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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第五部 魔城奪還篇

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「カグラ」

 戦況は混沌としている。

 それもこれもすべてカグラのせいだ。

 

奴の操る死兵には限度がない。

 腕を潰そうが、足を切ろうが止まらないリビングデッド。一応、脳組織を破壊すれば活動は止まるが、この大群を前にピンポイントで狙い続けるのは難しい。

 加えて……


「オラオラっ! 息が上がってきてんじゃねえのかぁッ!?」

「ちっ!」


 時折放たれるクレイの血の弾丸が厄介極まる。

 これには対策の立てようがない。

 一応乱射してこないところを見るに弾数制限があるのだろうが、カグラの死兵と合わせれば凶悪な陣形になる。


 こちらのメンバーは死兵に応対している紅葉、拓馬。

 クレイに牽制するクロ。

 そして遊撃しつつカグラを狙う俺とアーデルという布陣だ。


 傷を負えば、即座に下がり奏の回復を受ける。

 そのおかげで何とか戦線は維持できているが……少し押されぎみかもしれない。


「……アーデル。攻めるぞ」

「ああ。どうやら時間もなさそうだしね」


 カグラの死兵を相手に長期戦は分が悪すぎる。

 アーデルと視線を交わし、頷くと……


「炎舞ッ!」

「雷迅ッ!」


 俺たちは同時にカグラに向け駆け出す。

 その分自由になるクレイはクロに任せる。

 クロが耐えている間にカグラを集中砲火。倒すことが出来れば死兵も止まり紅葉達もクロの援護に回れる。

 つまり……いかに早くカグラを倒せるかでこの場の趨勢は決まるというわけだ。


 俺は炎舞を使って上空から。アーデルは下から雷迅を使って迫る。

 俺たちの中でも最も早く、鋭い攻撃だったが……


「幕を上げなさい──死者の祭典(ネクロフェスタ)!」


 カグラの能力の真骨頂。

 その真髄を俺たちは目の当たりにする。


「なんだ……それは……ッ!?」


 上空を飛ぶ俺の目の前に現れたのは……



 ──飛竜(ワイバーン)



 それも一体や二体ではない。

 まるで蝙蝠の大群のように群がり、空中を旋回するそれは一体一体がまさしく恐竜サイズの巨体を持ち、凶悪な牙を煌かせている。


「『屍竜』。以前は隠密行動ということで持参できませんでしたが……こと防衛線に限って言えば私は魔王軍きっての有力者。簡単に突破はさせませんわよ?」

「ぐっ……」


 くそっ、操れるのは人だけじゃねえのかよ。

 こんな隠し戦力があるなんて想定外だ。

 確かに以前、隠し玉があるかのような口ぶりはしていたがここまで数が多いとは……流石にこの数は捌ききれない。


「アーデルっ! 一度退くぞ! 数が多すぎる!」

「ここまで来たんだ! 大丈夫、攻めきれる!」


 止まるよう言ったのだが、アーデルはそれを無視してカグラの元へと一直線に突っ込む。

 まったく……猪じゃねえんだからもう少し考えろよ。


 これじゃあ俺も行くしかないじゃねえか。

 アーデルの雷神には飛行能力がない。

 となると空中戦が出来るのは俺だけ。つまり必然的に……


「ぐっ……おおおおおおッ!」


 屍竜の相手は俺がしなくてはならない。

 手近にいた一体の背に飛び乗って見るものの、途中で何度も喰われかけた。


 渾身の炎舞で切り抜けたがこうも連続で使っていたらすぐガス欠になっちまう。出来るだけ温存するに越したことはない。まだこの戦闘で終わりってわけじゃないんだからな。


 そう考えるならこの屍竜の相手をするよりはカグラを直接狙ったほうが断然効率的なのだが……

 ちらり、とアーデルの方を確認するとちょうどカグラが一体の屍竜に飛び乗り空中に逃げ去るところだった。


 アーデルは咄嗟に雷刃を飛ばしているが……駄目。射程距離を逃れたカグラには届かない。

 くそ、まずいな。

 空中に逃げられたんじゃ追撃のしようがない。

 アーデルは戦闘不能も同然だ。


「アーデル! お前はクレイの方へ向かえ! カグラは俺がやる!」


 あれだけの大口を叩いておきながら何の成果も上げられなかったアーデルには後で嫌味を言ってやる。絶対に。

 さあ……こっからが大変だぞ。


「安全圏から一方的な攻撃、か。正直今まで見てきた能力の中で一番いやらしいぞ、その魔術」

「ふふ。(わたくし)は弱いもの虐めが大好きなものでね。翼を持たない虫けらが地面を這いまわる姿は愚鈍の極み。いつも楽しく見させてもらっていますわ」

「……良い趣味してやがるぜ。本当に」


 屍竜から屍竜に飛び移りつつ、安全を確保する。

 あまり長いこと飛び乗っていると、他の屍竜から攻撃を喰らっちまうからな。

 とりあえず、この完全不利な状況の打開策が見つかるまでは耐えるしかない。


「私の能力は支配する能力。どんな勇者だろうと、死んでしまえば私の奴隷に成り下がる。貴方はなかなか好みの性格をしていますし、死んだ後も可愛がってあげますわ」

「悪いが俺は死なないんでな。遠慮させてもらうよ」

「ふふ……恐怖を克服した人間を更なる恐怖で押し殺す。嗚呼、想像しただけでぞくぞくしますわ。その顔が絶望に歪む瞬間が見たい……ので、少しだけ本気を出しますわね」

「…………ッ!?」


 唐突に屍竜の雰囲気が変わる。

 何だ? ……何かしようとしている?


「私の死兵は生前の能力をある程度まで引き継げる。人であれば剣技、魔術などがそれに当たりますが……さて、竜の場合はどうでしょう? 答えは……"コレ"ですわっ!」


 屍竜の口が開かれる。

 竜の持つ技と言えば……まずいっ!


屍竜の咆哮(デス・ブレス)ッ!」


 一斉に放たれる漆黒の光。

 それはまるで飛来する槍のよう。

 一本一本はかわせなくもない攻撃だが数が尋常ではない。


「ぐっ!」


 回避しそこねた一本が俺の右腕を穿つ。

 熱湯に手を突っ込んだかのような痛みが走り、俺の右腕は灰となった。

 何と言う火力なのか。こんなものが全身に直撃したら……いくら俺といえどただではすまされない。


「あはっ、そうです。その顔が見たかった!」


 ちくしょう、あのドS女め。

 こっちはソフトMなんだからもう少し優しくしやがれっての。

 いくらなんでも強すぎだ。

 こんなの、紅葉達のところへは行かせられない。


「……だったらやるしかねえよな」


 ひとまず後のことは頭から捨てろ。

 この局面を乗り切らなければどの道終わりなんだ。

 この瞬間に……全力を賭けろ!


 再生、そして即座に詠唱。

 最強にして最大の攻撃手段、灼熱の剣(レーヴァテイン)を右腕に再現する。

 最近、炎舞(レーゼン)ばっかり目立っているからな。ここらでお前にも活躍してもらうぜ。


「ついに出したわね、その剣……一体今まで何人の同胞を斬ってきたのやら。貴方は危険よ。ここで始末させてもらうわ」

「出来るものならやってみな」


 風を切り、体当たりしてくる屍竜に向け……一閃。

 紅の颶風と化した剣閃は竜の首を真っ二つに叩き切り、その巨体を地に落とす。


「確かにお前から見れば俺たち人間なんて地を這う虫けらみたいなものなのかもしれねえけどよ……今回ばかりは譲ってもらぜ。地を這うのはお前だ」

「くっ……まだですわっ!」


 次々に襲い掛かり屍竜。

 だが好都合だ。こっちから行く手間が省けた。


「森羅万象、一切合財、有象無象。すべて……焼き殺すッ!」


 俺はこれでもかと右腕の灼熱の剣へ魔力を注ぎ込む。

 過剰に供給された魔術は当然、溢れたエネルギーを放出するため形を変えて生まれ変わる。

 即ち……


「埋め尽くせ……灼熱の剣(レーヴァテイン)ッ!」


 文字通り空を埋め尽くすかのような剣へと。

 横薙ぎに払われた剣は数多の屍竜を切り飛ばし、無力化する。

 僅かに残った屍竜も、さきほどに比べれば微々たる数。最早脅威ではない。


「そ、んな……あり得ない……出鱈目すぎるでしょう」


 まさかカグラも一刀の元切り捨てられるとは思ってもみなかったのだろう。驚愕をその顔いっぱいに貼り付けていた。

 悪いな。だけど俺の最大の武器ってのは天権とか禁術にはないんだよ、実はな。俺の最も特筆すべき長所はその魔力量。


 これだけの超常を起こすには通常、途方もない魔力が必要となる。

 ただでさえ魔力を食う灼熱の剣に更に魔力を上乗せして、巨大化させるなんて芸当は相当量の魔力がなければ出来ない。


 それを強引に成立させちまうってんだから俺の魔力量はきっと相当なものなんだろうと思う。

 まあ、割と最近気付いたんだけどな。


「……お前の負けだ。降服しろ。そうすれば命だけは助けてやる」


「ふふ、それは命令かしら? だとしたら聞けないわね。私は誰かに命令されるのが大っ嫌いなの。私は支配する側よ。誰だろうと私に指図なんてさせない」


「命令? 違うな。これはただのお願いだ。俺としては別にどっちでもいいんだよ。ただ、あまり無駄な体力を使いたくないだけでな」


「……何よそれ。まるで私達が前座みたいな扱いしてくれちゃって」


「事実、前座だ。俺たちの本命はこの先にある。とっとと道を開けさえすればとどめは刺さん」


「……どこまでも舐めてくれるじゃない。何も知らない新参者が」


 ぎりっ、とカグラの口元から歯軋り音が聞こえてくる。

 彼女は激昂しているのだ。

 自らの領土を蹂躙され、敗北者へと成り下がったことに対して。


「私達の苦労も、悲しみも、覚悟も、誓いも何も知らないくせに……道を開けろですって? 馬鹿も休み休み言いなさいよ。そんなことが出来るなら、そんな簡単に諦められるなら……こんなところで縋り付いたりなんかしていないっ!」

「…………っ!?」


 その時、俺はカグラの瞳に溢れる雫を見た。

 確かに俺は魔族について何も知らないし、知ろうともしてこなかった。


 だから……この時カグラの流した涙の意味を、この時の俺は理解できなかったのだ。

 もし理解できたのなら、違った結末もあったかもしれないというのに……


「命乞いならもう遅い。お前らは一線を越えた。俺たちよりもずっと早くにな」

「……貴方も私達と同類よ。自らの目的のため、他者を害する畜生よ。屑には屑の、愚者には愚者の、畜生には畜生の末路が待っている。先に逝って貴方の席を温めておいてあげるわ。感謝しなさい」


 そのカグラの物言いに、挑発的な物言いに俺は我慢することが出来なかった。


「俺をお前らなんかと一緒にするな」

「どうかしらね。真実はすぐ近くまで迫っているわ。もし貴方が世界の真実に到達した時……果たして貴方は貴方のままでいられるかしら?」


 意味深なことを呟くカグラ。

 だがそれも、どうせ敗者の戯言に過ぎない。

 聞くに堪えない狂言だ。


「言い残すことはそれだけか?」

「ええ。地獄でまた会いましょう」


 ふっ、と柔らかい笑みを湛えたまま……カグラの首は宙を舞った。

 それと同時に屍すべてがただの屍へと成り下がる。

 狂気の祭典は……こうして幕を下ろしたのだった。

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