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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第四部 魔族侵攻篇

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「魔王」

「意外だな。お前たちのようなタイプは戦うことを選ばないと思っていた」


 目の前で戦意を高める紅葉に、スザクは内心を隠すことなく吐露する。


「…………」


 それに対し、紅葉は無言のまま駆け出す。

 その瞳はお前らなんかとは話もしたくないと雄弁に語っていた。


 紅葉がまず狙ったのは直線距離からの足払い。

 武器を持たない紅葉はその肉体を硬化して直接攻撃するしかない。


 彼女の天権『硬化』は自分、あるいは触れているものを硬化する能力だが、その範囲はかなり限定されている。以前、試したことがあるが触れているものでも半径5メートルを超えれば途端に能力の恩恵は届かなくなる。


 つまり紅葉はその効果範囲内で立ち回らなくては天権を使いこなせないということ。必然的に近距離のファイターとなるしかなかった。


「はあああぁぁッ!」


 だが、特化型の能力というのは嵌れば凶悪な性能を発揮する。

 今回のスザクのように、近距離での物理攻撃しか持たない相手にはまさしくそれだ。


 魔力で強化された脚力は当たれば肉体を粉々に砕け散らせるだけの威力を内包している。まるで名刀の一振りのように洗練された蹴りがスザクの足元に放たれ……


 ふっ、と姿を消したスザクにかわされる。


 さきほどもされた不可思議な魔術に紅葉は咄嗟に背後を確認する。

 スザクの能力は一見して敵の背後に回る移動系の能力のように思えたからだ。しかし、振り返った先にスザクの姿はない。

 敵を見失ったことで動揺する紅葉の元へ、助けの声が飛んでくる。


「上だッ!」


 戦線に復帰した拓馬の声に従い、上方へ視線を移すと……いた。

 太陽を背に、舞い降りるスザクの手刀が紅葉の左腕を掠め、裂傷を刻む。

 裂けた皮膚から血が溢れるが、それだけ。軽傷だった。


「おい、大丈夫かよ」

「うん、まだ平気。それよりそっちは? 結構辛そうだけど」


 見れば拓馬の額には珠のような汗が浮かんでおり、若干顔色も青白い。


「左腕が逝った」


 端的に答える拓馬は左腕に力が入らないのか、軽く開いた手をぶらぶらと振り子のように揺らしている。


「それより集中しろ。隙を見て何とか逃げ出すんだ」

「うん。分かった」


 方針が決まれば後は行動に移すだけ。

 とはいえ、それが一番難しいのだが。


「……なるほど、それなりに戦える相手のようだな」


 紅葉を睨むように見つめるスザクは軽く笑みを浮かべ、体に力を込める。

 スザクが再び一歩踏み出そうとした、その瞬間のことだった。


「ああもう……じれったいわね。スザク!」


 屋上で今の今まで手出ししなかったナキリが……


「殺戮って言うのはね……こうやんのよっ!」


 ──掲げた手を、振り下ろした。


 たったそれだけ。それだけの動作で……

 まるで雪崩のような勢いで周囲の民家が分解され、その木片が拓馬達へ向け一斉に襲い掛かった。


 ──ドドドドドドドドドドッッッ!


 まるで機関銃をぶっ放したかのような炸裂音が周囲に響き渡り、派手に土煙を巻き上げる。


「おい! ナキリ! 俺まで殺すつもりか!」


 その近くにいたスザクは咄嗟に移動し、その攻撃範囲内から逃れ出る。

 ほとんど巻き添えに近い攻撃だった。


「別に当たるわけないんだからいいでしょ?」

「ちっ……」


 すっ呆けるナキリへ忌々しそうな顔を浮かべるスザク。

 基本的に仲の悪い二人は戦闘中だというのにいがみ合っていた。


「大体お前の能力は派手すぎる。もう少し静かに出来んのか」

「あーら、根暗なスザクには少し刺激が強すぎたかしら? 御免なさいね、ビビッちゃった?」

「黙れ三位。お前は俺より下なのだから黙って従ってろ」

「ふん、たかだか一つの差で随分偉そうに。それだってただ能力の相性だけじゃない」


 自分とスザクの間に能力的な差はないと思っているナキリは現在の序列に不満を持っていた。別により上位でありたいわけではないが、スザクよりも下にいることが詰まらないのだ。

 度々口の悪い喧嘩へ発展する二人へ、最後の人影が一言。


「──やめろ」


 たった一言。それだけで二人は借りてきた猫のように大人しくなる。


「あーあ。なんだか飽きてきちゃったわね。召喚者のグループも解体したし、そろそろ帰りましょうよ」

「……そうだな。まだやるべきことは沢山あるし、時間は有限だ。早いところ城へ戻るとしよう」


 主の手前、一応の連携を見せる二人はそれぞれ異口同音に帰還を提案する。

 だが、それに対し……


「何を言っている。まだ何も終わっていない」

「え?」

「見ろ」


 彼らの主は屋上から地面の一点を指差す。

 そこは先ほどナキリの攻撃が炸裂した場所だった。

 抉れ、まるでその部分にだけ凶悪な台風が通ったのかと見間違いそうになるその場所に……


「へえ……」


 純白に輝くドーム状の盾が現れていた。

 魔力の供給を止められた盾はスザク達の前で砂のようにその形状を崩していき、中からさきほどと全く変わらない様子の拓馬と紅葉を青空に晒す。


「……やるじゃない」


 素直な賞賛を送るナキリはにぃっ、とまるで新しいゲームを買ってもらった子供のように無邪気な笑みを浮かべてみせる。

 ぴりぴりと痺れるような緊張感の中、ナキリは再び手を掲げて振り下ろす。すると先ほどと全く同じく、鋭利な槍のように尖った木片の数々が拓馬達へ向けて殺到する。


「もう一度だ! 頼む、赤坂!」

「分かった!」


 そして二人は再び同じドーム状の盾を作り上げる。

 形状、物質は拓馬が『生成』の天権で作り上げ、ナキリの攻撃を防ぐために足りない耐久力は紅葉の『硬化』で補充する。二人の力で作り上げた鉄壁の要塞はナキリの攻撃を完全に遮断し、防ぎきる。


「やっぱりむかつくわね、召喚者って奴らは!」


 だが、今度はナキリも本気だった。

 襲い掛かる木片は弾かれては襲いかかり、弾かれては襲いかかりとまるで磁石で吸い寄せられているかのように拓馬達の元へと追撃し続ける。


 拓馬の『生成』の弱点は作り上げた物質に対し魔力を供給し続けなければ霧散してしまうという点だ。ナキリの攻撃を防ぐために盾を作れば、その盾の維持のため魔力がどんどん減っていく。


「ははっ! どっちが先に根を上げるか勝負ね!」


 一方ナキリもこの不可思議な現象を生み出すのに魔力を使っている。

 つまり趨勢は攻撃するナキリの魔力が先に尽きるか、防御する拓馬の魔力が先に尽きるかという根競べの様相を呈し始めていた。


「ちっ、まさしく騒音だな」


 近くでその様子を見ていたスザクは耳を指で塞いで、勝負の行方を見守る。

 狙いを欠いて地面に突き刺さる木片のせいで土煙ももくもくと上がっている。聴覚だけでなく、視覚まで利かなくなり始める中スザクは見た。

 純白のドームの一片に亀裂が入るのを。


「押してるぞナキリ! そのままやれ!」

「言われなくても!」


 益々勢いを増すナキリの攻撃に、ドームはどんどん形を崩していき崩壊は時間のように思えた。ナキリがその様子に勝利を確信した瞬間、ドームの端から人影が飛び出した。


(イチかバチか土煙に紛れて脱出するつもりね! させるもんですかっ!)


 その人影を正確に捉えていたナキリの攻撃がそちらへ移る。


「死ね!」


 人間を蜂の巣にするのに十分な弾幕はその人影を突き刺し、地面へと張り付ける。もうもうと立ちこもる土煙の中、何が起きたのか目を凝らすスザクの目の前へ……


「なっ!?」


 突如、右手に大剣を構えた拓馬が現れる。

 ナキリが狙ったのとは逆方向に飛び出した拓馬はその千載一遇のチャンスに咆哮を上げ、全力でスザクへと斬りかかる。


「うおおおおおおおおおおおおッ!」


 大上段から振り下ろされる一撃はスザクの胸元を切り裂き、鮮血を撒き散らす。

 ……かに見えた。


「────!?」


 しかし、実際の剣は空を切り何者も捉えない。

 さきほどまであったはずのスザクの姿はまるで幻のように消えてしまったのだ。完璧なタイミングだった。完璧な剣閃だった。見てから反応したとして、咄嗟にかわせるような距離でもなかった。


 だとするならば……


「勝ったと、思ったか?」


 ──その不条理の正体こそがスザクの"魔術"に他ならない。


 聞こえた声は背後から。

 拓馬が振り返るより速くスザクの右手が拓馬の顔面を掴み、地面へと強引に叩き付けた。


「ぐ、あ……ッ」

「惜しかったな。さっき飛び出したのは女の方か? なるほど……『硬化』を全身に纏えばどんな攻撃も通じないわけか。囮として使うには適任だな」


 スザクの言った通り、さきほどナキリが狙った人影は紅葉だった。

 硬化の天権で攻撃をやり過ごした紅葉は捕まってしまった拓馬に悲鳴のような声をあげる。


「黒木っ!」

「おおっと貴方の相手は私よ!」


 拓馬の元へと駆け寄ろうとする紅葉に向け、ナキリが片手を振り下ろす。

 それだけで紅葉の体は糸の切れた操り人形(マリオネット)のように転倒し、動かなくなる。


「こ、れ……は……『念力』?」


 体にかかる負荷に、紅葉はナキリの能力におおよその見当がついた。

 それはクラスメイトの一人も持っていた能力。触れずに周囲の物体を操る物理操作系の能力だ。


「念力? ははは、違う違う。よく誤解されんだけどねー。ま、良い線いってたんじゃない? スザクもちょっとだけ焦ったみたいだし」

「ナキリ! 元はと言えばお前がこいつらのフェイントに引っかかったせいだろうが! それに馬鹿みたいに攻撃して視界を悪くしやがって……やはり三位だな、当てにならん!」

「はあ? 自分の反応の悪さを私のせいにしないでほしいんですけど? 二位の癖に器の小さい奴ね」


 お互いに罵倒しあっているがスザクは拓馬を、ナキリは紅葉を拘束したまま動かない。それは拓馬達にとって最悪に近い状況であった。拘束されてしまえば、二人の天権も最早意味を成さない。

 やがてくる死へ震える二人へ、


「まあ、決着は後でつけましょう。それより今は……」

「ふん。俺もさっさと帰りたいんだ。終わらせるぞ」


 その死刑宣告が訪れる。

 スザクは手刀を構え、ナキリは空いた左手を紅葉に向ける。

 次の瞬間訪れる死の運命を悟った二人は固く瞳を閉じ……


「──待て」


 その声を聞いた。


 それは二人が始めて聞く三人目の魔族の声だった。

 しかし……


(あ、れ? ……この声って)


 紅葉はその声を聞いた瞬間、一人の少年の姿を思い浮かべていた。

 それは彼女にとって何よりも重要で、大切だった人物。


「何でしょう?」

「……その二人は捨て置け」


 三人目の言葉にスザクは僅かに驚いた表情を見せた。

 そして、驚いただけではなくその疑問に対する答えを求めた。


「それは……なぜでしょう?」

「この二人は"可能性"がある。零に等しい確率だがな。それに……この二人は生き残らせた方が我々の得になる」

「……その根拠は?」


 珍しく食い下がるスザクに男ははっきりとその言葉を告げる。



「"運命"がそう言っている」



 その一言でスザクは全てを了解した。素早く首を絞め、拓馬の意識を奪うと生きたまま解放する。


「えー、ここまで来て見逃すの? やっちゃおうよー」

「ナキリ、従え」

「はあ……はいはい。それが"魔王様"の命令なら従いますよっと」


 明らかに気の抜けた雰囲気でナキリは紅葉の拘束を解いた。

 自由になった紅葉は僅かに顔を上げ、いつの間にか近くまで近づいていたその三人目の魔族と顔を合わせる。

 そして……



「────え?」



 かつてない衝撃が、紅葉を襲った。

 そこに立つその人物は……その魔王と呼ばれたはずの人物は……


「──眠れ、無知なる幼子よ」


 いくらかくたびれ、その相貌に深い影を落としてはいるものの……紛れもなく、彼女の愛した少年……







 青野カナタその人であった。






 そして、目の前の姿に呆然とする紅葉の首筋に魔王の手が迫り、紅葉の意識は闇へと落ちた。


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