「隠し事」
アーデルの宿を後にした俺はその足で天秤のギルドへ舞い戻っていた。
話を聞いて、どうしても確認しなければならないことができたからだ。
俺が広間でその人物の姿を探していると、一人でぶらつくカミラがこちらを発見し話しかけてくる。
「よお、カナタ。話は聞いてきたのか」
「ああ。少なくとも知りたいことは知れた」
ついでに知らなくても良かったこともな。
今、俺の中で王国への不信感は過去最高値に達している。
それもこれもアーデルからあんな話を聞かされたせいだ。
「それはそうとカナタ……お前、あまり不用意にうろつくなよ。どこで誰が見てるか分かったもんじゃねえんだから」
「分かってる。けど、俺には時間がないんだ」
「時間? 何の時間だ」
きょとんと首をかしげるカミラに俺は答えず、別のお願いをすることにした。
「カミラ、悪いんだが今すぐに食料品と旅道具一式を用意してくれないか?」
そして、それだけでカミラはさきほどの答えを探り当てたらしい。
ぎょっ、とした表情を作ると信じられないと言った様子で俺を見てくる。
「お前……まさか……」
「悪いが頼むぞ、本当に時間がないんでな」
俺は用事の一つが済むとカミラに背を向け、
「あっ、それとカミラ。クロが今どこにいるか知ってるか?」
「え? あ、ああ。それなら奥の倉庫にいるはずだ。とりあえずの武器を寄越せとか無茶言い出しやがってな。めんどくせえから好きなもの持って行けって放り込んでやったんだ」
「分かった、助かる」
最後に最大の目的であるクロの所在を確認してそちらに足を向ける。
後ろでカミラが「なんでこう俺の周りには自己中しかいねえんだ……」なんてボヤいているのが聞こえたがとりあえず無視。
今はクロのところへ急ごう。
アーデルの話を聞いて確かめなければならなくなったこと、それはクロについてのことだ。アーデルの持つ天権、そしてクロの持つ『剛力』。
そのどちらも召喚者以外の持つ天権という意味では同じ能力だ。
だとするならば……クロもまた、アーデルと同じ鬼道衆と呼ばれる存在なのではないか?
そのことが今は気になって仕方がない。
他人の過去を詮索する趣味などないが、こうまで状況証拠が揃ってしまえば見て見ぬふりはできない。
それに……
(……王都で俺を襲った鬼面のこともある)
あの人物が誰だったのかは分からないが、おそらく女性だと俺は踏んでいる。
となると、その第一候補としてクロが浮かんでくるのも仕方がない。
(もしクロがそうだったなら……俺は……)
最悪の仮定をするが、その場合俺は自分が何をするのか全く予想できなかった。
鬼面は仇だ。
俺の復讐を邪魔する者。
己の存在意義を揺るがす大敵。
だとするならば衝突は避けられない。
だが……
クロと出会う前ならいざ知らず。
今、クロと戦うには色々と感情が重なりすぎている。
それだけ俺はクロに寄りかかっていたということでもある。
「……とにかく今は話を聞くしかない」
クロは俺のことを仲間と言った。
なら、今はその言葉を信じようと思う。
信じるなんて、どの口が言うんだって感じだけどな。
「さて……」
カミラの言っていた倉庫にたどり着いた俺は錠前の外されたその扉に手をあて、一気に押し開く。そして……
「あれ? お兄さんだ」
俺の姿を発見し、無邪気な笑みを浮かべるクロと再会する。
今まで何度も見てきた。
その笑顔に裏表がないことくらい分かってしまう程度には。
「お兄さんも何か探しに来たの?」
「いや……」
なんと言ったらいいだろう。
上手く言葉が出てこない。
「……クロ。俺はお前に聞かないといけないことがあるんだ」
「あれ? どうしたの深刻そうな顔して……もしかして、クロ達の間に愛人が認められるかどうかとか? うーん、クロも大雑把な性格してるけど愛人はせめて二人までにして欲しいな。それ以上だとお兄さんと一緒にいられる時間が減っちゃいそうだし」
「二人までならいいのか……って、そうじゃなくて」
いきなり脱線しそうになった話を元に戻す。
「俺はお前の過去について詳しく聞くようなことはしてこなかった。それが俺達が一緒にいるためのルールだと思ってたからな」
俺もクロもまともな経歴は踏んでいない。
それだけは分かっていたから、お互い相手に深く踏み込むようなことはしなかった。
言ってしまえば上辺の付き合い。
真に相手を理解してのことではない。
「だけど……俺はお前のことがどうしても気になるんだ。もっとお前のことを知りたい。だから教えてくれ、お前のことを」
「えっ、え……ええっ!?」
ずいっ、と体ごとクロに迫るとクロは真っ赤な顔で狼狽しながら一歩一歩と後ずさり始める。
ここではぐらかされては堪らないと、俺は更にクロに追及を重ねる。
「俺もこの期に及んで感情を誤魔化したりはしない。今、はっきり言うよ。俺はお前と一緒にいたい。これかもずっと良好な関係を築いていきたいと思っている。だからクロも俺に正直に話してくれ」
仲間として、友人として、俺はクロのことが気に入ってしまっていた。
波長が合うとでも言うべきが、こいつと一緒にいると安心する自分がいるのだ。
真っ直ぐにクロを見つめる今の俺に嘘はない。
クロの過去を話してもらおうというのだ。俺も真摯に接するべきだろう。
「しょ、正直にって……な、何を言えばいいの?」
やがてクロは俺の誠意を分かってくれたのか、恥ずかしそうな顔をしながらそう聞き返してきた。
どうやらそれほど恥ずかしいことらしい。自分の過去を語るのは。
「クロ、不安に思うことはない。ありのままのお前を見せてくれればいいんだ」
「あ、ありのままっ!?」
ぼんっ! とまるで給湯器のように湯気を出しながら赤面するクロ。耳まで赤くなっているその姿はまるで初めて男子から告白された女子学生のようだ。
まあ、全く状況は違うけどな。
「さあ、クロ……教えてくれ」
「はわわわっ……」
珍しく狼狽するクロは下がりすぎて倉庫の壁にぶつかってしまう。
その衝撃で棚の上にあった荷物が落ちてきそうだったので、俺は慌ててクロの両脇から手を伸ばし背後の棚を固定する。
一言で表現するならまるで壁ドンのような体勢だ。
急激に接近するクロの顔に、ああ、結構可愛い顔立ちしてるんだなこいつ。なんて思っていると……
「お、お兄さんっ!? い、い、いくらなんでもこんなところで初めては……」
かつてなくテンパっているクロはこの状況が分かっていないのかどたばたと暴れ始める。
あっ、この馬鹿! そんなにすると……
ドサドサドサッ!
「痛っ!」
「ぐあっ!」
頭上に降ってきた荷物にまとめて押しつぶされる俺達。
幸いそこまで重いものはなかったようだが、それでも俺はクロと一緒にもみくちゃになりながら地面に押し倒されてしまった。
「つつ……おい、クロ。大丈夫か?」
「う、うん……」
最早茹蛸みたいに真っ赤になったクロはおずおずと差し出された俺の手を掴み、ゆっくりと起き上がる。その時のことだ。
カツンッ、と軽い音と共にクロの懐から何かが零れ落ちて地面にぶつかった。
黒い、板のような形状のそれはまさしく……
「……あっ!」
──紛れもない、鬼の面だった。




