「追跡」
魔族を追い始めて二日が経った。
そしてその間、俺達は順調に魔族の足取りを掴んで……いなかった。
「……駄目だな。流石にもう追えそうにない」
山岳地帯を回り、旅のルートを選んで追跡してはいるものの途中から完全に痕跡が消えてしまっていた。
「馬も使ってないのに何でこんなに早いんだろ」
「やっぱり魔王城へ向けて進むしかないか」
旅に慣れているアーデルとクロの二人が今回の旅のナビを担当している。
だが慣れているとはいっても、流石にこの広大な土地の中で魔族を正確に追跡することは不可能だった。
ある程度は目測で移動するしかない。
「魔族はクロ達の知らないルートでも使ってるのかな?」
「なくはないだろうね。あの連中なら魔物なんてモノともしないだろうし」
岩場の影で休憩する間に今後のルートについて話し合う。
地図を広げて覗き込むクロとアーデルに、一応確認のため声をかけてみる。
「なあ、今どの辺まで来てるんだ?」
「今はねー、大体この辺かな?」
クロが指し示すのは魔族領の敷地内。
人間達の生存圏との境界線近くだった。
「え? もうここって魔族領なのか?」
「そだよー。地形については未知の部分が多いからね、これからどんどん進む速度は落ちると思う」
マジか、ここってもう魔族の生存圏だったのか。
全く気付かなかった。
「まあ、魔族領って言っても人間が開拓していないってだけで、魔族が実際に使っているエリアじゃないだろうけどね。言うなら未所属、だれの管轄でもない土地ってこと」
「……なるほど」
確かにこの辺りは地形の起伏も大きいし、人が住むにはあまり適していないのだろう。水源も近くにないしな。
こういうところは前の常識のせいで違和感のあるところだ。要はどの国の土地でもない部分が世界地図にあるってことなんだからな。
「でもそれなら安心して進めるな」
「それでも今までよりずっと注意する必要はあるけどね。どんな魔物が生息しているのかもよく分かってないし。お兄さんも気をつけて」
「分かった」
ここは素直に旅の先輩たるクロに従っておこう。
「それで? これからどう進むつもりなんだ?」
「ルートは大きく分けて三つかな。一つはある程度開けた土地を選んで進む安全ルート。一つは山岳地帯を越える山登りルート。一つは森を突っ切る危険ルート」
「ふむ……」
クロの指差すルートを一つ一つ吟味する。
どれもかなり道が外れているから一度選ぶと後戻りは出来そうにない。これは慎重に選ばなければ。
「僕のお勧めは山岳ルートかな。魔物も少ないし、上手くすればかなりの時間的短縮になる」
「えー、でも山登りって結構危ないよ? 特に実地データのない未開拓の土地なんだし、最悪通れない可能性だってあるじゃん」
「そういうクロはどれがお勧めなんだ?」
「クロは断然森かな! 多分この中なら最短ルートになると思うし」
「でも森は魔物が出るじゃないか。魔族領の魔物は強力だって聞くし、開戦前に無駄な力を使うのは控えるべきだ」
まずいな。
ここにきてクロとアーデルの意見が真っ向から食い違ってしまった。
何だかんだここまでは二人の方針が似通っていたから大きな衝突もなく来れたが、これは困った。
だって意見が分かれたってことはつまり決定権が……
「むう……そこまで言うならお兄さんに決めてもらおうよ」
「望むところだ。もっとも我が親友は僕の意見に共感していることだろうけどね」
ほらね。
こうなると思ってたよ。
あとアーデル、親友はやめろ。
「はあ……あんまり時間もないんだよな? だったら森のルートでいいんじゃないか?」
「ほらね!」
「くっ……」
にこにことご機嫌のクロに、悔しげな視線を俺に向けてくるアーデル。
ああもうやだやだ。どっち選んでも角が立つとか逃げ場なしじゃないか。
「ほら、とにかく今は行動するぞ」
ひとまず決定したルートを選び、俺達は森を突っ切る形で進軍を始める。
森というのは方向感覚が狂いやすいことに加え野生の魔物が生息しているため旅ではまず第一に忌避されるポイントだ。
それをあえて突っ込むのはまさしく時間がないからに他ならない。
すでにイリス達が連れ去られてから一週間が経っている。これ以上のタイムロスは許されない。
だが……
「ちっ! 思った以上に魔物が多い! 赤坂! 後ろ頼む!」
「分かった!」
昼夜を問わず魔物が出没する森はまさしく魔境と言うに相応しい環境だった。
距離にすれば一番近いのだろうが、こうも足止めを食らっては意味がない。
「アーデル! また頼めるか!」
「分かった! 全員僕の後ろに下がってくれ!」
アーデルを先頭に、ほぼ一列の形を取る。
「迸れ──雷陣ッ!」
アーデルの声と共に、その両腕からバチバチバチッと放電が始まる。
これはアーデルの天権『雷神』の能力だ。
アーデルから前方に向け放射状に伸びる雷の陣地はそこにいる魔物に襲いかかり、その動きを止める。
「今の内だ、突っ切るぞ!」
その間に俺達は一斉に馬を駆け、危険地帯を突破する。
俺達の戦闘力なら魔物なんて束になっても怖くはないが、それでもいちいち構っているには時間がかかりすぎる。
広範囲の殲滅を可能にする技は俺達の中でアーデルしか持っていないので、自然とこの布陣になった。
結局、一番このルートに反対していたアーデルに一番頼っている現状は皮肉としか言いようがないけどな。
「方向は分かるか、アーデル?」
「大丈夫。こう見えても方向感覚はいいんでね。心配はいらないよ」
自信満々に言いきるアーデル。
これなら本当に心配いらなそうだ。
というかコイツ、最近本当に頼りになるな。
今までただの変態だったのに。
くそっ……なんだか負けた気分だぜ。
俺が内心の焦りと戦いながら更に三日の時間をかけ……
「そろそろだよ、カナタ」
──ついに、森林地帯を抜けたのだった。
目の前に広がるのはどこまでも突き抜ける大平原。
今いる場所は盆地なのか、遠くにはまるで壁のように高い山々が聳え立っている。さらに少し進むとなだらかな地形から凸凹とした岩場が目立つようになってきた。
「この先だよ。魔王城があるのは」
アーデルの言葉に緊張が走る。
やっとだ。ついに俺達はここまで来たんだ。
(もう少し待ってろよ……今行くからな)
自然と強く握り締めていた手綱。
他の皆もそれぞれ思うところがあるのか、一様に厳しい表情を作っている。
そんな空気の中、更に進み続けること丸一日。
俺達は魔王城が見える位置にまでやってきていた。
しかし……
「おい……なんだよこれは……」
それと同時に、その信じられない光景もまた、俺達の視界に写りこんでいた。
それは……




