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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第五部 魔城奪還篇

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「クレイ」

 クロとクレイの激突はこれで二度目となる。

 だが前回とは大きく違う点が二つ。


「はああああっ!」


 ひとつはクロの持つ武器。

 太刀と呼ばれる大振りの刀はクロにしてみれば箸にも等しい気軽さで扱える軽量武器だ。


 風をうねらせ、強引に引きちぎりながら迫る刃は鈍器にも負けず劣らずの重量を持つ。いかにクレイの血刀が衝撃を殺そうとも、勢いまでは殺せない。

 結局、鍔迫り合いになれば押し込まれるのはクレイの方だ。


「くそ……相変わらずの馬鹿力がっ!」


 そしてもう一つはクレイの不調。

 前回大量の血を失ったクレイはいまだ全回復するに至っていない。

 カグラの死兵の援護を受け、ようやくクロに対抗できている。


 もともとの実力はクレイが上。

 だがタイミングが悪かった。


 クロには奏という回復特化の天権保持者がいる。

 その差が命運を分けたともいえる。


「血潮を上げろ……血闘乱舞(ヴァーミリオン)ッ!」


 しかしそれでもクレイは引かない。

 敗勢を意識しながらも、決死の攻撃を放つ。


「いい加減……諦めなよっ!」


 血の弾丸をかわし、血の刃を受け流し、血の槍を逸らしながらクロが迫る。

 肉体強化の天権、『剛力』は腕力だけでなく脚力にもその恩恵がある。


 まさに風となったクロを止められるものはこの場にいない。

 太刀の煌きがクレイの首元に迫り……


「ふざ……けんなァッ!」


 ──紅の刃に防がれる。


「俺が求めてんのはこんなもんじゃねえっ! こんなもんじゃねえんだよっ! 俺は……俺たちは"悲願"がある! こんなところで死んで堪るかァッ!」


 それは慟哭だった。

 その場の誰にも通じない、魔族にのみ通い合わすことの出来る切なき叫び。


 クレイという人間を語る上で忘れてはならないのは、彼もまた、被害者であるということ。

 彼には選択肢なんてなかった。

 戦うことしか許されていなかった。


 だから……彼は壊した。

 人の営みを。他者の思いやりを。そして……自らに立ちふさがる障害さえも。


「お前ら全員邪魔なんだよ……俺たちの邪魔をするな。道を塞ぐな。俺たちには……帰るべき場所があるんだよッ!」

「はっ! 勝手な理屈だね! こっちにだって戦う理由はある!」


 対するクロもまた、被害者である。

 戦うこと以外選べなかった人生。

 その中でただ、彼女が選べたことは……


 ──何の為に戦うか。ただその一点。


 クロには戦う理由があった。

 それも新鮮な理由が。


「死んで逝った友達の分……借りは返してもらうっ!」


 クロにはただ一人、古くから仲良くしていた友人がいた。

 その者の名はシェリル。


 魔族の一人、リンドウに殺された女の子だ。

 今、クロは死んで逝った彼女のために戦っていた。


 ただ一つ、復讐心のみをその身に宿して。

 交錯する二つの"誓い"。


 それは運命と呼ぶにはあまりにも陳腐なシナリオだ。

 殺し、殺され、殺し返す。

 ずっとずっと古くから続く戦争の縮図がそこにはあった。


「「──死ねッ!」」


 魔族と、人間。

 二つの境界線はあやふやだ。


 外見的特徴に差異がないのであれば、二つはほぼ同種と言っても過言ではない。

 ただ……能力に差があっただけ。


 そしてそれこそがお互いに相容れない理由となる。


 平等な外交など存在しない。

 そして完成された社会もまた、存在しないのだ。


 お互いがお互いの目的のため行動している以上、衝突は避けられない。

 クロとクレイの戦いはまさしく戦争そのものだ。

 全身全霊を賭し、渾身の力で相手を捻じ伏せんと駆ける二人はやがて……


 ──周囲に衝撃を響かせながら、激突した。


 クロの『剛力』が刃を押す。

 クレイの『血』が衝撃を拡散する。


 互いの持てる力すべてを賭けた一撃は……

 ──クレイの優勢へと、傾き始めていた。


「ぐっ……!?」


 それは執念とも言うべき精神力の賜物だ。

 敗勢を強引に押し戻すクレイには鬼気迫るものがあった。


 太刀を必死で押し込みながらクロは恐怖を押し殺した。

 ほんの一瞬、毛ほどでも恐れればその瞬間に飲み込まれる。


 それが分かっていたからクロは攻めるしかない。

 攻めが途切れた瞬間がクロの敗北となる。

 だが……それもいつまでもは続かない。


「俺の……勝ちだ」


 最早血を失いすぎて、青白く変色した顔色でクレイは勝利を確信する。

 そして……次の瞬間。クレイは見た。


「…………え?」


 今までクレイの援護をし続けていた死兵が……唐突にその動きを止めるのを。

 それは有り得ないはずのことだった。

 有ってはならないはずのことだった。


 カグラが……死んだ。

 その事実を認識した瞬間、ほんの僅かにクレイは動揺した。


 そして……それこそが決定的な隙となる。


「らあああぁぁぁっ!」

「あっ……」


 気付いたときにはもう遅い。

 クレイの腹部に深々と突き刺さる太刀。

 完全なる致命傷だった。


(……こんな、幕切れかよ……チクショウが……)


 口元から血を零しながら、クレイは一歩下がる。

 ずるり、と腹部から太刀が抜け新たな血が地面を濡らした。


「…………カ、グラ……」


 最後の最後、クレイの口から漏れたのは最も長くこの世界を共に生きた人物の名前だった。

 高飛車で、傲慢で、口を開けば命令ばかり。


 好きなところなんて数えるほどしかない。

 嫌いなところなんて数えるまでもない。


 でも……それでも……


(こんなことなら……伝えとけば良かった、ぜ……)


 喧嘩ばかりしていた過去を振り返り、僅かばかりに後悔する。


「はあ……くそっ……最高の、人生だったぜチクショウが」


 蒼白となった顔に笑みを浮かべ、クレイは地面に倒れた。

 そして……彼が起き上がることは二度となかった。

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