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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第五部 魔城奪還篇

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「藍沢真」

 藍沢真は地元大地主の子供として生を受けた。

 何不自由ない生活。恵まれた環境。ルックスも悪くない。他人から見ればまず羨まれるような生い立ちであることは疑いようがない。

 だが、その完璧な人生にも足りないものはあった。


 ──それは才覚。


 スポーツや勉強、習い事など色々と試したがどれも一番になることは出来なかった。勿論努力はしたし、研究も怠らなかった。

 だがどんなに頑張っても頑張っても一流には届かない。


 子供心に悟ったものだ。

 この世界はなんと残酷なのだろう、と。


『信じれば夢は叶う!』

『努力できる事も一つの才能!』

 そんなキャッチコピーが色褪せて見えた。


 あまりにも不平等に過ぎる世界に不満を持つことは簡単だ。だが、広い目で見れば自分は"持っている"部類だろう。それが自分の能力に全く関係のないことだとしても"家柄"というのは確かなステータスとなる。

 だが、当然のことながらそれは藍沢の自尊心を満たすことはなかった。


 小学生時代。


 高学年にもなればいよいよ才能の差は明らかに生まれ始めた。塾や家庭教師など、両親のおかげで環境には恵まれていたがその頃にはすでに藍沢の性格は固まり始めていた。


 ──どうせ才能ある奴には勝てないよ。


 そんな一言で努力すら怠るようになった藍沢は当然成績も落ち込み、中の下程度の学力になった。

 両親はより一層教育に金をかけるようになった。

 その頃からだろうか、両親が教育方針の対立から不仲になり始めたのは。


 中学生時代。


 勉強よりも楽しいことならいくらでもあった。

 その一つがイジメ。


 陰湿だとか、汚いだとかそういう見方をされるのは分かっていたけどやめられなかった。自分より弱い者をいたぶるのが快感で仕方がなかった。


 征服感は自尊心を埋めるのに丁度良かったのだ。


 その頃藍沢はとある女子生徒を標的に徹底的にイジメていたのだが、学校側にバレ、問題となったことがあった。

 校長室に呼び出された母と父の表情は今でも忘れられない。家に帰ると滅茶苦茶怒られたし、初めて殴られた。


「恥をかかせるな!」と、父はそう言った。


 人に迷惑をかけるな、でも、人道に背くな、でもなく。

 この人達は基本的に体面を取り繕うことしか考えていないのだと悟った。


 そして、ついにその時は訪れた。

 父の不倫が母にバレたのだ。


 母の前で土下座して謝る父はこれまで、何度も母の追及を誤魔化して取り繕って嘘をついていた。その果てがこの姿なのだとしたらなんと哀れな末路だろうか。

 その場ですぐに父に問いかけてやりたかった。


「貴方の恥は何ですか?」と。


 学校でも噂され最悪だった。恥をかかせるな、なんてこっちが言いたいくらいだ。

 こうして藍沢真はまた一つ、家族というものを失った。


 高校生時代。


 この頃になると、もう性格は簡単には変えられない。

 高校一年の春からいきなりイジメを再開した。


 それから一年、イジメ続けたその生徒は途中登校拒否になったりしながらも一年間を乗り切り、クラス替えを迎えた。その生徒が最後に見せたほっとした表情。それがなんだか無性にイライラさせられたのを覚えている。


 高校二年。今度はまた新しいターゲットを見つけた。


 名前は金井宗太郎。

 いつも一人でいる典型的なボッチだったから狙いやすかった。


 加えて気弱な性格で、まさしくイジメの標的に相応しい特徴をしていた。

 だが……藍沢にとって不幸だったのは宗太郎が真面目な生徒だったということ。優等生として教師の覚えも良い宗太郎は藍沢にとって自尊心を酷く傷つけられる存在だったのだ。


 結果、イジメはエスカレートした。


 中学時代ほどではないが、結構酷い事もした。

 何でこんなことをしているのか自分ですらよく分からなくなっていたが、止められなかった。だって自分のアイデンティティを、存在価値を見出せるのが優越感にしかなかったから。


 この自尊心を満たすことだけが藍沢真の行動原理になってしまっていたから。

 とある日の放課後。校舎裏に宗太郎を呼びつけ、恫喝していると一人の男子生徒が唐突に割り込んできた。


「お前、そんなことして何が楽しいんだ?」


 第一声がそれだった。

 不思議で不思議で仕方がないと、その男子生徒は純粋な疑問を藍沢達にぶつけてきた。今まで正義感ぶって仲裁に入るような奴はいたが、ここまで暢気なことを良い始めた奴は初めてだった。

 それから詰まんないことはやめろと、まさしく正論をぶつけてくるその男と退かない藍沢達は当然のように喧嘩になった。


 女子である西村を抜いても三対一。

 負ける訳がない。


 だが藍沢の予想は外れ、勝つことは出来なかった。

 ただ負けた訳でもない。


 どんなに殴られようと、蹴られようと、その男子生徒は全く折れなかったのだ。まるで不死身かと錯覚しそうなほどに倒れない。


 なぜ? それはこの男子生徒のためなのか? だけどお前ら、ただのクラスメイトじゃないか。そこまでする義理なんてない。なんでお前はそんなことをする?


 尽きない疑問に藍沢はつい、その男の真意を問いただしてしまった。

 喧嘩もそれほど強くない、下手したら藍沢一人とも互角の戦いになってしまいそうな程度の戦闘力しかないその生徒は切れた唇から血を流しながらこう言った。


「あぁ? んなもん……俺がそうしたいからに決まってるだろうが」


 その男子生徒はただ、自分でそう在ろうと決めたからそう在るのだと。

 自分でそう定めたのだからこの道を往くのだと。そう断言して見せた。

 才能なんて関係ない。出来るか出来ないかではなく、やるかやらないか。


 自分を曲げず、決めたことを曲げず、ただ真っ直ぐ進むその姿はどこまでも格好良かった。

 結局、その日の喧嘩は途中で乱入してきた赤いバンダナ巻いたヤンキーのせいで藍沢達がボコボコにされた。


 曲がっていた鼻を叩き折られたような気分だった。

 ああ……こんな奴もいるのかと、素直にそう思った。


 自らの限界を知りながら、それを屁とも思っていない。

 どこまでも傲岸不遜なその在り方を……



 ──藍沢真は美しいと思った。



 自分に対しても、他人に対しても全く嘘をついていない。

 これこそが最も"真摯"な在り方なのだと、確信した。


 自分もこう在りたいと強く、強く思った。

 だが……そう簡単に自分は変えられない。


 結局、それからも藍沢は己の生き方を変えなかった。変えられなかった。

 憧れた男子生徒の名前は青野カナタ。

 喧嘩した後で知った。同じクラスだというのに全く意識していなかったから。


 でも……それからは違った。まるで対抗するかのように、藍沢は何かにつけてカナタに絡むようになった。

 コイツにだけは負けたくないと、そう思った。

 天才に負けるのは仕方ない。だって才能が違うんだから。


 でもコイツだけは別だ。自分と同じ、何の才能も持たない人間にだけは負けたくないと、藍沢は強く思った。


 それが、彼の物語の始まり。

 突如召喚された異世界でもそれは変わらない。


 追いつきたい、追い越したい。

 その一心で動き続けた彼に待っていたのは皮肉にもカナタと同じ絶望という名の未来だった。


 仲間を失って呆然とした状態で出会ったカナタはその時、まるで天啓か何かのようにすら見えた。これこそが自分の生きる道標なのだとすら思った。

 以前より更に強く、鋭く、冷たく研ぎ澄まされたその在り方は強く藍沢の心を惹き付けた。ああ、自分もこうなりたいと。かつてない純度で願った。


 そして……今。

 自分の目の前で英雄が殺されようとしている。

 俺はまたここで立ち止まるのか……?


 ──どうせ才能ある奴には勝てないよ。


 かつての言葉が頭の中で反響する。

 ああ、そうだろうな。

 強力な魔術、高い身体能力。

 俺達人間が魔族に勝てる道理なんてあるわけない。


 でも……でもさ。


 それでも立ち向かう奴がいるんだぜ?

 そして俺も、そう在りたいって思ったんだ。


 ならさ……無理だと言って諦める前に、出来ることがあるんじゃないのか?


 何かを為すには理由がいる。

 運命を乗り越えるには覚悟がいる。


 そして今の俺には……『誓い』がある。

 友人の墓標に捧げた誓いが。


 だったらさ、とりあえずやってみればいい。

 もしそれで駄目だったなら「やっぱり無理だったか」と、笑って死ねばいい。


 まるで憑き物が落ちたかのように、その言葉はすとんと藍沢の心の奥底に馴染んだ。


 何だ……ただそれだけのことじゃないか。

 難しいことは何もない。

 ただ一歩踏み出すだけだ。




 藍沢真は勇者ではない。

 藍沢真は英雄ではない。


 戦いになんて向いていない、弱っちいただの人間だ。

 だが、それでも……


 ──ちっぽけな自尊心の為、立ち上がるのに肩書きなんて必要ない。


 ただ自分で自分はこうだと、定めた通りに在るだけだ。

 藍沢真は自らの弱さを認め、その一歩を踏み出し……"一線"を越えていった。

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