「破滅の足音」
剣術の才もなし、魔術の才もなし、俺は段々自分に自信が持てなくなっていた。あれから宗太郎は根気良く俺に魔術について教えてくれたのだが、一向に魔力の感覚を掴む気配がなかったから、俺の方から宗太郎に言って止めてもらった。
これ以上、宗太郎に迷惑をかけるわけにはいかない。ルーカスにも言ったとおり、他の道を探すべきだと思ったからだ。
俺の言葉に宗太郎は残念そうにしていたが、カナタが決めたのなら仕方ないね、と最終的には頷いてくれた。ここまで尽力してくれた宗太郎には本当に申し訳なかったが、これ以上駄目な生徒に時間をかけさせるわけにもいかない。
俺は俺で、やれることを見つけるべきだ。
「…………」
一週間前までは、俺もそう思っていた。
けれど、ここにくるまで自分に出来そうなことが全く思い浮かばなかったのだ。他のみんなは剣術や魔術、自分の天権を磨いたりと急がしそうにしていると言うのに、俺だけが部屋で特にすることもなく無駄な時間を過ごしていた。
俺の天権は磨こうにもその方法が分からないし、手詰まりの状況だ。何とかしなければと思ってはいても、その打開策が思いつかない。
焦りはある。
俺一人だけ置いていかれるようで、凄く落ち着かない。
けれど……俺は俺に出来ることが分からなかった。段々自分を信じられなくなっていく日々。俺が日に日に落ち込んでいくのは、誰の目にも明らかだったのだろう。
そんな時のことだった。
突然俺の部屋に上がりこんできた紅葉がこう言ったのだ。
「気分転換に、街へ繰り出そう! おー!」
「一体全体、突然どうした?」
紅葉が突拍子もないことを言うのはいつものことだったが、いつにも増して脈絡が掴めない。
「だーかーらー、こっちに来てからまともに休暇ももらってないでしょ? だからこの機会に遊びにいかないかなって。あ、ルーカスさんにはもう話して許可も貰ってあるから」
手回しの良いことで。
「と言うわけですぐにでもゴー!」
「あー、盛り上がってるところ悪いんだけどさ」
握りこぶしを天井に掲げる紅葉に、俺は出来るだけ申し訳なさそうな声で告げる。
「俺はやることあるからパス」
「えー! 何で!?」
「だから、やることがあるんだって」
「それって何よ?」
「自分探し」
「ぶふっ!」
俺の答えに、思わずと言った様子で紅葉が噴きだす。最近の俺の迷走具合を知ってのことだろう。本人の前で笑うとは良い根性している。
「ご、ごめん……けどさ、たまには息抜きも必要だと思うよ? 下手の考え休むに似たりって言うし」
俺のことを思っているのか、それとも馬鹿にしているのかイマイチ分からないことを言う紅葉はどうしても俺を外へ引っ張り出したい様子。紅葉は一度こうだと決めたら中々意見を曲げない。昔からそうだ。
「……分かったよ」
だったらいくら粘っても時間の無駄だ。
俺は諦めて紅葉に付いていくことにした。
王城から出るのは初めてではない。
けど、前回も前々回も討伐任務のためだったから、こういうふうにのんびりと外を歩くのは初めてのことだ。
荘厳な佇まいの門を抜け、門番に挨拶してから俺達は街へと向けて歩き出す。
レンガを無理やり敷き詰めたような石畳の道路は非常に歩きにくい。時折足を取られて体をふらつかせながら俺達はどこへともなく進んでいく。
「それで、どこに行く?」
「私はどこでも。紅葉ちゃんはどこか行きたいところある?」
「アタシは食べ歩きしてみたい!」
「でしたらご案内致しますよ。最近では取れたての魚を使ったフィッシュサンドが好評だとか」
俺の問いに、三人の声が返ってくる。
そう……三人。俺が紅葉と外へ出ようとしているところを奏に見つかり、三人でどうかと話しているところに俺を探していたシェリルも合流。そして、今に至ると言うわけだ。
女三人寄れば姦しいという言葉があるが、それは異世界でも有効らしい。俺は微妙に会話に入りづらい空気を感じながら、仕方なしについていく。
というか女三人に男一人って……居心地悪過ぎる。せめて拓馬でも連れてくるんだった。
「そういえばカナタ君は好きな食べ物とかないの?」
「あー、駄目駄目、こいつ食事にほんと興味ないから。一番好きな食べ物知ってる? ウィダーなんだよ、こいつ」
「人のことをこいつとか言うな。それに紅葉だってハンバーグとかエビフライみたいなお子ちゃま趣味だろうが」
「美味しいんだからいいじゃない!」
「うぃだー、と言うのは皆様の世界の料理なのですか?」
「あー、そっかこっちの世界じゃないもんね。えっとね、シェリルちゃん、ウィダーって言うのは……」
紅葉の説明を興味深げに聞いているシェリル。彼女は料理が趣味らしいので、こういう話は好きなのだろう。しきりにうんうんと頷いている。
「きゃっ……」
「おっと」
不安定な足元に躓いた奏がこちらにバランスを崩したので、その肩を掴んで転倒を防ぐ。
「ご、ごめんね」
「これくらい何でもないって、それより足とか大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
幸い足を挫いたりはしていないようだ。良かった良かった。
しかし……細い体つきしてるんだな、女の子って。
男の体とは大違いだ。身長もそうだけど、肩幅とかも全然違う。触ったときの手触りも、柔らかく感じる。
(こういう言い方すると、セクハラっぽいな)
「いつまで触っておられるのですか? カナタ様?」
「はっ!?」
殺気を感じた俺は飛び上がるように奏から離れる。すると、シェリルと紅葉が揃ってジトー、っとした目つきで俺を見ていた。
「……セクハラカナタ」
「何か名前みたいだから止めろ」
急原 彼方。
うん、いそう。
「カナタ様、女性を助けるのは紳士の務めですが、べたべたと体に触るのはいかがかと思いますよ?」
「べ、べたべたなんてしてねえって!」
「ならいいのです」
俺の言い分を全く信じていない様子のシェリル。彼女は完璧なメイドなのだが、時たまこうして女性への接し方云々を説いてくるのが玉に瑕だ。彼女曰く、「カナタ様は女性への接し方が全く分かっておりません」だとか。
それから何故かよく足を躓かせるようになった紅葉とシェリルを連れて、俺達は王都の街を散策した。
シェリルの言っていたフィッシュサンドは思っていた以上に美味しくて、みんなでまた食べに来ようと約束してしまった。他にも女性陣は支給された服が御気に召さなかったのか、服屋に入って服の値段に目をむいていた。俺達はヘルゴブリンの討伐でいくらか金を貰ってはいたが、それでは到底追いつかない値段だったのだ。
しかし、試着はタダ! だと言って服屋中の服を着るのではないかと言う勢いで試着していく紅葉と奏。途中から遠慮していたシェリルも引っ張り出してのファッションショーを開催。何故か俺が審査員役として誰が一番可愛いかを審査させられたりもした。
すれ違う男たちから怨嗟の視線を受けながら、女性陣に振り回される一日。
正直言って疲れたし、気分転換には程遠かった。
けれど……
紅葉、奏、シェリル。
彼女たちが俺のことを心配してくれていたのは最初から分かっていた。
全員大根役者が過ぎたのだ。集まるときなんて「キグウダネー」なんて言ってさ。本当に……良い奴らだよ。俺が落ち込んでいるのが目に余っただけだろうけど、誰かに優しくしてもらえるってのは単純に嬉しい。
それが女の子ともなれば、うっかり勘違いしてしまいそうになる。
何気ない日常。
一度は壊れてしまったモノだけど……もしかしたら、失った訳ではなかったのかもしれない。そんな風に、思った。
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王都から少し離れた森の中。
僅かな月明かりが照らす中、その四人組はいた。
「改めて任務を確認するぞ、今回は情報収集が第一目標だ。殺戮も、破壊も禁止……とまでは言わないが極力避けろ」
「あぁ? 何だよそれ、話が違うぞ」
「最初からそう言う話だっただろうが。ちゃんと人の話をきいておけ、リンドウ」
四人のリーダー格の男がリンドウと呼ばれた大柄の男に注意を飛ばす。それをリンドウは実につまらなさそうな顔で舌打ちを一つ。
「あんたさ、ここまで来て面倒を起こさないでよね」
「あん? 俺が何をしようと俺の勝手だろうが」
「……喧嘩、面倒」
リンドウの身勝手さに、他の二人もため息をついていた。その態度がことさらリンドウの怒りに火をつける。
「止めろ、お前ら。任務が最優先、それを忘れるな」
乱れた結束に、男が一喝。
それだけで三人は口をつぐみ、大人しくなる。
「今回は情報収集に徹する。分かったな?」
「……仕方ねえ、分かったよ」
リンドウもここで暴れたって良いことがないのは重々周知だった。
「では役割分担だ。まず、リンドウ。お前には王城への潜入を頼みたい。お前の身体能力なら城壁を超えることも簡単だろう」
「いいぜ、んで? 中に入ったら何をすればいい?」
王都の中でも最重要施設である王城への侵入。思ったより楽しそうな内容に、喜色を浮かべるリンドウが問う。
それに対して、男はにやりと笑って答える。
「召還者が呼ばれたことは全員知っているだろう。今回、何人呼ばれたのかは知らないが……誰でも良い」
男は右手の人差し指を立て、リンドウに言った。
「召還者を一人、連れて来い。それが今回の任務の最重要課題となる」
密談を終え、闇夜に紛れて王都へと近づく四人。
彼らは通称四天王と呼ばれる、『魔王』直属の配下達だった。
カナタ達と魔族との邂逅──日常の崩壊、その足音はすぐそこまで迫っていた。




