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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第一部 王都召喚篇

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「地獄からの使者」

 結局ヘルゴブリンの討伐にはそれなりの人数が集まった。

 チームリーダーのルーカスを筆頭に、奏、俺、拓馬、宗太郎、上原、紅葉、藍沢と続く形でメンバーが決まった。拓馬や宗太郎、上原は一度ヘルゴブリンと対峙した恐怖が残っているだろうに、今度こそ俺を守ってやるとか言って気合を入れて付いてきてくれた。本当に、良い奴らだよ。


 チームの中で意外と言えば、藍沢が付いてきたのが意外だった。

 こいつは口だけでこういった危険を伴うことには手を出さない性質だと思っていたのに……一体どういう魂胆なのだろう。


「全員、周囲には十分警戒して進むように」

「「「了解」」」


 とはいえ、それをここで追求するわけにもいかない。

 ルーカスの号令に従い、俺たちは再び森へと舞い戻る。

 今回は人数が多いため、『念話』の魔術は使っていない。あの魔術は大人数での使用には向いていないようで、今回は口頭で連絡を取り合っている。


 音を極力出さないようにと、無言の行進が続く。

 前回とは打って変わった静けさに、少しずつ緊張感が増していくのを感じる。前回はしゃいでいたのも、思えば恐怖を打ち消すためだったのかもしれない。もっとも、戦場でおしゃべりなんてしていたから前回のような結果になってしまったのだが。


「……皆、見てくれ」


 先頭を行くルーカスが立ち止まって事で、自然と進軍を停止する俺たち。そしてルーカスが指差したのは……


「動物の、死骸?」

「ああ、恐らくヘルゴブリンの仕業だろう。傷口が荒い」


 鹿にも似た動物の腹はまるで削岩機にでも抉られたかのようにグチャグチャだ。紅葉や上原が目を逸らしているのが見える。確かに、あまり見たいようなものじゃないよな。


「まだ体温が残っている。それに恐らくこれは……食べかけだ」

「食べかけ? どういうことですか?」

「つまり、奴は食事中だったのに慌ててここを離れたってことだ。理由は恐らく、私たちが現れたから。つまり……」


 ルーカスは周囲に油断なく視線を彷徨わせながら、俺たちに告げる。


「近くにいるぞ」


 その言葉に、誰かが唾を飲み込む音が聞こえた。

 痛いほどの緊張感が、この場を支配していた。


「皆、私の近くにいてね。何かあったらすぐに『障壁』を張るから」


 一度対峙したことでいくらか心に余裕があるのか、上原がそう言って隊の中心に陣取る。俺たちは自然と上原を囲むように円陣を組み、それぞれが周囲に視線を送って警戒を続ける。


「ちっ、鈴木を連れてくれば良かった」


 中々姿を現さない敵に、藍沢が毒を吐く。

 鈴木という男子生徒は『視力』の天権を持っていたからだ。確かに、索敵という意味で今非常に欲しい能力だな。


「敵が見えないってのは……結構辛いね」

「どうします? ルーカスさん」

「……もう少し警戒を続ける」


 ルーカスの指示に、俺たちは再び注意深く視線を外に向けるのだが……


「埒があかねえ、俺が天権を使う」


 痺れを切らしたらしい藍沢が、そう言って一歩前に出た。そして、


「おい、化け物! 『ここに旨い肉がいるぞ』!」


 こともあろうに俺の方を指差して、そんなことを大声で言い放ったのだ。

 藍沢の天権は『嘘』。その能力は藍沢の言った言葉を対象に真実だと錯覚させること。もしも藍沢の声がヘルゴブリンに届いているのだとしたら、言語を理解出来る出来ないに関わらず、今の俺は非常に魅力的なお肉に見えているということだ。


「なっ! 藍沢! お前!」


 それがどういう意味を持つのか、分からない俺たちではない。

 慌てる俺に、藍沢は意味ありげな笑みを浮かべる。こいつ……まさか!


「ルーカスさん! あそこ!」


 俺が藍沢に詰め寄るよりも早く、紅葉が悲鳴のような声を上げて指差した。その先に……いた。間違いない。俺の右腕を千切ったアイツだ。


 前に見たときと全く変わらない小柄な体型に、鋸のような歯を除かせるヘルゴブリンは木の枝の上から、真っ直ぐに俺へと視線を向けていた。

 にやり、とその口元を歪めるヘルゴブリン。開いた口からどろりと汚らしい色をした涎が零れる。

 そして……


 ──ドンッ!


 枝を折り、葉を撒き散らせながらヘルゴブリンが弾丸のような速度で飛翔した。真っ直ぐに、俺へと向かって。


「させない!」


 上原の声が聞こえ、俺とヘルゴブリンの間に薄い光の壁のようなものが出現した。

 『障壁』。上原の能力によって出現した光の壁に勢い良く激突したヘルゴブリンは奇妙な雄たけびを上げて痛がっている。


「好機だ! 攻めるぞ!」


 その隙を逃さないとばかりに、ルーカスがヘルゴブリンに向けて突撃する。

 いきなりの開戦に、即座に対応できたのは拓馬だけだった。前衛として働くはずだった俺と紅葉は完全に出遅れる形となる。


「オラッ!」


 咆哮と共に、拓馬が大振りの剣を振るう。

 重量、速度、共に申し分のない一撃だったが、ヘルゴブリンは素早く起き上がるとその一撃を風のようにひらりと回避した。的が小さい分、攻撃を当てにくいのだろう。拓馬にとって相性は悪い。


「ちっ!」

「タクマ君! 無理をするな!」


 拓馬の突撃を一度下げさせることでルーカスは戦線を形成する。

 つまり、ヘルゴブリンとルーカスがもろに対峙する形へと。


「しっ!」


 ルーカスの武器は細身の長剣。重さよりも速度を重視したその武器は確かにヘルゴブリンに対して相性は良い。一対一で切り結ぶルーカスに、俺たちは手出しが出来ない。下手に手を出すと足手まといになりそうで。


 それほどにルーカスの動きは洗練されていた。

 一撃、また一撃とヘルゴブリンを確実に追い込んでいく。

 これなら、勝てる。

 そう思ったときのことだ。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」


 ヘルゴブリンが空に向かって吼えた。

 まるで映画の怪物の最後の咆哮を思わせるその叫びに、紅葉が声を上げる。


「い、いけそうなの?」


 ヘルゴブリンの断末魔。

 そう思っていた俺たちに、


「違う! レゾナンスだ!」


 叫ぶルーカスの言葉に、俺たちは出発前にルーカスから説明されていたことを思い出す。窮地に立たされた魔物は時に──仲間を呼ぶと。 


 その行為を、レゾナンスと呼ぶ。

 更に悪いことに、元々俺たちは増え過ぎたゴブリンの討伐という任務でこの土地を訪れていた。つまり……


「な、何だよこの数は!?」


 ぞろぞろと、茂みから姿を現すゴブリンの群れ。

 そう、まさに群れ。十や二十では到底きかない数のゴブリンが四方八方から俺たちを包囲するように近寄ってくる。

 ルーカスはヘルゴブリンの相手で手一杯の様子。

 だったら……


「カナタ!?」


 紅葉の声が聞こえるが、俺は無視して駆ける。

 退いていたら駄目だ。どんどん動ける範囲が減って、最終的に数に押しつぶされる。戦線を出来る限り広げながら戦うしか活路はない。


「あああああああっ!」


 俺はあらん限りに力を振り絞って、拓馬に作ってもらった剣を目の前のゴブリンへと叩きつける。

 斬る、というよりは叩き潰すように振るわれた一撃に、その頭部を変形させたゴブリンは、不気味な緑色の体液を傷口から撒き散らす。血……なのだろうか。俺の服にべったりと付着したその液体をぬぐいながら、俺は仲間たちに告げる。


「こいつらはあの化け物に比べたら遅い! ビビらなければ勝てる!」


 その一言で皆も引き気味だった戦線を再び取り戻す。

 最も危険な最前線、その中心にいるのが拓馬と紅葉だ。


「やあああっ!」


 紅葉が気合と共に、その健脚を振り下ろす。

 踵落としの要領で放たれたその蹴りは稲妻の如き破壊力を持ってゴブリンの群れを吹き飛ばす。

 『硬化』。それが紅葉の能力。紅葉は体の一部を鋼以上の強度に引き上げることが出来る。刀で切りかかっても傷一つつかない紅葉の硬化能力は彼女にとって非常に相性が良い。


 陸上部で活躍していた紅葉の下半身の強さは俺も身をもって知っている。それが鋼以上の硬度ととなって振るわれればどうなるのか……その結果は言うまでもないだろう。


 危険な任務ということで出だしこそ遅れたが、前衛として最も優秀なのは紅葉で間違いない。硬化の能力は防御にも使えるしな。


 そして、それに次ぐ活躍を見せているのが拓馬だ。

 拓馬の『生成』は戦闘中には使えない補助的な能力だと思っていたが、どうやらそれは早計だったようだ。


「らあぁぁッ」


 大剣を叩きつけるように振るう拓馬は剣術なんてこれっぽっちも学んでいない。そのめちゃくちゃな軌道は武器そのものを傷つけ、その性能を著しく低下させている。しかし、それも拓馬にとっては関係がない。


 この一本が折れたなら、次の一本を準備するまで。

 そんな拓馬の意思が現れたかのように次々と生成され、ゴブリンの体へと叩きつけられる大剣の数々。勿論、それも拓馬の喧嘩で磨かれた戦闘センスがあってこその話なのだが。


 正直言って、この二人がいなければこの戦線は維持することも出来ていないだろう。俺も前衛として防衛ラインの維持に努めているが、二人に比べれば微力も良いところだ。

 俺には紅葉のような優秀な能力も、拓馬のような戦闘センスもない。

 それが、少しだけ悔しかった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ゴブリンの群れが姿を現してから数分、戦況は決まった。すでに集まってくるゴブリンも疎ら、辺りには撒き散らされたゴブリンの血と積み上げられた死体が広がっている。


 普通のゴブリンの脅威は去った。後は……本命だけだ。


 ルーカスの方へと視線を向けると、こちらも決着が付くところのようで、ルーカスが剣を構えるのに対してヘルゴブリンはじりじりと後退を続けていた。

 ヘルゴブリンも戦況の圧倒的不利を悟っているのだろう、腰が引けている。ヘルゴブリンは俺への興味も失せたのか、勢い良く木の枝に飛び移ったかと思うと、一目散に逃走を始めた。

 ヘルゴブリンはすばしっこい相手だ。奴が本気で逃走を考えれば、俺たちは誰も追いつけない。焦る俺の前に、


「僕に任せて!」


 逃げるヘルゴブリンをしっかりと見据えた宗太郎が声を上げる。

 そして……宗太郎は俺たちの誰にも出来ない『魔術』の詠唱を開始した。



《黒の門、魔ヶ憑きの瞳、修羅の声。翼持つ者、その羽を穿つ──》



 一つの魔術に十年。

 そう言われるほどに魔術の習得は困難だ。自身の魔力を体内で術式に最も適した性質へと変化させ、呪文によって世界と同調させ改変する作業は、熟練の術師であっても容易ではない。


 望んで出来るようなことではない。

 百年に一人の天才が編み出した術式を模倣することでさえ、十年に一人の才が必要となる。それほどに魔術の道は遠く、果てしない。


 しかし、その選ばれたものにしか到達できない魔術の境地を……


《貫け──風の槍(ヴァン・スペア)


 金井宗太郎は軽々と、越えて行く。

 それが『魔導』。宗太郎の天権だった。


 宗太郎の構えた両手から、魔力が黄金色の奔流となって解き放たれる。一本の槍の形へと集約されたその閃光は真っ直ぐにヘルゴブリンへと飛来する。


 俺たちの誰一人として、その軌跡を目で追えた者はいない。

 神速の一撃は吸い込まれるようにヘルゴブリンへと近づき……


 バンッッッッ!!


 まるで風船が爆発したかのような音を響かせて、ヘルゴブリンを粉々に砕いた。近くの木々にヘルゴブリンの肉がべチャッ、と気持ちの悪い音を立てて付着する。そこまでいって、ようやく俺たちは宗太郎が何をしたのか理解できた。


「「「「「…………」」」」」


 正直に言おう。

 その場の誰もがここまで良いところなしだった宗太郎に期待などしていなかった。男の癖に紅葉よりも細い華奢な手足では前衛を任せるわけにもいかず、なんでコイツついてきたんだろう? ってのがその場の大多数の意見だったはずだ。


「ふう……何とか当たってくれたぁ」


 はず、だったのに。

 俺たちは額の汗をぬぐって一仕事やりました的雰囲気の宗太郎に何も言えなくなっていた。藍沢なんて見るからに青い顔をして、落ち着かなげに体を揺らしている。


「あれ? みんなどうしたの?」


 そして宗太郎は、俺たちの妙な雰囲気にそんな暢気なことを言って小首をかしげるのだった。


 ……宗太郎をおちょくるのはもうやめよう。


 そんな風に、思った。

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