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不死王と七つの誓い  作者: 秋野 錦
第一部 王都召喚篇
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「召喚されし者共」

 誰だって一度くらいは夢見たことがあるだろう。

 剣と魔法のファンタジー。そんな世界の登場人物として活躍する自分の姿を。

 国を救った英雄でも、一人孤高な旅人でも、仲間に慕われる冒険者でも何でもいい。誰だって一度くらいは夢想したことがあるだろう。


 夢の世界を。

 ロマンに溢れた世界を。


 他の誰にもない特殊な能力を使って物語の主人公になる。

 そんな、空想を。


 日の光も届かないこの暗闇で、俺は夢想する。

 何の変哲もない、現実の世界を。

 朝起きて、急いで支度して、学校へ行き、友達と駄弁って、適当に授業を受け、家に帰る。その繰り返し。つまらないと思っていたあの日常を、俺は夢想する。


 それは余りにも輝いて見えた。

 それは余りにも遠くに見えた。

 失ってしまった過去の残滓を抱いて、俺は今日も生を全うする。

 この……地獄のような現実で。


 ……ギィ……


 鉄製の扉が開いて、一人の男が姿を見せる。

 どこまでも醜悪な笑みを浮かべるその男……手には大きな鋏を持っている。

 これから何が起きるのか何て、言われるまでもなく分かっていた。俺は髪の毛を乱暴に掴まれて、無理やり移動させられる。やがて辿り着いたのは同じように薄暗い部屋。


 中央にポツンと置かれた椅子が寂しげに佇んでいた。

 まるで俺のようだ。たった一人、この冷たい世界に取り残された俺の。


「…………嫌だ」


 ポツリと、声が漏れる。

 何でこんなことになったのか。何でこんなことになってしまったのか。


「嫌だ、嫌だ……嫌だ!!」


 手足を振って、その場を逃げ出そうと試みるも、俺の髪を掴んだ男の力が余りにも強くて抜け出せない。

 男は俺の狂態を実に楽しそうな瞳で見ていた。口元も、三日月型に歪んでいる。

 それが怖くて怖くて、俺は涙ながらに懇願するのだ。


「もう……やめてくれ……」


 涙で顔をくしゃくしゃにして、必死に願いを告げる。

 もしかしたら、願いが届くのではないかと微かな期待を込めて。

 しかし……


「座れ」


 そんな期待は、男の無情な一言で粉砕される。

 もう、限界だった。


「ほら……お楽しみの時間だぞ?」


 力ずくで椅子に固定された俺に、逃げることなんて出来なかった。


 ジョキン……ジョキン……


 鋏を鳴らしながら男が迫る。

 そして……




 ──狭い部屋に、絶叫が響き渡った。




---




 ピピピ、ピピピ、ピピピ。


「……ん……」


 目覚まし時計の耳障りなアラームで俺は覚醒した。薄目を開けてデジタル表記の画面に視線を移すと、時刻は俺が設定した通り7時半丁度だった。

 時間ぎりぎり。

 これを逃すと遅刻してしまう。


 俺は重くのしかかる気だるさと共に布団を蹴飛ばし、起き上がることにした。

 今日は月曜日。一週間で一番憂鬱な日だが、学校に行かなくてはいけない。


「うー、さぶさぶ」


 最近めっきり寒さを増してきた十一月。そろそろ本格的な暖房が必要になりそうだ。

 俺は手早く服を着替えて、高校指定の制服を身にまとう。

 それからエネルギーチャージのために1階のリビングへ。


「あら、カナタ。おはよう、ご飯どうする?」


 キッチンからひょっこりと頭を出した俺の母、青野早苗が俺に献立を聞いてくるが、そんな悠長に食事をしている暇はなかった。


「ウィダーでいいよ。まだあったよな?」

「本当に好きねえ、冷蔵庫にあったはずよ。持って行きなさい」

「あいよー」


 俺は冷蔵庫の中を物色して、目当てのものを引っ張り出す。

 ウィダーインゼリー。俺のソウルフードだ。

 10秒で食事が完了するってのが最高だね。


「そんじゃ、行ってきます」

「車には気をつけるのよー」


 時間もないので俺はすぐさま玄関へ。靴を履き、カバンを肩にかけて玄関の扉を開ける。

 ぐっ、と勢いを増した寒気に体を震わせて、歩き始める。

 俺の通う三春高校まで大体徒歩で二十分。辛い道のりだ。あー、タクシー使いてぇ。そんな金あるわけないけど。

 出来るだけ寒さを緩和させようと身を縮こめながら歩いていると、


「カナタ! おっはよー!」


 ビターン! とかなり勢いの良いビンタが俺の背に炸裂。

 何事かと振り向くと、そこに見慣れた少女の姿があった。

 にこにこと快活な笑みを浮かべるその少女に、俺はため息混じりに言葉を返す。


「……痛いんだけど」

「おじいさんみたいに背を曲げてたカナタが悪い!」

「責任転嫁するなよ……」


 全く、朝からハイテンションな奴だ。


「おはよう、紅葉(もみじ)

「うん、おはよー!」


 赤坂紅葉。

 俺ん家の隣に住んでいる、いわゆる幼馴染って奴だ。紅葉は幼稚園の頃から精神年齢が変わっていない奴で、今日も今日とて元気そうである。ほんと、このくそ寒い中よくそんなテンションでいられるよ。


「そういや今日は遅いんだな。陸上部の朝練は?」

「今日は休み! たまにはゆっくりした朝も悪くないよね」

「さいですか」


 こうして紅葉と一緒に登校するのも久しぶりな気がする。だから何だって話だけどな。


「そういや数学の宿題、やった?」


 俺の問いに、顔を真っ青に染める紅葉。

 本当、分かりやすい奴だよ。


「お願い! カナタ宿題見せて!」

「別にいいけどよ……数学一限だぞ? 間に合うのか?」

「間に合わなければ間に合わせるまでさ!」


 何コイツ。超格好良いんですけど。

 宿題やり忘れていただけなのに。


「そういやもうすぐ修学旅行だねー。楽しみ」


 紅葉の会話が飛ぶのは慣れたもので、俺は唐突な話題変更にもいつものように気だるげに返す。修学旅行……正直面倒だ。


「もうそんな時期なんだよな」

「カナタはどこ行きたい?」

「うちは全員強制京都だろ?」

「行ける場所選べるなら、だよ。アタシはスペインとかいいなー」


 また適当なことを。

 スペイン行ってなにすんだよ。


「ねーねー、カナタはどこ行きたいの?」

「んー、そうだな」


 ぶっちゃけどこでもいい。行きたいところがあるなら一人で行くしな。

 けれどそれでは話が終わってしまう。

 俺はどこか皆で行きたいところがないか考えて……


(……そういえば)


 つい先日にネット小説で読んだシチュエーションを思い出す。

 けど……それを口に出すのは恥ずかしくて、


「俺はトルコとか行きたいかな」

「また適当なこと言ってるー! トルコ行って何すんのよ」

「ばっか、おま。トルコ舐めんなよ? トルコはあれだ……飯うまいぞ?」

「それだけかよ!」


 益体もないことをだらだらと駄弁っていると、いつの間にか俺達の通う三春高校に到着していた。

 俺と紅葉はクラスも一緒なので同じ方向に向けて歩く。


「それでさ、そこでダニエルが言ったんだよ『やはり貴様だったのか! 俺のプリンを食べたのは!』ってさ」

「なっ!? マジかよ……つまりダニエルの弟を殺したのは親友のハリーだったってことか……」


 目的地である2年B組の教室。

 その扉に手をかけて開いた直後、俺はドラマの話に夢中になっていたせいで前方に人がいたのに気付いていなかった。


「きゃっ」


 ドンッ、と軽く俺はその人物と衝突してしまった。ちょうど教室を出ようとしていたところなのだろう。俺はよろめいたその人物を見て、驚いてしまう。


「し、白峰?」


 そこにいたのはクラスメイトの白峰奏だった。

 才色兼備として有名な白峰はウチのクラスのマドンナだ。そんな彼女に狼藉を働いたとなれば……クラスの男子に殺されかねん!


「あ、青野君。ごめんね、ぶつかっちゃって」


 白峰は申し訳なさそうな顔でそう言った。

 見た目だけでなく性格まで良いのが、彼女が人気の理由の一つだ。

 彼女の人気は異常の一言で、このまま彼女に非があるように振舞えばマジで体育館裏行きになりかねない。男に殴られる趣味など持ち合わせていない俺は慌てて謝り返す。


「いやいや、よく見てなかった俺が悪いって! 大丈夫か? どっかぶつけたりしてない?」

「うん、大丈夫」

「こら、カナタ! 何、奏ちゃんにぶつかってんのよ! 誠心誠意地面に額こすり付けて謝んなさい!」

「紅葉ちゃん、何もそこまで……」


 ぶつかられたのは白峰だというのに、なぜか憤慨している紅葉。お前には関係なかろうに。


「それで奏ちゃん、どこか行くの?」

「うん、授業前に資料室からプリント運ぶように頼まれちゃって」

「あ、それならアタシも付いていくよ、どうせ暇だしさ」

「ほんと? ありがとう、紅葉ちゃん」


 白峰は学級委員をしているから、時たまその手の面倒事を押し付けられる。適当に理由をつけて断れば良いのに、と思わないでもない。


「俺も行こうか?」

「カナタは来なくていいですー、ほら奏ちゃん、行こう」

「う、うん。青野君もありがとう」

「お、おう」


 遠ざかる二人を見つめる俺。

 ふう……妙に緊張しちまった。

 ざわざわと朝独特の騒がしさを持つ教室に俺は改めて入室する。

 俺の席は窓際の最後列。つまりベストポジションだ。


「おはよう、カナタ」

「ん、宗太郎か」


 俺が席に着くと、隣の席の金井宗太郎が声をかけてきた。

 こいつは高校に入ってからの知り合いなのだが、妙に気があってつるむことが多い。まあ、気が合うというかオタク趣味が合うといったところなのだが。


「カナタは昨日の『マジカル☆花蓮ちゃん』は見た?」

「俺はそっち系のアニメは見ないんだって」


 朝早くだというのにいきなりこんな会話をぶっこんで来るあたり、コイツも相当訓練されたオタクだ。見た目も名前も結構格好いいのに……残念すぎる。

 ちなみに俺が見るのはファンタジー系のバトルモノだ。やっぱり熱いバトルには心躍る。

 それから俺達はHRまで今期のアニメで何が一番面白いかについて語り合った。結局話についていってしまうあたり、俺も駄目かもしれんね。



---



「えー、従ってこの値を式に代入して、求める訳です」


 カッ、カッ、カッ、とチョークが黒板に跡を刻む。

 教壇に立ち、教鞭を振るう数学教師の言葉を欠伸をかみ殺しながら聞き流す。一時間目ということもあって眠い。非常に眠い。


「では赤坂、この問題を解いてみろ」

「え!? あ、アタシですか!?」

「宿題を忘れた罰だ。解いてみろ」

「そ、そんな……」


 授業は滞りなく進行していた。

 紅葉の非難めいた視線が突き刺さるがスルーしておく。宿題忘れを忘れていたお前が悪い。恨むなら自分の鳥頭を恨むんだな。

 50分の授業も残り僅かとなったところで、


 ──ガラリ


 唐突に教室の扉が開き、外から一人の人物が入室してきた。


「……遅れました」

「黒木、またお前か」

「さーせん」


 全く悪びれる様子もなく、その男は自分の席に向かって歩いていく。

 黒木拓馬。

 二年B組のクラスメイトだ。

 制服の襟を立てて、頭には柄の悪いパンダナを巻いている拓馬は非常に目立つ。ウチはそういう類の奴は少ないからなおさらだ。


「あー……少し早いがこのくらいにしておこう。予習、復習はきちんとするように」


 教師も居心地が悪くなったのか、いそいそと教室を出て行った。

 授業終わるまであと5分あるのに。

 ま、ラッキー。


「……ちっ」


 拓馬はそんな教師の態度が気に入らなかったのか、舌打ちをしている。拓馬の周囲の席の奴だけ黙りこくってまるでお通夜みたいになっているのが妙に可笑しかった。


 教師が出て行ったことでざわめき始めるクラス内を眺め、改めて思う。


 ヤンキーの拓馬。


 オタクの宗太郎。


 クラスのマドンナ白峰さん。


 バカ、紅葉。


 中々個性的な面子だ。俺は友達が多いほうではないが、面白い奴に囲まれて、それなりに楽しく高校生活が送れていると思う。


「…………」


 でも、何でだろうな。

 こんなに楽しい面子に囲まれているのに、この日常をつまらないと感じる自分がいる。アニメやラノべに毒されすぎだと我ながらおかしくなるが、それでも……俺は……


 ──少しでもいいから、非日常に触れてみたいと、思っていた。


「あれ……?」


 最初に異変に気付いたのは一人の男子だった。


「どうした?」

「扉……開かねえ」

「はあ? 鍵は?」

「かかってない、と、思う……」


 少しずつ、異変に気付き始めるクラスメイト達。


「さっき、先生は普通に出て行ったよな?」

「なんか引っかかってんじゃねえの? 反対側は?」

「駄目だ、こっちも開かない」

「おい! 窓も動かねぇぞ!」

「何だよ、どうなってんだよ!」


 少しずつ、少しずつ声が荒くなっていく皆。

 そして──バチン! と大きな音がして電気が消えた。

 女子の悲鳴が聞こえる。男子たちも慌てているようで、そこかしこで物音が聞こえる。


「落ち着いて、皆!」


 この声は……白峰か。

 視界の利かない中、声を頼りに現状を把握する。

 クラス委員として皆をまとめようとしているのだろう。

 そこまで考えてから、俺は気付いた。


(あれ……今、昼前だよな?)


 一時間目の授業が終わったばかり。時間にしたら十時くらいのはずだ。

 つまり……停電したくらいで、ここまで真っ暗になるはずがないのだ。

 急に背筋が寒くなる。

 何か、とんでもない異常が起きていると強制的に理解させられる。


「一体、何が……」


 零れた疑問は一体誰のものだったのか。

 その問いに答えるように、ゆっくりと地面が光始める。

 そして、その光はある紋様を刻んでいた。

 それこそアニメで見たかのような、幾何学模様。

 円形のそれは……まるで……魔方陣か何かのようだった。


「…………ッ!」


 少しずつ光量を増す魔方陣。やがて視界が真っ白に染まるほどに発光したところで、俺は意識を失った。

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