表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第五部 魔城奪還篇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

121/163

「嘘吐きの戦い①」

「藍沢、お前なんで……」

「何で? おいおい、随分おかしなことを言ってんな。お前だって知ってるだろう。俺がここにいるのは魔族を殺す為だ。何もおかしなところなんてない」


 そう言ってアザミと対面する藍沢は何の気負いも感じていない様子。

 というか……


「勝てるのかよ、お前」

「……どうだろうな。流石に絶対とは言えないがお前がやるよりはいいだろう。お前と奴では相性が悪すぎる。分かってるだろ?」

「…………」


 藍沢の言葉に俺は何も言えなくなる。

 最後の攻撃を喰らいかけてようやく気付いたアザミの魔術の正体。


 奴の言った言葉、魔術名、俺の体に出来た不可解な傷を総合的に判断すればおのずとその答えに辿り着く。

 ああ……認めてやるよ。確かに俺と奴の相性は最悪だ。


 得意な間合いがどうとか、速さがどうとか、武器がどうとかそういう細かいところではなくお互いの最も重要な能力の相性が最悪というしかないのだ。


 俺では奴に勝てない。

 勝てたとしても相当の被害を覚悟しなければならない。

 それは分かってる。

 だが……だからと言って藍沢に全てを任せて良い理由にはならない。


「……アイザワマコト、『嘘』の天権」


 俺達が口論している内に、いつの間にか鎖を懐に戻していたアザミが改めてこちらを見やる。その瞳はどこまでも無機質で感情が読めない。


「少なくとも向こうはやる気らしい。お前は一旦下がってろ」

「……分かった。どうやら口論してる暇はないようだしな」


 さきほど周囲を確認したが、この場はすでに乱戦模様になってきている。藍沢にここを任せれば俺が他の戦場をフォローできるようになり、全体の戦力向上に繋がるだろう。


「やばくなったらすぐ呼べ」


 俺は後ろ髪を引かれながらも藍沢をその場に残し、別の戦場へ移動することにした。




---




「……誰が呼ぶかよ」


 藍沢真はようやく立ち去った青野カナタに溜息をつきながら目の前の敵を見る。

 敵……そう敵だ。


 以前ははっきりそう定義していたわけではないが、今は違う。

 仲間を殺された彼にとって、魔族とはそれだけで許されざる仇として瞳に写る。


「……アイザワマコト、貴方には殺害許可が降りてる。良かったね」

「何が良かっただよ、黒ロリ。こちとら悪いがこんなところで死んでやるつもりは欠片もねえ。だからまあ……」


 藍沢は一呼吸溜め、


「"あっ、隕石"」

「……えっ?」


 今気付いたと言わんばかりの態度でアザミの背後に視線をやる。

 すると面白いように釣られたアザミは藍沢から視線を外し、後ろに振り向く。


 思ったより驚いていないのは彼女の気質なのか、それでも嘘を本当だと信じているのは間違いない。

 こんな使い古された引っ掛け(ブラフ)なんて普通、通用しない。

 だが藍沢の天権はどんな嘘だろうと現実のものと錯覚させる。


(卑怯だとは思うが、悪く思うなよ)


 藍沢が懐から取り出したのは自前の火炎瓶。即座に近くの松明を利用して着火し、アザミに向け全力で投げる。

 パリンッ、と小気味よい音がしてアザミの足元に火の手が上がる。


「……あっ」


 魔族相手に火炎瓶なんかが効くのか疑問だったが、勢い良く上がる火の手は確かにアザミにダメージを与えている。

 即座に火から逃れるように飛び退いたのが良い証拠だ。

 これを好機と見た藍沢は更なる追撃に打って出る。


「"その火は決して消えることはない"」


 『嘘』を使いながらアザミに接近。

 ただ近づいただけではあの鎖に払われるのがオチだ。


 だったらこちらを気にしている暇がないほどに情報を与えれば良い。

 藍沢の『嘘』に騙され、火元に意識がいっているアザミの背後に回りこむ。


(俺は青野ほど速く動ける訳じゃない。狙われたら終わりだ)


 藍沢の手には短剣が握られている。

 刀身の短いそれは他の武器に比べて頼りない印象を受ける。

 だが……


(人を殺すのに最強の剣は必要ない。一見、強そうに見えない物の方が油断を誘える。俺がまたそうであるようにな)


 そして藍沢の『嘘』はその油断に滑り込む。


 藍沢真は青野カナタのように優秀な魔術を持っているわけではない。

 藍沢真はアーデル・ハイトほどバリエーションに富んだ技を持っていない。


 誰よりも弱く、頼りになりそうもない戦闘力しか持たないのが藍沢真のステータスだ。

 だが……それでもいい。

 それでもいいのだ。

 むしろその方が良い。


 『嘘』の天権を十二分に使いこなすには、誰にも警戒されない雑魚ぐらいで丁度良い。藍沢は自らの能力を完全に把握していた。


(意識が逸れるのは一瞬。俺の『嘘』は弱点が多すぎるからな、この一撃で決めるぞ)


 長期戦は望むべくもない。

 藍沢の『嘘』の弱点。その致命的な欠陥は能力を警戒された途端に大きくなる言葉の制約にある。


 藍沢の天権、『嘘』は相手に嘘を本当のことだと認識させる能力だがこれには出来ることと出来ないことがはっきりと明確化されている。


 例えば相手に嘘を付く際に、認識の上書きは出来ないという点。


 簡単に言えば、相手がすでにはっきりと自覚していることに対して嘘は効かないということだ。例を挙げるなら『お前はもう死んでいる』などの直接相手を仮死状態にしてしまいそうな必殺ワードは相手が『自分は生きている』という当然の認識の上にあるためこれを塗りつぶすことは出来ない。


 他にも『お前は自害しなければならない』などの直接的な命令も認識の上書きに当たり、効果を発揮しない。自殺志願者であれば話は別だが。


 ともかく、『嘘』の天権はその強力そうな効果と裏腹に出来ることはかなり限られているという性質を持っていた。

 さきほど相手の気を逸らすためについた突飛な嘘のように、相手の意識していない領域で嘘を付くのが最も効果的となる。

 だがそれでも二つ目の文言は限りなくグレーに近い白ではあったが。


『その火は決して消えることはない』


 これはそう認識させられれば、注意を奪うのに十分な効果を発揮するが"火が消えない"というのは認識として大きな違和感を伴う。


 もしこれが『火は決して消えることはない』と言っていた場合、同じ効果は得られなかった可能性が高い。その、という特定の火を限定する単語を加えたことにより、アザミに『この火には何か仕掛けがしてあるのかもしれない』という疑惑を植えつけることが出来たからだ。


 このように一つの文言に関しても、細かい制約が付きまとう。

 いくつか事前に準備しているワードがあるにしても、その場、そのタイミングにそぐわなければ効果は薄い。


 つまり、藍沢はほとんど即席で『嘘』を考え続けるしかないのだ。

 当然そんなことをしていればいつかはミスをする。そしてその場合、敵の攻撃を回避する能力も防ぎきる能力もない藍沢に待っているのは死という運命だけ。

 危うい綱渡りの上に藍沢の勝機は乗っかっているのだ。


(頼む……こいつがまだ油断している今の内に……決まってくれ!)


 突き出された藍沢の短剣は背後からアザミに襲いかかり、その心臓部を突き刺す……


「…………っ!」


 ……かに見えた。

 ぎりぎりのところで藍沢の接近に気付いたアザミは身を翻して、その一撃を回避する。かわしきれなかった一瞬がアザミの柔肌に一筋の切れ目を残す。

 だがそれだけ。致命傷には程遠いダメージだ。


「くっ!」


 自分に出来る最高の攻撃は奇襲にしかない。

 そのことを藍沢は誰よりも深く理解していた。

 気付かれてしまえばもう駄目。次はない。

 奇襲は一度で決めなければ警戒されてしまうからだ。


「……貴方、危険」


 アザミの目が据わる。

 完全に今、藍沢を危険人物と定めた瞬間だった。


(ぐっ……まずいっ!)


 これでもう一撃を加えることすら困難になってしまった。

 加えて眼前に迫る鎖はカナタに向けて放たれたのと全く変わらぬ速度と威力を持っている。まさしく全力。アザミは獅子(カナタ)(じぶん)を全くの同列として扱い始めていた。


 これではもう、藍沢に回避できる余地など残されていない。

 迫る鎖に対し、藍沢が出来たことはたった一つだけだった。


 走馬灯にも似た一瞬の永遠の後……


 ──アザミの鎖がついに、藍沢の右腕を捕らえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ