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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第五部 魔城奪還篇

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「始まりの街」

 俺がようやくケルンの街に到着したとき、そこには暗澹たる空気が蔓延していた。待ち往く人々は一様に顔を伏せ、暗い顔をしている。

 かつて歩いた街のあまりの変わりように驚いていると、同じ感想を持ったのか藍沢が眉を潜めて呟いた。


「おい、何だよこれ……」

「……クレイが言っていた魔族の襲撃だろうな。この辺は比較的被害が少なかったみたいだが」


 きょろきょろと周囲を見渡すが、ほとんどの店が閉まっていた。この分だと空いている宿があるのかも怪しい。


「えー、それじゃあお団子は?」

「悪いけど後回しだ」


 服の袖を引っ張るクロを連れ、俺は藍沢と別れて人探しを開始することにした。探すのは勿論イリスとステラの二人。藍沢は藍沢で情報を集めたがっていたのでここから別行動と言う訳だ。


「そういやお前も知り合いに大太刀の注文をしないといけないんじゃなかったのか?」

「んー、そっちは後でもいいかな。今はお兄さんと一緒に居たいし」


 そう言って俺の腕を掴むクロは最近めっきり構ってちゃんになりつつある。

 どうやら療養中に俺が優しくしたせいで味をしめたらしい。


 正直動きにくいのだが……

 ──まあ……このくらいならいいか。


「えへへー♪」

「お前も真面目に探せよ」


 クロを連れて避難所やキャンプ施設、療養所などに顔を出してみたのだが一向にイリス達の姿は見つからない。

 それならばと、俺は天秤のギルドへと向かってみたのだがこちらは逆に人でごった返しておりすぐに見つけるのは困難だった。


「行方不明者の張り紙があるね」

「ああ、それにどうやらここも療養所として使われているみたいだ。人が多いのはそのせいだろう」


 普段使われている病院はすでに人で一杯になっている。そのため、こういう公共の施設の一部がその代理として開放されているのだが、ここもその一つらしい。

 痛々しい傷を体につける人がごった返す中、見つかって欲しいが怪我をしているくらいなら見つからなくて良いという微妙な気持ちのまま一人ひとり確認していく。


 イリスもステラもちっこいからな。遠くから見た程度だと見逃す可能性がある。

 そうやって丁寧に確認していると、俺は見知った姿を見つけた。


「リリィ!」

「え? ……あ、カナタさんっ!」


 その藍色の髪を揺らす少女……リリィはどうやら要救護者の手当てを手伝っているらしく救急箱のようなものを抱えて走り回っていた。


「ああ、良かった。カナタさんも無事だったんですね」


 嬉しそうな表情のリリィは俺に元へぱたぱたと駆け寄ってきて、再会を喜ぶ。その笑顔を見れただけでここまで来た甲斐もあるってものだけど、今は先に聞かなくてはならないことがある。


「リリィ、イリス達がどこにいるか知らないか? カミラ達を頼るように別れ際伝えていたんだが」

「あ……」


 リリィは俺の問いに、申し訳なさそうな顔をした。

 何だろう、凄く嫌な予感がする。


「それは……ここでは何ですから奥で話しましょう。姉様もいますから詳しいことはそこで」

「あ、ああ……」


 リリィは俺を先導するように、以前も利用したことがあるギルドの奥にある個室へと案内を始めた。その途中、さも当然と言わんばかりの態度で付いてくるクロにリリィが視線を向ける。


「あの……失礼ですけど、そちらの方はカナタさんの知り合いですか?」

「ん、ああ。こいつは俺の……」

「お嫁さんだよっ!」


 俺の言葉を先回りして宣言したクロに、がっちゃーん! と救急箱を地面に落とすリリィ。わなわなと指先は振るえ、目が点みたいになってる。今にも泣き出しそうな様子だった。


「おい、いい加減なことを言うな」

「えー、でもあんまり違いないでしょ? お兄さんだって責任は取る、みたいなこと言ってたくせに。もしかしてあの言葉……嘘だったの?」


 今度はクロが泣き出しそうな顔をし始めた。

 いや、多分十中八九嘘泣きだろうけど良心は痛む。

 俺は何も悪いことはしていないというのに。


「いや、まあ……その。嘘じゃねえよ」

「ならいいじゃん。クロはお兄さんが望むなら嫁でも姉でも妹でも母でも何でもなってあげるよっ!」

「……最後のだけはマジ勘弁してくれ」


 最近のクロはなんとも扱い難い。

 それでも放り出そうなんて考えが浮かびもしないのはきっと俺もこいつに依存し始めているからなんだろう。はあ……ほんと、俺って女運悪いのだろうか。


「か、か、カナタさんが……いつの間にか大人に……」

「リリィ。さっきのことは忘れてくれ。事実から限りなく遠いただの戯言だから。お前は数少ない常識人枠の女の子なんだからしっかりしてくれ、頼む」


 傍若無人なドS少女、イリス。

 元奴隷の訳有り少女、ステラ。

 やや粘着系気質の少女、クロ。


 リリィの姉であるカミラも大概な性格をしているし、この世界に来てから知り合った中ではリリィが一番まともな子だと断言できる。出来ることならその宝石のような希少価値を大切にして欲しかった。


「うぅ……やっぱり身近な女の子のほうが有利ですよね。こんなことになるならもっと積極的に……」


 落ちた救急箱を拾いながら何事かぶつぶつと呟いているリリィ。

 なんだか放っておけない感じに寂しげだったので拾うのを手伝い、改めて案内を再開してもらう。とはいえ、もうすぐそこまで来ているんだけど。


「では、どうぞ。私はまだ仕事が残ってますから」

「ああ、ありがとうリリィ。助かったよ」

「……うっ、そ、それじゃあカナタさん、また後で!」


 出来るだけ感謝を伝えようとにこやかに別れを告げると、リリィは頬を染め走り去ってしまった。まずい、笑顔なんて久しぶりに作ったからキモかったのかも。


「ぶー、クロにはそんな表情してくれたことないのにー」

「お前にはいつもやれやれって顔してやってるだろ」

「そんなの欲しくないー!」


 頬を膨らませて抗議するクロをとりあえず無視して部屋の扉を開ける。

 すると、中にいた数人の人間が突然入室してきた俺に視線を向けてきた。

 しまった。ノックくらいするべきだったな。


「あっ……」


 少し後悔しながら室内を見渡すと、一番扉の近くにいた紅葉と視線があった。

 いきなり会えるとは思っていなかったので少しだけ驚きながら、俺は紅葉に向け一歩近づく。


「よお、久しぶり……でもないな。とにかく無事で良かった」


 だが、近づいた俺に紅葉は予想外の反応を示した。

 ガタッ! と勢いよく椅子から飛び上がるように仰け反り、俺から距離を取ろうとしたのだ。


「え? 何、そのGを見つけた時みたいな反応」


 紅葉が示したのは明らかな拒絶の反応。

 少し……いや、かなり傷ついたんですけど。


「あ……もしかして、カナタ?」

「何だよ、もしかしてって。俺が俺以外の誰かに見えるのかよ」


 紅葉はまるで幽霊を見つけたかのような顔で俺を見る。

 何なんだよ、その反応は。


「カナタ……」


 部屋の奥から聞こえる声に視線をやれば、そこに左腕を包帯で固定した拓馬の姿があった。そして拓馬も同じようになんだか俺を警戒しているような視線で見ている。


「な、何だよ……」


 その物々しい雰囲気に思わずたじろぐ。

 そこで気付いたのだが同じく室内にいたカミラも俺に向け鋭い視線を向けていた。まるでアウェーにいるみたいな疎外感に思わず一歩後ずさる。


「お兄さん?」


 すると当然後ろにいたクロはその異常に気付く訳で。


「何なのコイツら。お兄さんの敵? 殺しちゃっていいの?」

「ま、待てクロ。なんだか様子がおかしいけど敵じゃない。手を出すな」


 いきなり物騒なことを言い始めるクロを慌てて止める。

 なんだか妙な雰囲気だが、いきなり荒事になるのだけは勘弁だ。


「あん? お前、クロじゃねえか」


 どうしたものかと躊躇っていると、後ろにいたクロにカミラが話しかけた。

 何だ? こいつら知り合いだったのか?


「久しぶりだね、カミラ。相変わらずちっちゃくて可愛い」

「はっ、てめえも相変わらず嫌味なナリしやがって。俺の視界に入るんじゃねえ」


 馴れ馴れしいクロの態度に、体の一部を見て嫌そうな顔を浮かべるカミラ。

 クロが馴れ馴れしいのはいつものことだが、カミラが他人にそういう態度を取るのは珍しい。どうやら本当に知り合いらしい。意外なことだが。


「何でお前がここにいるんだよ。ここは関係者以外立ち入り禁止だ、出てけよ」


「クロはお兄さんの関係者だからいいのー。それにカミラにお願いしたい事もあったしね」


「俺に?」


「うん。前に作ってもらった大太刀壊れちゃったからさ。新しいの作って♪」


「作って♪ じゃねえよ! おま……マジであれ壊したのか? この馬鹿力が。最高硬度の鉱物使った一級品だってのに。一体製作にいくらかかったと思ってやがる」


「えっと確か……三桁万くらいだっけ?」


「一つ桁が足りねえよ。まあ、国からの依頼だったし金に糸目をつけなかっただけだが、それでも壊すってのはいくらなんでももったいねえ話だ。おい、そこんとこ分かってんのかよ」


「す、すんませんした……」


「ん? 何でカナタが謝ってんだよ?」


「はは、気にしないであげて」


 ま、マジか……あの刀高いだろうとは思ってたけどそんなに高かったのか。四桁万って普通の農民なら生涯賃金に匹敵する金額だぞ。そんな高級品を俺は……


「く、クロさん。これって弁償とかあるんでしょうか……?」


「んー? ああ、いいよいいよ。こんなときくらい国に無茶言わなきゃ。後で請求書王城に送っといてね、カミラ」


「俺が作り直すのは確定なのかよ……」


 クロの大太刀をぶっ壊したのは俺なのだし多少の金銭的援助は厭わないつもりだったのだが……いくらなんでも高すぎる。今日からクロには頭があがりそうにない。というかこいつ、結構なブルジョワなんだよな。くそ、クロの癖に。


「はは、やっぱり間違いない。カナタだ」


 そして、そんなやり取りをしている間にさきほどの妙な空気は霧散していた。

 俺を見る紅葉は何かを確信したかのように呟く。


「やっぱりアイツは別人だったんだ……良かった……」

「? おい、さっきから何の話をしてるんだよ」


 紅葉の言っていることがさっぱり分からない俺は説明を求めて視線をさまよわせる。さっきの態度は一体何だったのか気になって仕方がない。


「あのね、実は……」


 ほっとした表情で語りだす紅葉に俺は何があったのかを知る。


「魔王が俺にそっくりな顔をしていた?」

「うん。奏ちゃんも見たって言っていたから間違いないよ」


 紅葉が言うには先日ケルンを襲った魔族の中に魔王がいて、遭遇した紅葉と奏は魔王の顔を直接見たらしい。そして、その顔が俺に似ていたと。


「……それでさっき俺の顔を見て警戒してたのか」

「うん……ご、ごめんね?」


 両手を合わせ謝る紅葉に何も言えなくなる。

 別に怒っているわけじゃない。どうにも事情が整理しきれていないのだ。


(魔王と俺の顔が似ている? 確か奴は俺と同じ『不死』の能力も持っていたはずだし……一体どういうことだ?)


 いくら考えても分かるはずのない答え。

 ひとまず気にしすぎることはやめて俺はイリス達の所在を確かめることにした。すると……


「……それについて俺達から話すことは何もねえ」

「は? 何だよ、それ。どういう意味だ」


 腕を組んだカミラは発言を拒否した。

 何とかして聞き出そうとカミラに詰め寄ると、彼女は懐から一枚の紙を取り出し俺に突き出してくる。それには近くにある宿の住所と部屋番号が記されていた。


「何だよ、これ」

「そこにお前の知りたい情報がある。"奴"はどうしても自分の口から語りたかったようでな。俺達は口止めされているんだ」

「…………」


 カミラの迂遠なやり方に、この場で力ずくにでも聞きだしてやろうかとそんな考えが頭をよぎる。だが、俺を真っ直ぐに見つめるカミラの瞳にそうすることをやめた。


「……分かった。ここに行けばいいんだな?」

「ああ、それと。クロは置いていけ。行くのはカナタ一人だ」

「ええー、なんでなんで!?」

「お前とは商談もしなくちゃならねえからな。いいから来い」


 クロを強引に引き摺っていくカミラを尻目に、俺は部屋を後にする。

 向かう先は俺を待つという人物の元。

 僅かな不安と期待を胸に、俺はその人物の待つ宿へ向かって歩き始めた。

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