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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第四部 魔族侵攻篇

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「戦い敗れて」

「イリス様……イリス様っ! しっかりしてください!」

「……ステラ?」


 体を揺さぶられる感触に瞳を開くと、そこにはステラの泣きそうな顔があった。重い体を起こそうとして、右足に激痛が走る。


「つっ……」

「まだ動かないで。歩けるまで回復させるにはあと数分はかかると思うから」


 イリスの体を優しく押さえる奏は両手に白い光を宿している。

 それが彼女の天権──『治癒』の天権だ。触れている傷口がゆっくりとだが、回復しているのが分かる。


「そっか、私……気を失っていたのね」

「ええ。でも良かった。低体温症にかかっていたみたいだから、あのままだと危なかったと思う。本当に目を覚ましてよかった」

「カナデ……迷惑かけたわね」

「ううん。私にはこんなことくらいしか出来ないから」


 僅かに目を伏せる奏は目の前の治癒に集中する。

 自分には戦う力がないということを彼女は今回の戦闘で改めて実感していた。回復するにしても時間がかかりすぎて、戦闘中のアシストには向いていない。イリス達が戦っている間、奏はまさしく手も足も出なかったのだ。


「……ソウタロウはまだ眠っているのね」

「うん。体の傷のほうはもうほとんど治っているんだけどね」

「そう……」


 イリスが周囲を改めて見渡すと、そこはどこかの民家のようだった。

 壁際に背中を預ける宗太郎は瞳を閉じ、規則正しい呼吸音を漏らしている。あの様子なら命の心配はないだろう。だが……


「……ぼろぼろね、私達」

「仕方ないよ。魔族と戦ったんだから」


 奏が失意に沈むイリスにフォローを入れるが、イリスからしてみれば全力を賭してなお及ばなかったのだ。このままでは力が足りなさ過ぎる。そのことを痛感させられていた。


「……あの男(シン)は確か第七席に位置していたはず。あれより強いのが後6人もいるっていうのに……」


 このままでは勝てない。魔王を殺すと誓ったイリスはその道のりの果てしなさに目が眩みそうだった。


「……ねえ、イリスさんは、その……魔族について詳しいんだよね?」

「それなりに、よ。昔シンから色々と教えてもらっていただけ。実際のところどうかなんて知りはしないわ」

「それでもだよ。魔族についての情報が私達には不足しすぎてる……嫌じゃなければ教えて欲しい」

「……貴方、魔族と戦うつもりなの? やめておきなさい。関わらなければそれが一番なのだから。王都を離れた貴方が今更魔族と戦う義理はないわ」

「でも……今回みたいなことがまた、あったら……」


 悲痛な表情で瞳を濡らす奏はどこまでも真剣な目つきでイリスに頼み込む。


「このままだと私は誰も守れない。せめてどんな人がいるのか教えて?」

「…………」


 奏の懇願にイリスは躊躇した。

 これまで誰にも語ってこなかったイリスの過去を、奏はすでにあらかたの予想をつけていることだろう。シンと知り合いだったという事実を知られたことがすでにイリスにとっては痛手なのだ。

 だとするならば、これ以上話したとしても実害は少ない。

 それに……


「……仕方ないわね」


 ──この少女には命の借りがある。

 少しばかりの代償として教えるくらいのことはいいだろうと結論つけたイリスは語りだす。


「先に言っておくけど多くは知らないわよ。手配書に出回っている魔族について程度のこと」

「それでもいい。どんなことでも教えてもらいたいから」

「それなら……そうね。まずは魔王の配下、序列上位の魔族について。シンが第七席に座っているんだけど、これは純粋な力の強さで分けられているわ。魔王が第一席。彼が最も強い魔術を持っているのは確かなのだけれど、その下に座る魔族も大概バケモノよ」


 イリスは記憶の中からその情報を探し出す。

 ヴェンデから教えてもらったこと、シンから伝えられたこと、自ら探し出したこと。


「……シンは自分のことを魔族の中でも弱い部類だと自称していたわ。自分より上位の序列……更に言うなら最上位の4人に関してはまさしく次元が違うって」

「シンって……さっきの人だよね? あれで弱いほうなの?」

「シンの言葉を信じるなら、だけどね」


 イリスの言葉に奏は背筋の寒くなる思いだった。シンに対して4人がかりで戦ったというのに自分達は全く歯が立たなかったのだ。誰も彼もが普通の人間には持ち得ない能力を持っていたというのに。


 それはつまり、それだけの戦闘力の差があるということ。そんな相手が魔族の中でもまだ弱い部類だなんて……タチの悪い冗談にしか思えない。


「そんなの……勝てる訳ない」

「カナタは一人殺したけどね」

「えっ!?」


 イリスが何気なく言った言葉は奏にとってまさに寝耳に水だった。


「そ、それ本当なの?」

「ええ。しかもシンより強い第五席、リンドウって男よ」

「え、ええー……」


 衝撃の真実に、微妙な顔を作る奏。

 正直言ってイリスの言葉が信じられないのだ。

 奏にとってカナタは戦うことなんて向いていない、優しい男の子でしかない。それが誰かを殺したというだけでも衝撃なのに、それが魔族、しかも相当の実力者となると……


「……ちょっと信じられない」

「全然、ちょっとって顔じゃないけどね。次に会ったら本人に聞いてみると良いわ。次なんてものがあれば、の話だけれど」


 イリスはそう言って強引に立ち上がる。

 足の傷も話している内に大分回復していた。

 この分なら走っても問題はないだろう。


「行くわよ。急いでこの街を出ないといけないわ」

「え、でもまだ紅葉ちゃん達が……」

「待っている暇なんてないわ。これは意地悪でもなんでもなくただの事実として。シンが言っていたでしょう? この街には魔王が来ているって」

「う、うん……」

「加えてその護衛にスザクとナキリも同行している。二人はね……それぞれ魔王軍の第二席と第三席を務めている魔族なの。この意味が分かる? この街はもう──おしまいよ」


 さきほどのイリスの言葉を思い出し、奏は息を呑む。

 それもそのはず。シン以上に強いという魔族がこの街に三人もいるのだから。


「そ、そんな……」

「分かったらさっさとソウタロウを起こして行くわよ。どの道今の私達で適う相手ではない……もうね、戦おうってことすら馬鹿馬鹿しくなるような相手なのよ、彼らは」


 イリスはステラに周囲の確認をするよう命令して、宗太郎の頬をぺちぺちと叩き始める。本心では今すぐにでも仇の下へ走り出してしまいたい気分だった。

 だが、そんなもの勇気とも呼べない蛮勇だ。

 本当に何かを成し遂げるつもりなら、雌伏の時を耐えねばならないということをイリスはよく理解していた。


「む……全く起きないわね、こいつ。股間でも踏み潰せば目が覚めるかしら」


 だが本能を理性で殺した分のフラストレーションは溜まってしまう。それを手近にいた宗太郎で発散させようと恐ろしいことを考えるイリスの元へ、焦った様子のステラが駆け込んでくる。


「い、イリス様っ! 大変ですっ!」


 その様子にぴんと来たイリスは、緊張を声に乗せることなく問いかける。


「まさか魔族が近くまで来ているというの、ステラ?」

「違いますっ!」


 ずばっ、と否定するステラに思わずイリスはずっこけそうになる。


「あ、焦らせないでよ……それで? 何があったの?」

「それが……」


 ステラはそこで嬉しそうに獣耳をぴこぴこと動かし、外套の裾からはみ出した尻尾をぶんぶんと振り回す。それはあたかもはぐれていた主人と再会した子犬のような反応である。


「──カナタさんの匂いがすぐそこまで来ているんですっ!」

「えっ!?」

「なっ!?」


 ステラの言葉に奏とイリスがそれぞれ、驚きの表情を作る。

 そして……


「ばか! なぜそれを早く言わないのよ! どっち!? 案内しなさい、ステラ!」

「はいっ! 任せてください!」


 もの凄い勢いで支度を整えた二人は借りていた民家から飛び出し、去っていってしまう。置いて行かれるわけにはいかないと、奏も宗太郎を抱えて後を追うがあまりにも速すぎてついていくだけで精一杯だった。


「はあ、はあ……ちょ、ちょっと待って……」


 何とか止めようと声を上げるが、距離がありすぎて届かない。仮に届いたとしても二人が止まる事はなかっただろうが。


「イリス様、そこです! その角の先から匂いがします!」

「でかしたわステラ! 後で魚肉買ってあげるからね!」


 勢いそのまま、路地を曲がっていく二人が視界から消える。

 奏は宗太郎を背中に抱えたまま走っているので、二人に比べて圧倒的に遅い。

 何とか角を曲がりきった頃には二人の姿は完全に見失ってしまっていた。


「あ、あれ? ……確かこっちに来たはずだけど……」


 きょろきょろと周囲に視線をさまよわせる奏。だが二人の姿はどこにもなかった。加えてカナタの姿も。


「おかしいなあ……」


 くるり、と体を反転させ来た道に視線を向けたところで、奏は気付いた。

 いつの間にか背後に誰かが立っていたということに。


「ひっ……!?」


 反射的に悲鳴のような声が漏れる。危うく宗太郎を地面に落としそうになりながら、奏は一歩、二歩と後ずさりその人物の全貌を視界に収めた。

 そこにいたその人物の姿は……


「…………え?」


 ──待ち望んでいた少年……青野カナタの姿であった。

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