運ぼう。


「お兄さん……?」

「悪い。迷惑かけたな。けど心配すんな俺はもう大丈夫だ」


 何があったのかは大体理解している。

 あの魔族の攻撃を受けた俺は自我を失っていたのだ。


 そしてそれこそが奴の魔術の正体。

 精神を犯す特殊型の魔術。

 魔族ってのはどいつもこいつも性格が悪い。俺にとっては相性が悪い奴ばかりだよ。これならまだリンドウのほうが随分やりやすかった。


 けどまあ……こいつに限って言えばそれほど相性も悪くないか。

 俺にはアイツがついているんだからな。


「クロ。お前はここにいろ。もう一人の魔族は……いなくなってるな。藍沢とどっか消えてやがる。仕方ない。あっちは藍沢に任せて、お前は奏に回復してもらえ」

「でも、お兄さん、それじゃあ……」


 クロの戦線離脱。それが意味するところを察したクロは心配げな表情を浮かべるが、


「心配すんな。言っただろう。俺はもう大丈夫だって」


 安心させるよう、頭を一度ぽんと叩いてやり、俺は再び戦場に舞い戻る。

 盲目の魔族は池の近くで俺を待つように立っていた。

 ほとんど無表情に近いが、こちらを警戒しているのか近寄ってこようとしない。近づけば必殺の魔術を持ちながら、だ。


「……なんで僕の反響乱(ハーモニクス)を食らって正気でいられる?」

「さあな。なんでだと思う?」

「……僕の反響乱(ハーモニクス)に例外は無い。例外は無い……はずなのに。君、何をしたの?」

「俺は何もしちゃいないさ。ただ……おせっかいなメイドが居ただけでな」


 俺の言葉に魔族は首を捻って不思議がる。

 はは……まあ、そりゃそうだろうな。

 分かるはずがない。

 これは他の誰にも分からない、俺だけのものなんだから。


「……なんで、なんで……」

「悪いがお前とお喋りするつもりはない。最速で……()らせてもらう」


 見たところこの魔族の攻撃に速度はない。

 ならば炎舞による超高速機動で影すら踏ませなければいい。

 速度で……圧倒してやるッ!


「はあああああァァァッ!」


 一撃もらったお返しとばかりに、空中から全力の踵落としを放つ。

 タンッ、と軽い挙動のバックステップでかわそうとしているが……甘いぜ。


 地面を砕く勢いで振り下ろされた一撃から、即座に方向転換。

 両手を噴出点にして、空中でバランスを調整する。


 縦から横へ急に切り替わった攻撃に魔族は対応できなかった。

 その顎付近へ、必殺の蹴りが直撃する。

 その刹那……


「鳴り響け──反響乱(ハーモニクス)


 再びその魔術が、産声を上げた。

 俺の蹴りと、奴の掌底が衝突。


 キィィィィンッ! と、耳鳴りを呼ぶ妙な音と共に衝撃が周囲に拡散する。


 ちっ、寸前のところで防ぎやがった。

 なんて反射神経だよ。ちくしょうが。


「……まだ、まだ」

「くそっ!」


 渾身の一撃を防がれた俺を正面に、再び魔族が掌底を放つ。

 身を捻って当たらないよう、回避したのだが……


「……が、ふっ!?」


 腹部に伝わる衝撃。

 じんわりと広がっていく浸透勁とも言うべきその一撃は俺の内臓を滅茶苦茶にかき回した。

 直接触れはしなかった。


 だが、奴の魔術にとって空間とは障害足りえないのだ。

 その場を転がるようにして次の攻撃から逃れる俺は、適度な距離を取ったところで改めて向かい合う。


「ちっ……厄介だな、その"音"」

「……なんだ。気付いてたんだ」

「アレを食らったらな。流石に気付く」


 この盲目の魔族が使う魔術は『音』の魔術。

 それを俺は確信していた。


 脳内に反響させ、精神を崩壊させる音。

 直接振動として飛ばす音。


 どちらも同じ原理を元にして発現させた超常だ。

 その最も厄介な点は防ぎようがないということ。


 音とはつまり振動だ。

 空気中を飛んでくる見えない波。そんなものかわしようがない。


「射程がそれほど長くないのだけが救いだな。魔族ってのはどいつもこいつも面倒な奴ばかりだよ」

「……その台詞、そっくりそのままお返しするよ」 


 じゃり、と地面の砂を踏みしめ魔族が構える。

 ここにきて始めて見せた奴の構え。

 右手を前に、左手を伏せて掌底を放つ準備をしている。


 触れずとも衝撃を伝える音の魔術。

 それがもし、奴の手によって直撃させられたら……恐らくその威力は今までの比ではない。まさしく両手に爆弾をつけているようなものだな。

 だが……


(それはこっちも同じこと)


 両手に魔力を集中し、いつでも灼熱の剣を取り出せるようこちらも準備する。

 こいつとの戦いはいかに早く攻撃を叩き込むかが肝要のようだ。

 目が見えない分、先制するのに苦は無いが……


(さっき回避されたこともある。目が見えないからって侮らないほうが良さそうだな)


 奴が狙っているのはさっきと同じカウンターの一撃だろう。

 またもう一度脳内に音を送られても負け。


 今度こそ、奴は俺の発狂した隙を逃すことなく徹底的に破壊しつくすことだろう。

 だとしたら……


「……来ないのかい?」

「…………」


 奴が手首を使って挑発してきた。

 さっさとかかってこいと。そう言っているのだ。

 いいぜ……俺の剣が早いか、お前の音が速いか、勝負してやる。


「……ふッ!」


 呼吸を吐き出し、俺の出せる最速で魔族へと突っ込む。

 狙うは胴体。右の拳に集めた魔力で直接炎を叩き込む!


「……そう来ると思っていたよ」


 奴の領域に踏み込んだ瞬間、魔族はにやりと深い笑みをその相貌に刻んだ。


「鳴り響け──反響乱(ハーモニクス)ッ!」


 そして、放たれるのは全方位に向けた衝撃波。

 池の水面が激しく揺れ、地面すらもビリビリと衝撃に震えている。

 まさしく奴の全力。幾重にも重なった空気の層に俺は押し戻され、急速に勢いを殺されてしまう。


(くっ……届かない!?)


 それは俺にとって予想外の展開だった。

 まさか奴の音がこれほどの重さを持っていたとは……だが、飛び込んでしまった以上もう引き返すことは出来ない。


「僕のハーモニクスに例外はない。もう一度……墜ちろ!」


 奴の右手が俺の目の前に差し出される。

 精神を壊し、魂を犯す音が……俺の全身を取り囲んだ。


「ぐ、が……ッ」

「終わりだ」


 がくがくと全身を振るわせる俺に、魔族は左手の衝撃波を放とうとした。

 その瞬間……


「……ッ!?」


 その笑みに彩られた奴の顔が、驚愕に歪んだ。

 それもそのはず。

 この零距離とも言うべき逃げ場なき、戦場で……


「燃え盛れ──灼熱の剣(レーヴァテイン)!」


 俺の右手が燃え上がり、一振りの剣となったのだから。

 右手から出現したその剣はそのまま魔族の胸を貫き、炎化した。

 ボゥッ、と乾いた音を残し霧散して消えるレーヴァテイン。

 たった一瞬の交錯。だが、その一瞬で十分だった。


「……な、なんで……僕の反響乱(ハーモニクス)は確かに……」

「…………?」


 魔族の口元が動き、何かの言葉を発したのだろう。

 だが今の俺には"何も聞こえなかった"。

 無音の中。無明の者は悟る。


「まさか……お前、自分の耳を……っ!?」


 驚愕に歪む魔族。

 どうやら気付いたらしいな。


 衝突する寸前、俺が自分で自分の鼓膜を突き破り聴力を破壊していたということに。奴の精神汚染の魔術は確かに脅威だが、逆に言えば音さえ聞こえなくなってしまえば無力化できる程度の能力だ。

 もしかしたら速度で負けるかもしれないと思い、保険を張っておいて正解だったようだな。


「……悪いな。俺はもう、立ち止まってる暇もねえんだよ。約束しちまったからな。アイツと……もう迷わないって」


 俺の不死の天権により復活した聴力の中、俺はその魔族に最後の言葉を告げてやる。

 それは言い訳にも等しい謝罪行為。

 誰も求めてなんかいない、自己満足の誤魔化しだ。


 けどそれでもいい。

 コイツには少しだけだが感謝もしているんだ。

 俺に残ったモノを気付かせてくれたんだからな。

 だからせめて……


「安らかに、眠れ」

「……く、そ……」


 最後にそう呟いた魔族は口から血を零し、それっきり動かなくなった。

 また一つ終わった戦場で、勝者と敗者が生まれたのだ。


 だがこれで終わりではない。

 俺にはまだ……やるべきことがある。

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