「七人」
「……行くか」
誰ともなく呟く。
その場にいる七人がそれぞれの馬に乗り込み、同じ目的地に向かって馬の腹を蹴る。奏と紅葉はどうも馬の扱いが上手くできないため、それぞれ俺と拓馬の馬に乗っている。
七人……そう、七人だ。
青野カナタ。
赤坂紅葉。
黒木拓馬。
白峰奏。
藍沢真。
クロ。
そしてアーデル・ハイト。
俺達はそれぞれが別の目的を持っている。それぞれの誓いを持っている。
よくもまあ、これだけの命知らずが揃ったものだと笑ってしまいそうだ。
対する魔族は残っているだけでも十一人。
その内、名前が確認できているのは魔王、スザク、ナキリ、コテツ、アゲハ、カグラ、クレイ、レオ。これにすでに死亡しているリンドウとシンを加えれば十人。つまりまだ三人がどこの誰だか分かっていない状態って訳だ。
長年魔族領で潜んでいた奴らの名前がこうも頻繁に発見され始めているのは、それだけ彼らがこの戦争に本腰を入れ始めているということなのだろう。
「……ねえ、カナタ君」
「ん、何だ?」
「カナタ君が言っていた王国の裏事情についてなんだけど、私達以外に天権を持っている人がいるならどうして私達はこの世界に呼ばれたのかな?」
俺の後ろで必死に馬の振動に耐える奏が耳元で問いかける。
「どうしてだろうな。そこは俺にもよく分からない。単に人数が少ないのからなのか、他に別の理由があるのか……どっちにしろ王国が信じるに値しないのは確かだ」
「うん……」
奏達にはアーデルとクロの生い立ちを話した。
そうしたら彼女達もやっぱり王国に対して更なる不信感を募らせたらしい。
まあ、そうだよな。人を実験動物のような扱いしていればそうなる。
「このこと、王様は知ってるのかな?」
「知らないってことはないだろう。あの人はそれこそ魔族対策の第一人者みたいなもんだからな。むしろ先導しているほうがしっくりくる」
以前一度だけ謁見したことがある国王。
40代を超えてなお精悍な顔つきに、がっしりとした体格が印象的な武人のような男だったのを覚えている。
「まだ王国にいる皆にも教えないと駄目だよね、やっぱり」
「…………」
やはりこうなったか。
奏は責任感の強い奴だ。
真実を知れば、クラスメイトを正しい道へ持っていこうとするだろうことは予想がついた。
だけど……正直、今王国へ戻るのはあまりお勧めできない。
王国に反目するような目的を持てば鬼道衆に殺されかねないからな。
俺がそうだったように。
(結局はルーカスさんに話したことが裏目に出たのかもな。あのせいで俺はもう"用済み"と判断されたんだろう)
あの二人だけの会談はそういう意味を持っていたのだろう。
分かっていればもっと友好的な態度を取れたかもしれないのに……くそっ。仕方ない。過ぎたことを悔やんでもどうしようもないからな。
「俺と仲の良かったお前らが俺の動きに合わせたかのように王都から姿を消した。その事実だけでもう王国からマークされていてもおかしくない」
「やっぱりそうなるかな。でもどうにか方法を探して皆にも伝えないと。これからどうなるか分からないし、もし戦争になんかなったら皆殺されちゃうよ」
「戦力的にはそうなる可能性が高いだろうな。召喚者の中でも強かった奴は軒並み王都を離れちまったわけだし」
俺が思うに魔族に対抗できる人材はそう多くない。
『念力』の天権を持つ宮本。
『魔力操作』の天権を持つ只野。
この二人が何とか出来るかもっていう程度だ。
「すでに召喚者が十人も殺されてる状況だ。早いところ手を打たないとまずいのは間違いないと思うけど……あまり無理はするなよ」
「うん……大丈夫。分かってる」
奏の分かってるほど頼りにならない言葉もないな。
こういう方面だと危なっかしいほど突っ込むタイプだからな、こいつ。
出来るだけ目を離さないようにしようと、俺は後ろにいる奏に内心そう決めるのだった。
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カナタ達が魔族の足取りを追いかけている頃。
湖畔のほとりで横たわるイリスはようやく目を覚ましたところだった。
「……っ」
重い頭で何があったのか思い出す。
一番近い記憶は……そう。ステラと一緒にカナタを探していた時のことだ。
見つけ出したそこにはカナタそっくりの人物がいた。
でもイリスは一瞬でそれがカナタではないと分かった。
まず雰囲気が違う。
ぴりぴりと肌を刺すような緊張感は決してカナタが放つようなものではない。
(そうだわ、私。あの男に眠らされて……)
まずは現状把握と、きょろきょろ周囲を見渡すとその人物と視線が合った。
「……起きたか」
それは紛れもない、さきほど思い返していたカナタそっくりの人物だった。
声もカナタそっくり。だが、その雰囲気だけが大きく違う。
「貴方……誰?」
反射的に出ていた問いに、その男は薄ら笑いを浮かべて答える。
「さあ、誰だろうな……名前など遥か昔に捨ててしまった。最早思い出すことさえ出来んのだ。改めて問われると滑稽なまでに空ろな存在よ」
何が可笑しいのか、その男はくっくっ、と引きつったような笑い声を漏らす。
それはどこか自嘲にも似た笑みだった。
「名前がなければ困ると言うのならそうだな……私のことは『魔王』とでも呼ぶがいい。他の者にもそう呼ばせている」
「……魔王、ですって!?」
イリスはばっ、と起き上がり懐のナイフに手を伸ばす。
だが、そこにはすでに何もない。武器の類は全て魔王に取り上げられていた。
(だったら……っ!)
イリスは素早く詠唱を開始、禁術・胡蝶の夢を展開しようと魔力を込め……
「やめておけ」
魔王の一言によって、その術式が粉々に打ち砕かれた。
どれだけ魔力を込めても魔術が発動しない。
それはイリスにとって始めての経験だった。
魔術の起動を封殺するすべなんて、この世にはない。魔術に対する対抗魔術という意味ならそれこそ無限に存在するが魔術の発現そのものを止めるなんて普通は無理だ。
「貴方……一体、何をしたの」
「答える義理はない。それより、お前には他に気にすべきことがあるのではないか?」
「私の目的は貴方を殺すことだけよ。それ以外には何も要らない」
イリスの瞳に宿るのは憎悪の熱。
やっと会えたのだ。
復讐を為すには力が足りない。
そんなことは分かっている。だけどこのまま殺されることを待つぐらいなら……
「せめて一矢報いるまで……っ!」
無手のまま、この世界最強の魔王に挑む様は蛮勇を通り越して哀れですらある。案の定、イリスの細腕は魔王に掴まれ逆に引っ張りあげられる。
くるりと強制的に反転させられたイリスは魔王に背を向けるような状態で動きを止められる。
「くっ……!」
「動くな。話はまだ終わってない」
「貴方と話すようなことなんてない!」
「お前にはなくても私にはある」
そう言った魔王は何を思ったのか、せっかく拘束したイリスを手放してしまう。予想外の行動に、イリスは面食らいながらも魔王から距離を取り、対目する。
(何、何なのコイツ……)
改めて魔王を見つめるイリス。
その真意を探るかのようにその瞳をぶつける。
そして……世界が音もなく崩れ始める。
イリスの魔眼、夢想眼は目の合った対象を強制的にイリスの精神空間に引きずり込む。これでイリスは最強。最早負ける目など存在しない。
(勝った……っ!)
魔王の見せた僅かな隙に、勝利を確信するイリス。だが……
「ああ、この光景……"懐かしい"な」
そう呟いた魔王に迫る炎の槍は、その全てが彼に届く寸前に雲散霧消する。
まるで始めから存在しなかったかのように。
「……え?」
「ここに引きずり込めば勝てると思ったのか? 甘いな。『不死王』は何者も例外なく踏み潰す。それはこの空間とて例外ではない」
イリスは魔王が何を言っているのか分からなかった。
イリスは魔王に何をされたのかさっぱり分からなかった。
だが、ただ一つ……自分では何をしてもこの男には勝てないということだけは痛切に理解させられた。
「さあ……話を続けようか」
まるで蛇に睨まれた蛙のように、イリスに出来るのは目の前の男の言いなりとなることだけだった。




