「才能の壁」
ヘルゴブリンを宗太郎が仕留めてから俺たちはその森から急いで離脱した。任務を完了した以上、ここに留まる理由もない。皆疲労が目に見えていたし、寄り道なしで俺たちは王城へと急いだ。
その道すがら、森を抜け完全に安全と思われる市街エリア周辺まで来た時のこと。
「ぐっ!」
パァン! と小気味の良い音がして、藍沢がよろめく。
紅葉がその小さな手で藍沢の頬を張ったのだ。皆突然のことに驚いていたが、紅葉がなぜそうしたのかにはすぐに思い当たった。
「藍沢、アンタ自分が何したか分かってんの?」
詰問口調の紅葉に藍沢もなぜ自分がこんなことをされているのか分かっていたのか、自分の正当性を主張し始める。
「あのまま敵の位置が見つからねえ状況よりは、誰かが囮になって注意を引いたほうが良いに決まってんだろ」
「だったらその役はアンタがやんなさいよ! 何で事前に連絡もなくカナタを巻き込んだの!?」
紅葉が激怒している理由。
それはヘルゴブリンをおびき寄せるために使った藍沢の『嘘』が原因だ。俺もあの件に関しては藍沢に一言言ってやりたい気持ちだったのだが、それよりも紅葉の怒り方が尋常じゃない。
「藍沢!」
今にも殴りかかりそうな剣幕の紅葉に、流石の藍沢もしり込みしている様子。
「だ、だがよ、青野の天権は『不死』だ。だったら襲われても問題がない青野が囮をやるのが一番効率的だろう!?」
それでも何とか自分の正しさを主張しようとする藍沢。
確かに、藍沢の言うことにも一理はあると思う。俺の天権は戦闘向きでも援護向きでもない。実際にあの戦闘では役立たずだったしな。
けど、紅葉が論点にしているのはそこではない。
案の定、藍沢の物言いに余計に腹を立てたらしい紅葉が心底軽蔑した視線を藍沢に送る。
「アンタ、最低だよ」
唾でも吐きそうな勢いでそう吐き捨てた紅葉は、もう関わることも嫌なのか一人でさっさと王城への道を進みだしてしまう。
「……彼女は私が追う。君たちも後からでいいから王城に戻るように」
ルーカスは自分が踏み込む問題ではないと判断したのか、一人先を行く紅葉の後を追う。残された俺、拓馬、宗太郎、奏は揃って藍沢に視線を向けていた。
「……正直、オレもさっきのはどうかと思うぜ」
重苦しい雰囲気の中、真っ先に口を開いたのは拓馬だった。
「お前らの仲が悪いのは知っているけどよ……アレはいくらなんでもやり過ぎだ。藍沢、お前はカナタに謝るべきだ」
「…………」
藍沢は普段から威張っちゃいるが、腕っ節で拓馬に勝てるわけもない。日本にいた時も拓馬とだけは面倒事にならないように立ち回っていたフシもあるしな。藍沢にとって拓馬は苦手な相手なのだろう。
そんな相手に睨まれている藍沢はまさに蛇に睨まれた蛙の状態。ついでに四面楚歌ともなればぐうの音も出まい。
「……悪かったよ、青野」
だから最終的に、藍沢は俺に謝ってきた。
心底不服そうな顔をして。
何でここまで嫌われているのやら。いや、まあ、心当たりは沢山あるんだけどな。
藍沢の謝罪に、今度は俺に視線が集まったので、俺は藍沢に告げてやる。
「分かった、もういい。紅葉が代わりに一発入れてくれたしな。今回だけは許してやるよ」
これ以上空気を悪くするのも嫌だし、俺は藍沢を許すことにした。
藍沢の行動は褒められたものではないが、結果的に首尾よくヘルゴブリンを倒すことが出来たからな。一応、その点は加味してやる。
「はぁ……カナタ、お前人が良過ぎんぞ」
頭を抱えてため息をつく拓馬。
「いつまでもネチネチ言ってるほうが嫌な奴だろ。それより王城に帰ろうぜ、今日は疲れた。泥のように眠りたい」
皆疲れていることには同意だったのか、それ以上この件を引きずることなく俺たちは王城への道を進むことにした。
「…………」
「藍沢君? どうかした?」
先行する俺達と離れて、立ち止まったままの藍沢に奏が声をかける。
「……なんでもねえよ」
ぶっきらぼうな口調でそう言った藍沢は、俺達から少し離れて王城への道を歩き始める。
早く帰りたい一心で先頭を歩く俺。その背中に藍沢が視線を送り続けていることに、結局この時の俺は気付くことが出来なかった。そして……その視線に込められた感情にも。
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ヘルゴブリンの討伐から三日が経った。
戦闘での傷は奏が治してくれたので、次の日には全員疲労も取れてぴんぴんしていた。事実上無傷の勝利を飾った俺達の噂は、既にクラスメイトだけではなく王城中で持ちきりだ。
今日も廊下を歩くだけで、メイドやらクラスメイトやらの視線が集まってくるのを感じる。注目されるのは苦手だ。しかもそれが『悪評』ともなればなおさらだ。
今回のヘルゴブリン討伐の功績を俺達は王様から直々に称えられたのだが、他のみんなに比べて俺の活躍がイマイチだったのがその原因。
ヘルゴブリンを圧倒的火力で爆散させた宗太郎の評価は鰻登り。紅葉と拓馬も前線で多くのゴブリンを屠ったことで、優秀な人材だと認識されるようになった。
奏も回復で活躍して、その重要性を十分アピールできていたし、藍沢も敵を釣る例のアレが何故か若干評価されているらしく、株を上げていた。
なのに……俺が、俺だけが特に目立った活躍もしていないということで、俗に言う『寄生プレイヤー』みたいな扱いになっている。自分では何も出来ないのに、今回の件で冒険者ギルドへの加入や、金銭報酬などの利を得たこともその悪評に拍車をかけている。
皆の前で、『奏を一人ではいかせられない!』みたいな感じで格好つけていたのも、マイナスに働いている気がする。いつの間にか名前呼びになっているし、アイツ最近調子に乗ってね? みたいな感じだ。
「……はぁ」
思わずため息が漏れる。何でこう、俺って奴は運がないかねえ。
「どうかされましたか、カナタ様?」
落ち込む俺を、隣でシェリルが心配げな顔で覗き込む。
専属メイドを連れているのも、きっと悪評の一因なんだろうなぁ……
「いや、何でもない。ちょっと自分の天運のなさに嘆いてただけ」
「? カナタ様は十分運がよろしいと思いますけどね。『不死』なんて希少な天権も持たれている事ですし」
「不死……ねぇ」
正直、微妙なところだと思う。
希少だから優秀かと言われればそうでもないだろうし。ルーカスも言っていたが特化型の能力は性能が尖り過ぎていて、あまり大成しないのだそうだ。そして、俺の能力ほど尖った能力も中々ない。
死なないだけ、ただそれだけの能力。なるほど、確かに『寄生』するならこれほど適した能力はないだろう。俺は絶対安全な位置から、仲間が戦うのを見ていればいいだけなのだから。
「……自分で落ち込む原因増やしてどうするよ、俺」
まさにマイナス思考。これでは駄目だと俺は意識を切り替えることにする。
「ちょっとルーカスさんのところに剣術を教えてもらいにいくよ」
俺はシェリルにそう言って、訓練場に向かうことにした。ルーカスさんは俺達のスキルアップのため、色々な技術を教えてくれる。この時間帯は訓練場で剣術指南のはずだから、少しお世話になろうと言うわけだ。
俺は俺で、何かしらの戦う術を見に付けなくてはいけない。今度こそ、役に立てるように。
「畏まりました。タオルと紅茶の準備をしておきますね」
「ああ、ありがとな。シェリル」
「いえ、これもメイドの仕事ですから」
一礼して下がるシェリルはどこまでも完璧なメイドだ。初日のアレが嘘みたいに思えてくる。まあ、たまにドジするところは相変わらずなんだけど。
「……よし!」
顔を叩いて気合を入れる。
今は弱いかもしれないけど、俺はここから強くなるんだ。
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「こう言っては何だが……カナタ君、君に剣の才はない」
ルーカスのところで剣術指南を受けてから、真っ先に言われたのがその言葉だった。正直、胸に痛い。可能性の一つが潰された様で。
「無論研鑽を積めばある程度は戦えるようになるだろうが、時間がかかるし、他の道を探すことを私はお勧めする」
「……そうっすか」
入れた気合が口から漏れているようだ。やる気がどんどん萎えていく。
ちらりと視線を送った先で、拓馬が真剣な表情で剣を振るっている姿が見える。拓馬は剣の腕をルーカスに見込まれ、毎日ここで稽古を受けているのだ。彼の天権的にも剣術は必須スキルと言っても良いので、拓馬も積極的に稽古を受けに来ているようだった。
正直……妬ましい。
負のオーラを滲ませながら落ち込む俺の姿に、ルーカスも見ていられなくなったのか、
「カナタ君の天権は希少だ。その特徴を活かした道も必ずある。君にしか出来ない戦い方……それは必ずある」
「……例えば?」
「………………」
ルーカスさんは答えない。よし、死のう。あ、死ねないんだった。
「い、いや……その、なんだ。怪我を恐れないのであれば、粘り勝ちを狙う手もあるぞ? 武器の耐久度が問題になってきそうだが、そこはタクマ君と組むなりして……」
「結局一人で戦えてないじゃないですか。それに俺の武器まで拓馬に求めるのはアイツにとっても迷惑でしょう」
ゴブリンと戦うときも、拓馬は自分の武器の生成で手一杯という様子だった。そこに俺まで加わると、拓馬の動きを制限しかねない。
「そういうところを補い合うのがチームだろう?」
「…………」
チーム、か。
昔からそう言うのは苦手だ。誰かと協力して何かを成すというのには抵抗感と言うか、どうしても面倒だと思う気持ちを捨てきれない。
「分かりました、少し自分なりに何か出来ないか考えてみることにします」
「うむ。それがいい」
ルーカスさんは他の稽古志願者の相手もしなければいけないため忙しい。一人の生徒に割けられるリソースに限界がある以上、長い時間拘束するのは悪いだろう。そう言う意味でも、剣術指南で才能のない奴にははっきりとそう言ってくれている。
それを優しいと言うのか、厳しいと言うのかは意見が分かれそうなところだけど、俺はきっとそういうのを優しさと言うのだと思う。
「さて……」
俺は再び意識を切り替える。
まだ他にも俺に出来ることはあるはずだ。




