「鎖の少女」
「……させない」
じゃらり、と女の子の手から鎖が伸びてくる。
それはまる蛇のようにくねりながら俺の首元を締め付けんと迫る。
だが……そこまで速度はない。これなら十分かわせる。
俺は右手で鎖を掴み、軌道を強引に変更。悠々とその一撃を回避したのだが……
「……つッ!」
右手に激痛。見れば俺の指が5本全て根元から切断されていた。
余りにも鋭利なその断面。明らかに切り傷だ。
(は? ……別に鎖には何も付いてねえぞ? なのに何で俺の指は吹っ飛んでんだ?)
「くそっ!」
駄目だ。不気味すぎる。
一旦距離を取ろう。
俺が後方に飛び退くと同時に、アーデルもまた同じ位置まで下がってくる。
「何だよあの魔術、攻防一体とかズル過ぎるよ」
「お前の雷神も大概だけどな」
「そっちは?」
「分からん。気付いたらこれだ」
指のなくなった右手を見せるとアーデルは嫌そうな顔をした。
にょきにょきと生えてくる指を見ると、もっと嫌そうな顔をした。
「あの女の子なんか怖い。アーデル、相手代わってくれ」
「嫌だよ。あのクレイって男も厄介だけど目に見える現象の分こっちのほうが精神的に楽だ」
「……だよな」
作戦タイムという名の押し付け合いは俺の敗北に終わる。
こんな暢気な会話してる場合じゃないとは思ったけど、それは向こうも同じこと。
「こらアザミ! 俺の獲物を取るな!」
「こらクレイ! アオノカナタは私の獲物だと何度言えば分かりますの!」
「……近くにいたんだから仕方ない」
向こうも向こうで結構暢気してた。
つーか俺大人気過ぎて辛い。
何でそんなに敵意向けてきますかね。魔族殺したのは俺もアーデルも同じなのに……いや、ああ。そっか。アーデルがシンを殺したことこいつら知らないんだっけか。
「……アーデル後で覚えとけよ」
「何で!?」
思わず愚痴が漏れる。
ガーンと擬音がつきそうな感じに驚いているアーデルと一瞬視線を交わし……お互いに左右へと駆け出す。
ガガガッ! と、地面に突き刺さるのはクレイの血弾。会話しながらもこっちの隙を狙ってたみたいだな。
だが、俺もアーデルも機動力が武器の近接系タイプ。回避はお手の物だ。
「僕が抑える! カナタが決めろ!」
右側から魔族に迫るアーデルが飛んだ。
勢い良く上空に跳躍したアーデルは眼下を見据え、お得意の雷陣を放つ。
範囲が広い代わりに威力の低い雷陣では決定打に欠ける。だが足止めには十分だ。
魔族の注意がアーデルへ向いている隙に……俺が左側から迫る。
右腕、左腕、それぞれに炎舞の術式を固定し狙うのは先ほどと同じくカグラ。
クレイは近づけば近づくほど危険だし、アザミと呼ばれていた魔族はあまりにも不気味すぎる。とりあえず本体の能力が低いカグラから狙うのは道理というものだ。
(死ねッ!)
炎舞で加速した拳がカグラに直撃する……その寸前のことだ。
──ジャララララララララララララララララララッ!
物凄い勢いで空中に鎖の包囲網が完成した。明らかにアザミの体格では持ちきれないであろう量の鎖。それがまるで蜘蛛の巣のように空中に広がる。
「くっ!」
触れたらまずい。
だがすでに展開した炎舞は途中でキャンセルすることも出来ず、俺は自らその鎖に突っ込むように捕らえられる。
そして……俺の全身が裂けた。
首は半分千切れ、右腕、左腕、右足、左腕はそれぞれ輪切りのように分断される。見た目にはただの鎖にしか見えないがその鋭利さは鋼糸かよ、とツッコミを入れたくなるほどだ。
というか……
(斬撃だけじゃないっ!?)
驚愕したのは腹部、肩、心臓部とまるでショットガンでも喰らったかのように風穴が開けられたこと。鎖に触れた部分がまるで熱でも持っているかのように熱い。
加えておかしいのはその傷だけではない。
アザミの攻撃を俺と共に喰らったはずの俺の服には傷一つ付いていないのだ。
服の下にある俺の体のみを切り刻み、穴をあけるその攻撃は不可思議というほかない。
「……可哀想」
体中に傷を作る俺に、その少女はぽつりと呟いた。
長い黒髪を揺らし、同じく黒色の瞳で俺を見据えるアザミの姿は座敷わらしと間違えてしまいそうな不吉さだ。
「可哀想、だと?」
体中の傷を回復しながら、俺は何とか鎖から逃れるべく移動を続ける。
あれは駄目だ。触れた時点でおしまいとか反則過ぎる。
受け止めることも、弾くことも出来ない。
となると俺に残された道はただ逃げることだけ。
「……うん。そんなに多くの傷を持っている人、私見たことないから」
そう言ったアザミの服の袖から更なる鎖が射出される。
くそっ、こいつどんだけ鎖を隠し持ってんだ!
「ちっ!」
「……痛みからは誰も逃れられない。苦しむ前に、受け入れて」
「何を、言ってやがる!」
痛みを受け入れろ?
そんなことが出来たなら……俺は今この場に立ってねえんだよ!
「おおおおおおおおッ!」
鎖をかわし、かわし、かわし、かわし、かわし、かわしてかわしてかわしてかわして俺は空中を翔ける。炎舞の連続展開により、がんがん魔力が減っているが知ったことか。今ここでこいつは倒さなければならない。
こいつはヤバイ。
間違いなく魔族の中でも最強クラスの能力者だ。
それほどにこいつの攻撃はどうしようもない。
攻撃力、射程範囲という意味ではクレイのそれと大差ないが攻撃密度が郡を抜いている。空間を埋め尽くす勢いで増え続ける鎖はいずれ俺から完全に逃げ場を奪い、絞め殺すだろう。
だからそうなる前に……
「お前は、殺すッ!」
チャンスは一瞬。
この攻撃を逃せば次の機会はやってこない。
それほどにもう鎖は完璧な布陣を築きつつあるのだ。
最高最速の炎舞、右腕右肘右肩の三点バースト!
「…………っ」
急接近する俺に慌てて鎖を防御に回しているみたいだが、遅い。
鎖ごと吹き飛ばす!
「らああああぁぁぁぁぁッ!」
気合と共に振り抜く。
だが……
「……安らかに眠れ──苦痛連鎖」
無表情のまま呟いたその一言で……鎖がその勢いを増し活動を始める。
ジャララララジャラララララジャラララララジャララララララララララッッッ!
今まで張り巡らせてきた鎖が一斉に脈動する。
これまでの速度を蛇の行軍とするならば、それはまさしく流星の如き濁流。
到底かわせるものではない。
そして、必殺の陣を完成させたアザミの鎖は……
──俺を完全に捕らえたのだった。
絶望。
死。
覚悟。
一瞬で色々な想いが交錯する。
駄目だ。逃げられない。完璧に嵌められた。
触れるのではなく、締め上げられれば一巻の終わりだ。いくら俺の不死が回復に特化しているとは言え、あの攻撃を受け続ければいずれ死ぬ。
蛇が捕らえた生き物をゆっくりと飲み込むように。
俺もこの鎖にじわじわと絞め殺される。
刹那の先には現実となる最悪の未来予想。
そこから逃れる術は最早俺には残されていない。
だから……
「"貴様の鎖は何者も捕らえられない"」
──俺がその窮地を脱することが出来たのは俺以外の力に寄るものだ。
突然跳ね上がるように奇妙な軌道を見せた鎖は俺に触れることすらなく、その陣を崩壊させていく。まるで俺から逃げるかのようにうねうねと鎖が不規則な動きを繰り返す。
「一体、何が……」
呆然とその光景を見る俺の正面に、ザッ! と土を踏みしめその"一線"を越えてきた男が続けざまに言葉を吐き捨てるように唱える。
「青野、ここは"お前が退くべきだ"」
「……っ」
まだ俺は戦える。だというのに、体はすでに後退を始めようとしていた。
どんなに頭で分かっていても、無意識の内に体が動いてしまいそうになる。
これは……この『天権』は……!?
「どうも見たところお前と奴は相性が最悪のようだ。ここは俺に任せろ。あの女は……俺が片をつける」
そう言って俺を押しのけ、前に出るその男を見間違えるはずもない。
──藍沢真。
奏と同じく、戦闘には向いていないと判断された『嘘』の天権保持者だった。




