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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第五部 魔城奪還篇

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「友情」

 クロと和解した俺は次の日、ギルドの個室にて拓馬達と今後の行動について話し合うことになっていた。

 突然カミラに呼びつけられた時はカツアゲかと思っちまったぜ。


「ああ、そういやお前に頼まれてた物資だが、奥の部屋に置いておいたから回収していけよ」


 なにせ最近のカミラは疲れでも溜まっているのか、若干機嫌が悪い。ギルドの準マスターともなれば仕事に忙殺される日々なのだろう。そうでなくても今は魔族侵攻の影響で誰もが忙しい時期なのだ。多少態度が悪いくらいは許してやろう。


「ありがとな。助かるぜ、カミラ」


「そう思うならもう少し俺を労わってくれ。お前ら二人揃って無茶なお願いばっかりしやがってよ。今、携帯食料がどんだけ貴重か分かってんのかよ、ああ?」


「「てへぺろっ♪」」


 俺とクロは揃って舌を出し、謝ってみせた。

 ついでに二人揃って殴られた。痛い。


「ったく……もう何も言わねえよ。どこへなりとも勝手に行けや、そして野垂れ死ね。ボケが」


 カミラはぷりぷりと怒りながら俺達にそう言って背を向ける。

 実は昨日俺達が魔族を追うことを告げると物凄い剣幕で止めてきたという経緯があった。当然俺もクロもそれぞれ魔族を追う理由があるため、それをはねのけたのだがカミラはどうにも納得がいかないらしい。


 何を好き好んで自殺みたいな真似をするのかと、散々愚痴を言われてしまった。

 正直恩のある彼女の言葉を無碍にするのは心が痛む。


 だがそれでも俺は誓いを果たさなくてはならない。

 どんな制止も振り切って進むしかないのだ。

 そんな申し訳なさから謝罪の言葉が口から出かかったが……それは何か違うと思い直し、俺は別の言葉をカミラに告げる。


「カミラ……ありがとな」


「うるせえよ……バカ」


 ぷいっ、と完全にそっぽを向いてしまうカミラは拗ねてますオーラ全開だ。普段大人っぽい彼女だけに、思わず笑ってしまいそうになるほど歳相応のその姿に俺はくしゃくしゃと彼女の頭を撫で付け、


「大丈夫。心配すんな。俺は死なないからよ」

「……別に心配なんかしてねえし」

「はいはい、ツンデレ乙」

「あーもう、頭撫でんな! うざったい!」


 ぶんっ! と俺の腕を振り切ったカミラはこちらに向けてべーっと舌を出し駆け出し始める。


「やれやれ、素直じゃない奴だ」

「カミラは基本ガキだからねー」

「お前が言うなよ」


 さて、クロに言わざるを得ないツッコミを入れたところでそろそろ拓馬達の待つ部屋に行きますか。

 カミラの言っていた食料品も貰わないといけないしな。


「お邪魔しまーす」


 なんとなく挨拶しながらいつもの個室に入室。

 するとそこには紅葉、拓馬、奏、藍沢、アーデルの5人がすでに待機していた。


「……遅いぞ、青野」

「悪い。てかお前も居たんだな、藍沢」


 ここ数日は別行動だった藍沢。

 こいつの用事はもう終わったのだろうか。


「それで? 今日はまた何の用事で呼び出したんだよ」


 正直、今すぐにでも魔族を追いたい。

 無駄な時間は勘弁だ。


「そのことなんだがな……カナタ。お前はこれからどうするつもりなんだよ」

「どうするつもりって……カミラ辺りから聞いてないか? 俺は魔族を追う。すぐにでもな」

「……そうか。ならオレ達も付いていく」

「は?」


 拓馬達はすでに旅支度を終えているようで、バッグ類をそれぞれ小脇に置いている。どうやら冗談ではないらしい。


「いや……あのさ。悪いんだけど、俺はお前らと一緒に行動するつもりはないぞ?」

「え?」


 今度は紅葉が驚いた表情を浮かべる。

 別に驚くようなことじゃないと思うんだがな。


「な、なんで? どうしてそんなこと言うの?」

「どうして? そんなもんお前らの命を預かれないからに決まってるだろ」


 旅の仲間はいうなれば一蓮托生。一人のミスでパーティ全体に危険が及ぶ事も少なくない。まあ、俺の場合死にはしないんだけど。


「……オレ達じゃ頼りにならないっていうのかよ」

「まあ、有体に言えばな」


 俺がそういうと、拓馬ははっきりとした怒気を顔に滲ませた。


「おいおい、怒るなよ。お前らだってまだ傷が癒えてないだろうし、ここでゆっくり療養してろって。宗太郎のことなら俺が助け出してやるからさ」


 俺からしたら当然のことを言っているつもりだった。

 だってそうだろう? こいつらでは魔族に太刀打ちできないことなんて分かりきっている。それなのに同行を許すのは死地へ送り込むのと同じことだ。

 だが、そんな俺の物言いを拓馬は挑発したとでも受け取ったのか……


「舐めるなよ、カナタ。オレ達だって戦える。その為にこれまで訓練してきたんだからな」

「訓練って……たった二ヶ月くらいのもんだろ? それに実戦回数だって少ない。現に勝てなかったから、そうやって怪我を負ってんだろ? まあ、魔族相手に生き残ってるってだけでも凄いのかもしれないけどさ」

「…………」


 俺の言葉に拓馬は反論できないのか、悔しげに表情を歪めている。

 悪いとは思うけど分かってくれ。

 俺はお前らを無駄死にさせたくないだけなんだ。


「ね、ねえ。カナタはあたし達をここに呼んだんだよね? それって一緒に戦おうってことなんじゃなかったの?」


「あのな、紅葉。何をどう誤解したのか知らないけど、俺が宗太郎に伝えたのは"王都を離れろ"ってことだけだ。当面の活動拠点としておすすめだったのがケルンだったってこと」


「……つまり、最初からあたし達と合流するつもりはなかったの?」


「合流するつもりはあったさ。だけど今回のことは事情が違う。先に冒険者家業を始めた身として生活のアドバイスくらいはいくらでもしてやるつもりだった。だけど、魔族と事を構えるとなったら話は別だ」


 きっと紅葉は王都を離れたときから俺と一緒に行動するつもりでいたのだろう。だけど俺はもう召喚者の連中とつるむつもりはない。


 そりゃ紅葉達は"友人"だし、困っていれば力にはなるさ。

 けど命を預けあう"仲間"にはなれない。


「俺はお前たちに命を預けられないし、預かれない。だから俺はお前たちと一緒に行動するつもりはない」


 はっきりと断言してみせると、紅葉は泣き出しそうな顔になる。

 その表情に少しだけ胸が痛む。


(なんでそんな顔するんだよ……お前はここで安全に暮らしていればいいじゃないか。王都を離れた今、魔族と戦う理由なんてない。わざわざ危険なことに首を突っ込むなんて、なんの意味もないのに)


 そういうことは俺に任せておけば良いのだ。

 戦うことしか出来ない俺に。


「カナタ君……」


 拓馬、紅葉と順番に口を閉ざすと今度は奏が前に出てきた。


「言っておくけど俺は考えを変えるつもりはないからな」

「……うん。分かった」


 奏はそう言うと、旅行用バックパックを背負い何やら旅の準備をし始めた。


「おい。連れては行かないって言っただろ」

「うん。だから私達は私達で魔族を追うことにする。ほら、紅葉ちゃんと黒木君も準備して」

「え?」

「お、おう……?」


 どうやら二人も奏の考えていることが分からないのか、言われて始めて同じように準備を始めた。

 いや、何を考えているのかは分かる。

 分かるが……


「……正気か?」

「私はいたって正気です。おかしいのはカナタ君の方でしょ?」


 どこか棘のある物言いは奏にしては珍しいものだ。

 間違いない。

 彼女は、白峰奏は怒っている。


「…………」


 いつもにこにこしている奏の始めてみるご立腹に二の句が告げない。

 何と言えばこの暴挙を止められる?


 紅葉と拓馬ならまだしも奏は完全に回復特化の天権だ。魔族と戦って勝てるわけもない。いや、俺の不死も回復特化ではあるんだけど。能力的に、そしてなにより性格的に。


「お、おい。やめとけよ……」

「いいや、やめません。カナタ君は何か勘違いしていない? 私達が魔族に適わないことなんてもうとっくに分かってる。それでも行くって言ってるの。これは無謀でもなんでもない。だってそうでしょ? 私達の目的は連れて行かれた金井君達を助け出すこと。魔族と正面から戦う必要なんて全くないんだから」


 ……なるほど。奏の言いたいことは分かった。

 つまり救出隊として自分達は動くと言っているのだ。


 確かに俺は魔族との戦闘を視野に入れていた。俺達の目的であるイリス達の救出という最優先事項を考えるならそんな必要はどこにもないというのに。

 だが……


「だけど、その理論は机上の空論だ。わざわざ連れ去ったってのに魔族が俺達の救出を黙って見ている訳がないだろう。十中八九……というかほとんど100%戦闘になる」

「かもね」

「だから……って言うか奏。何でお前、そんなに怒ってるんだよ」


 なんだか話していて暖簾に腕押しみたいな気配を感じた俺は大本の原因、奏は何がそんなに気に入らないのかを探ることにした。


「分からないの? 本当に?」

「あ、ああ……」


 また怒られるかも知れない。

 そう思ったのだが……


「……カナタ君はヘルゴブリンの討伐の時、私を一人にしないって言ってくれた。重荷は半分背負うって……もう忘れちゃったの?」


 奏はとてもとても寂しそうな瞳で俺を見た。

 それは今となっては遥か昔の約束。

 記憶の片隅にのみ存在する残滓とも言うべき誓いだ。


「あ、あの時は奏が危険だと思ったからで……」

「それなら今と状況は全く同じじゃない? 何が違うの?」

「…………」


 何が違うのかと言われれば……違いなんてない。

 ただ俺の認識が変わっただけ。

 状況には何の違いもない。


「俺は……」


 口ごもり、言葉を探す。

 なんと言ったら良いのか分からない。


 奏の決意を覆すための理由を俺は持ち合わせていなかった。

 今の俺にあるのは、以前の約束を反故にしかけていたというバツの悪さだけ。


「……俺は、お前らを危険に晒したくない」


 そしてようやく搾り出した俺の答えはそんなありきたりなものだった。

 そして、そんな俺の答えに……


「カナタ、お前……」


 目の前に現れた拓馬が気合一閃。


「調子に乗ってんじゃ、ねえッ!」


 バチコーン! とビンタみたいな一撃が俺の頬を打つ。

 ええっ!? なんでいきなり!?


「な、何すんだこの不良!」

「うっせえ! お前がぐだぐだ言ってるのが悪いんだろうが!」


 一発では気がすまなかったのか、次々と拳を繰り出してくる拓馬。

 だがそう何度も食らう俺じゃねえ!


「ぐほっ!? て、てめえ今本気で殴っただろ……」

「一回は一回だ!」


 腹部を押さえ、ふらつく拓馬は何とか体勢を立て直し気丈にも威圧感ある視線をこちらに飛ばしてくる。


「危険に晒したくないだあ? ふざけんな。こっちは危険(それ)込みで話してんだよ。それでも行くって言ってんのはもう二度とあんな想いはしたくないからだ。あんな、あんな……ダチが知らないところで危ない目に遭ってるなんて、そんな状況で何も出来ないのはもう嫌なんだよ!」


 固く握り拳を作る拓馬は悔しそうに歯軋りしてみせる。

 それはかつての無力を思い返しているからなのだろう。

 魔族に連れて行かれたクラスメイトを助けられなかった自分の。


「それ……お前……」


 そこでようやく気付く。

 そうだ。この状況は以前俺が魔族に捕まった時と酷似しているじゃないか。

 反対の立場だったから気付かなかったが……俺にしたら一度目でも拓馬達からしたら二度目の屈辱なのだ。


 悔しくない訳がない。

 辛くない訳がない。


 今にも走り出したくて仕方がないのだ。

 もしかしたら俺以上に。


「お前が何と言おうとオレは行く。例えその結果死ぬことになるとしても。何も出来ずにただ無様に生き延びるだけなんざそれこそ死んでも御免なんだよ」

「拓馬……お前……」

「確かにオレは弱いかもしれねえ。だが覚悟は出来ている。命を捨てる覚悟ぐらいはな」


 真っ直ぐな瞳で俺を見る拓馬は間違いなく本気だ。

 魔族と戦い、死に掛けた上での台詞なのだからそこに嘘はないだろう。


 だとするならばそれこそが拓馬の"誓い"なのだ。

 己自身に立てた、何にも勝る絶対遵守の法律だ。


 ならばそれを止めることは俺には出来ない。

 クロの誓いを止められなかったように。


「……バカが。命を捨てる覚悟? 冗談は顔だけにしとけよ。そんなアホみたいな考え方してる奴とは一緒に行動できるか」

「なっ! お前ここまで言ってもまだ……」

「ただ……」


 俺は拓馬の言葉を遮って、言いたいことを言わせて貰う。




「命を賭ける覚悟があるってんなら……付き合ってやらんこともない」




 俺の言った言葉を飲み込む拓馬ははっ、と小さく笑い声を上げた。


「言っておくが俺は誰も死なすつもりなんかねえからな。その点、覚悟しとけよ」

「うるせえ……かっこつけやがて」


 拓馬に肩を小突かれながら、笑みを交し合う。

 そこには男の友情があった。

 そして……


「……あれ? なんだか美味しいところだけ持っていかれたような……」


「気にしちゃ駄目よ、奏ちゃん。男なんてバカばっかりなんだから」


 そこには女の友情もあった。

 途中から除け者にされ、奏の肩に手を当てる紅葉はふるふると首を振り、目の前の(バカ)二人を冷めた目で見つめていましたとさ。

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