「魔王の城」
夜明け前の静けさの中、俺たちはついに魔王城の入り口へと辿り着いた。
途中、飼い慣らされた魔物がいたが俺たちの敵ではない。簡単に無力化することが出来た。
「……準備はいいか?」
確認の意味を込めて後続に確認すると、それぞれ静かに頷いて見せる。
よし……侵入だ。
とはいえ勿論正面からは入らない。反り返った外壁部分を拓馬の生成で足場を作りながら登っていく。気分はまるで盗人だな。
塀を越えた先は中庭になっていた。中央に池があり、周囲をぐるりと道が取り囲む。まるで芸術品のように整えられた中庭だ。
なるべく物音を立てないように、城の内部へ向かうが……まずいな。思った以上に広そうだぞ。これは。
広ければ広い分、敵との遭遇確率は下がるがイリス達を見つけるのも同時に困難になる。
これだけ広いと手分けして探す必要があるかもしれない。
(……さて、どうすっかな)
正直言って、この人数を割るのはあまり良い策とはいえない。
ただでさえ戦力が足りるか分からない状況なのにバラけてしまえば各個撃破されかねないからだ。
だけど時間がないのもまた事実。
加えて七人もいて、連携が取れるかどうかもまた微妙な問題。
分隊が四人一組を原則としているのは一度に連携を取れる人数がそのぐらいが限度だからだ。それ以上人数が多くても機動性を奪いかねない。
となると……
「こっからは二組に分かれよう。三人と四人。どう分かれるのがいいと思う?」
「それなら能力を考えて分けるべきだろうね。片方に戦力が集中しないよう気をつけて配置しないと」
「……よし。それならアーデル、お前を筆頭に紅葉と拓馬を連れて行ってくれ。残りは俺と四人組みだ」
まず俺とアーデルは別れるべきだ。戦力的ツートップだからな。
あと、紅葉と拓馬は連携もうまいし能力の相性も良い。一緒のグループにするべきだろう。となると残るのはクロ、奏、藍沢になるが……うん。クロとの連携は慣れているし藍沢も何だかんだ頼りになる。
そこまでバランスの悪い編成じゃないと思う。
「分かった。それならそれで行こう。合流はどうする?」
「そうだな……二時間後に例の場所で集まろう。イリス達を発見できた、できないに関わらずだ。それと出来るだけ交戦は避けるように」
「了解。僕達はひとまず上を目指しながら進むよ。カナタ達はこのエリアを頼む」
「分かった」
簡単な作戦会議を終えた俺たちはすぐに別行動に移る。
ひとまず最優先なのはイリス達の確保。
探すとなると広すぎるからな。ある程度的を絞っていくしかない。
(人質を捕まえておくなら牢屋だと思うが……どこにある? 逃げにくい上階か……もしくは"地下"か)
「……ひとまず地下への道を探そうと思う。異論あるか?」
「お兄さんに異論なんてあるわけないじゃん」
「私もそれでいいと思うよ」
「…………」
おい、藍沢も返事くらいしろや。
まあいいけど。
「それなら早いところ移動しよう。ついて来い」
何が起こってもいいよう、俺を先頭に魔王城の内部を探索する。
こうして見ると内部の構造は王城とほとんど変わらないんだな。月明かりを取り込むためか、壁の上部に十字の穴が開いていて、そこから光が漏れている。
二時間……ちょうど夜明けの頃になるだろうか。
その頃にはイリス達と共にこの場を離脱できていればいいんだが……
「少し部屋が多いね。どうしよっか」
「全部確認するわけにもいかないしな。ひとまず角部屋を探そう。王城でも地下への入り口はそこにあったからな」
「りょーかい」
角部屋っつってもこの広さじゃ探し出すのも大変だけどな。まるで迷路みたいな構造になってやがるし、侵入者を迷わせるためなんだろうが事実かなり効いてるぞ、この造りは。
「奏、お前だけは絶対にはぐれるなよ」
「う、うん。分かった」
戦闘力を持たない奏が一人で魔族と戦うことになったりしたら……駄目だな。想像したくもない。
「……おい青野。分かれ道だ。どうする」
「確かこういうのって右手を壁につけたまま移動すればいいんだっけか?」
「それは迷路の攻略法だろうが。俺たちは出口を探しているわけじゃない。地下への入り口を探してるんだからな」
「わ、分かってるっての」
くそ、藍沢め。それならどっち選んでも一緒じゃねえか。それなら最初から聞くなよな。
「……右へ行こう」
いちいち多数決を取ってる暇がもったいないので適当に選びながら進む。
迷った時のために、一応道を覚えながらな。
そして……
「この部屋が角部屋だが……」
そっ、と扉を開くと中の冷たい空気が頬をなぞる。
暗い室内を見渡すと……あった。地下へ続く階段だ。
「よし、行くぞ」
目当ての道を見つけた俺は室内へ一歩踏み込み……
「よく来たな。侵入者」
──その底冷えするような声を聞いた。
音は頭上から。咄嗟に天井へ視線を向けるが、そこに人影はない。
動揺する俺の横っ腹に……
「お兄さんッ!?」
──とてつもない衝撃が走る。
たった一点、洗練された拳に打たれたのだ。
「ぐッ……! が、ァ……ッ!?」
だがそれにより生じた被害は最早殴打の域を完全に超えていた。
まるでゴムボールのように吹き飛ばされた俺は壁を突き破り、先ほどまでいた中庭まで飛ばされる。見れば拳を構えた不吉な男がこちらを睨み付けていた。
間違いない……この男だ。この男に殴られたんだ。
「ぐっ……」
重すぎる一撃。
たとえ、クロの剛力をフルに稼動したとしてもここまでの威力が出せるかどうか……となると肉体強化系の魔術か? 分からない。分からないが……こいつは危険だ。
「てめえは……」
黒のダークコートを羽織るその死神のような男に藍沢が目を見開き、吼える。
「……レオっ!」
「む? おお、いつかの小さき勇者ではないか。まさか貴様までやってきていたとは驚愕だ。あれほどの力の差を見せ付けられて未だ闘志を無くさぬとは感嘆に値する」
大仰な手振りで藍沢に答えるのはレオ。
藍沢の情報にあった魔王軍第十一席に位置する男。
そこまで序列は高くない。
だが、だからと言って弱いとは限らない。
それを俺はアザミとの一戦で学んだからな。油断は出来ない。
「藍沢! 突っ込むなよ、そいつは全員で仕留める!」
奇襲をもろに食らったとはいえ、食らったのは俺だ。ダメージはゼロに等しい。このまま4対1で攻め潰す!
「ふむ……どうだろうな。それは難しいと思うぞ?」
「何?」
レオの不吉な言葉。
それを聞いた瞬間に俺の背筋に悪寒が走った。
咄嗟に振り返ると、すぐ目の前にその男はいた。
それは若い男だった。
どこかくたびれた印象を感じさせたが、明らかに若い。もしかしたら俺たちと同じ10代かもしれない。
乱雑に伸ばされた黒髪は腰まで届きそうな勢い。一応後ろでポニーテールにまとめてはいるがこの男がファッションに興味がないことは一目で分かった。
そして何より特徴的だったのは……その両眼。
男は瞼を閉じ、無明の中俺を見ていたのだ。
(何だコイツ……一体いつから……っ!?)
全く気配を感じさせることなく背後に迫った手管に驚きを禁じえない。
そして……次の瞬間、俺はすでに男の攻撃圏内に捉えられていた事を悟る。
「鳴り響け──!反響乱」
キィィィィィィィン!
甲高い耳鳴りが鼓膜を揺さぶる。
反射的に両手で耳を覆ったがもう遅い。
その瞬間……俺の意識は音に呑まれ、消滅した。




