「その頃」
魔王城の地下深く、それぞれに役割を与えられた部屋の中でも特にその部屋は異様としか言いようがない形状をしていた。
鉄の檻、鉄の鎖、鉄の部屋。
囚人を閉じ込め、拘束する絶対の領域。
その狭い世界に閉じ込められた人物は三人。
即ち……
「あの……皆さん、大丈夫ですか?」
他二人を心配げに見つめるステラ。
「うん……ちょっとだけ痛むけど、大丈夫。もう動けるよ」
腹部の傷を擦りながら何とか返事する宗太郎。
そして……
「……大丈夫じゃない……全然。大丈夫なんかじゃないよ……」
自らに課せられた鎖に悲痛な表情を浮かべる上原麻奈。
右手に嵌められた手錠は壁の一部と繋がっており、ろくに動き回ることさえ出来ない。出来たとしても牢屋の鍵を持たない彼女には脱出の術なんてないが。
それはかつて、カナタがされたのと全く同じ二重の拘束。
上原の天権『障壁』ではどうやっても逃れられない現実がそこにはあった。
「上原さん……大丈夫だよ。きっとカナタ達なら助けに来てくれるって」
落ち込む上原を励まそうと宗太郎は口を開くが……
「来るわけないよ……青野君が私を助けに来ることなんて……絶対にない」
上原はむしろその言葉に辛そうな顔をする。
宗太郎の知らない過去。
かつてカナタを裏切った彼女たちはその仕打ちを誰にも打ち明けていなかった。いや……打ち明けられなかったのだ。
クラスメイトを裏切り、保身に走ったその恥を忘れてしまいたかったのもある。そして、それ以上に非難されるのが怖かった。
赤坂紅葉、金井宗太郎、黒木拓馬、白峰奏。
召喚者達の中でも指折りの実力者たちは皆、カナタと仲が良かった。
そんな彼らに真実が知られればどうなるか……きっと自分たちは蔑まれ、迫害されるに違いない。
被害妄想とも言うべき未来予想だが、能力で劣る彼女たちには劣等感という切っても切れない感情が染み付いていた。
それが彼女たちの口を閉ざさせた。
それぞれ罪の意識に耐え切れず塞ぎ込むか、何とか罪を贖おうと努力したかの違いはあれど、その始まりに差異はない。
上原麻奈は自らの罪悪感と戦いながらも生きていた。
もともと仲の良かった宗太郎達のグループに入れてもらわなかったのも、その罪悪感のせいだ。何とか力になれないかと、遠征組に混じって見たりもしたが……結局は何も変わらなかった。
圧倒的な力を前に、上原はただ震えていることしか出来なかった。
彼女が生き残ったのは、あまりの恐怖に天権すら使えなかったから。ただそれだけのこと。最終的に人質として捕虜になったのは運が良かったとしか言えない結果論。
自分は何一つ変わっていないということを、この事件で痛感させられていた。
「……上原さん」
そしてそんな変わってしまった彼女に、宗太郎はかける言葉が見つけられなかった。
もともと同じグループだった気安さはあるが、宗太郎は上原について何も知らない。何が好きで、何が嫌いなのか。
今の彼女が何に悩まされているのかさえも宗太郎には理解できなかった。
「……とにかく。今はここから逃げ出すことを考えるべきだよね」
「そうですね。ソウタロウさんならここから脱出できますか?」
「いや……ちょっと難しいかも。僕の魔術は基本的にサポートが多いからね。ピンポイントで鎖だけ引きちぎれる魔術は残念ながら持ってないんだ」
「そうですか……」
「それに脱出できたとしても……上には"彼ら"がいる。そこをどうするかも考えていないとこの鎖を解いても意味がない。イリスさんのこともあるしね。慎重に行動する必要がある」
宗太郎達がこの地下に連れ去られる時、イリスだけ別行動をさせられたのを思い出す。魔王に何を吹き込まれたのか、最近のイリスは少しおかしかった。
連れ行かれる瞬間も、ステラの方を見ようともしなかった。
イリスに何があったのか。何を知らされたのか……ステラには幾ら考えても分かるはずのない答えだが、逃げ出した際にイリスを見捨てるという選択肢だけはない。
ステラにとってイリスはカナタと並んで自らの運命を変えてくれた恩人なのだから。この命に代えても守り抜く覚悟があった。
ひっそりと決意するステラの目の前で、突如地下への扉が重い金属音と共に開かれる。そしてゆっくりとした足取りで地下への階段を下りてきたのは彼らの監視を任されていた魔族。
「食事の時間だ」
それはかつて藍沢達のグループを襲った魔族、魔王軍第十一席を務めるレオであった。まるで影をまとっているかのような不吉な出で立ちは地下の雰囲気とよく似合う。
定期的に運ばれる食料を受け取りながら、ステラは用意していた疑問をレオへと告げる。
「あの……イリス様は今、どうしていますか」
「捕虜に答える質問はない」
あっさりと切り捨てられた言葉にステラは落胆する。
他にも知りたいことは山ほどあった。
例えば……魔王の正体。
なぜかカナタと似ている風体に、懐かしい匂い。
ステラが間違えるはずなんてなかったのに、結果としてステラは間違えた。
その理由を知りたかったが、聞いたところで答えなんて返ってくるはずもない。結局、それ以上の追求を諦めたステラは獣耳をしゅんと垂らしながら元の位置へ戻る。
「……答える質問はないが、一つだけお前たちにとっての朗報がある」
「え?」
「私も鬼ではないのでな。命令で止められた回答は出来ないが、独り言ならまあ、ぎりぎり許容範囲内だろう。女子供をこのまま拘束するのも味が悪い。一つだけ、情報をくれてやろう」
ちょいちょい、とステラを手招きするレオ。
とことこと吸い寄せられたステラの頭にすっ、と手を伸ばすレオ。
「あの……?」
「うむ。やはり見事な手触り。すまぬな。私はどうにもこの手の小動物に弱いタチなのだ。情報の対価として触らせてくれ」
ふにふに、ふにふに。
獣耳を存分に堪能するその姿をカナタが見ていたら激怒していたことだろう。
俺だって触るのに一ヶ月近くかかったのに! と。
だがこの場にいないカナタに怒ることなど出来ない。
ステラも折角の情報を無為にするわけにもいかず、されるがままだ。
「……この付近に7人の侵入者が現れたと報告が入った。恐らくお前たちを追ってきた仲間だろう。なかなか骨のある奴らもいたものよ」
「えっ!?」
獣耳を弄りつつ語るレオに、思わず声が漏れた。
それもそのはず。期待していたカナタの助けが来たのだ。舞い上がるなというほうが無理だ。耳だけでなく、尻尾まで上を向き明らかに元気を取り戻したステラにレオは一度頷くと、
「だが、過度な期待はするな。すでに同志が迎撃に向かっている。朗報が悲報に変わる可能性も低くない」
「うっ……」
「……まあ過度な心配も必要ない。恐らくは魔王様の命により、選ばれた者達なのだろうからな。そうそう簡単にくたばることもないだろう。我々にとっては頭の痛いことだがな」
そういってようやく獣耳から手を離したレオは最後に一言、
「どの道お前たちに出来ることなど何も無い。大人しく待つが良い」
そういって地下を後にする。
残されたステラはレオの言葉を吟味していた。
この近くまでカナタ達が来ているという事実。
自分たちに何が出来るのか。
ステラは二度目の牢屋の中で、ひたすらに考え続けていた。




