聖剣に選ばれた勇者に対抗する為に魔剣の嫁になりました。
とある若者が伝説の聖剣に選ばれ、勇者となった。
その報は瞬く間に魔族中に知れ渡った。
魔王城の会議室ではすぐさま緊急会議が開かれ、「このままではまずい」、「何か対策を講じねば……」と上級魔族達は額を突き合わせて悩んでいた。
するとある者が言った。
「そうだ、勇者が聖剣に選ばれた事で勇者になったというのなら、我々も魔剣に選ばれた者を勇者討伐の旅に出す事にしよう!」
「成程、魔剣!我々魔族の秘宝、魔剣マカル!確かにそいつは名案だ!」
「だがあの魔剣は非常に選り好みが激しいと聞く。これまでマカルの主となれた者は誰もいないのだぞ?」
何と言っても魔族の頂点に立つ魔王さえ魔剣は認めようとしないのだ。はたしてそう簡単に主となる者を見つける事が出来るだろうか。
「では思い切って大会を開くというのはどうですかな?豪華賞品を用意すればより多くの参加者が集い、その中から魔剣に認められる者が現れるやもしれぬ」
「ふむ、成程」
「それは良い考えかもしれんな」
「いかがですかな魔王様!?」
皆は一斉に会議室の最奥の席に目を向けた。
指を組みながら皆の意見に耳を傾けていた、立派な螺旋状の角と6枚の蝙蝠の如き翼を生やした男――魔王は、静かに頷いた。
かくして、勇者がこつこつと雑魚敵を倒してレベル上げをしている中、魔王城では魔剣引き抜き大会が開催されたのだった。
大会当日、他の参加者と同じように、イベントチラシを片手に一人の少女が魔王城へとやってきた。
ネグリジェのような薄手のローブを身に纏い、白い髪の間からは魔王のものよりもずっと小さな螺旋状の角がひょこりと生えている。
彼女は悪魔の中でも弱小の種族、『睡魔』である。
睡魔は姿を消して人間の町に潜り込み、真面目に仕事や勉強をしている者を緩やかな眠りの世界に誘うという、恐ろしさとしょぼさを兼ね備えた種族である。
彼女は改めてチラシの内容を目でなぞった。
――魔剣引き抜き大会開催!!
鞘に納められた魔剣を見事引き抜く事が出来た方には魔剣の所有権をプレゼント!!また参加者には漏れなくリモシカの苗をお配り致します。
皆様奮ってご参加下さい――
リモシカの実は魔力を回復させる効果を持つ希少な木の実である。
睡魔は眠らせた相手が目覚めた際の、「やばい!うっかり眠ってしまった……!」という絶望感を糧としている。
しかし弱小種族である彼女達は魔力量が少なく、日に何度も催眠魔法を使用する事が出来ない。
ゆえにこのリモシカの苗を栽培する事が出来れば、魔力不足を解消する事が出来るのである。魔剣なんぞにはさらさら興味ないが、この参加賞は喉から手が出る程欲しい。
だがしかし。彼女には一つ気になる事があった。
彼女はその赤紫色の瞳をある一文に向けた。
――参加条件:独身女性であること――
魔剣を鞘から引き抜く事と独り身である事に一体何の関係があるというのか。
そもそも勇者が現れて魔族全体が慌てふためいている中、何故このような催しをおこなっているのか。
彼女の周りの者達は、「きっと人間達と日々戦い続けている我々への労いのつもりなのだろう」と言っているが……はたして本当にそうなのだろうか?たかが福利厚生(?)の為に秘宝を持ち出したりするものだろうか……?
いや、深く考えるのはよそう。どうせ自分のような者に引き抜けるはずはないのだ。ここにはリモシカの苗及び観光目的でやって来たのだ。自分達弱小種族が魔王城に入れる機会などめったにありはしないのだから。素直に楽しむのが得策である。
多少腑に落ちない部分はあれど、彼女は受付を済ませ、会場であるエントランスホールにて参加者の列に並んだ。
大会が始まってから何百人目になるのか、今なお鞘から魔剣が抜ける気配はない。
ずっと立ち続けて足が棒になってきたが、流石にお城で座り込むわけにはいかない。無礼にも程がある。
耐えて耐えて、そしてついに彼女の番がやって来た。
「エントリーナンバー763番、睡魔のラヴァンドラ、前へ!」
「は、はいっっ!!」
宰相に自分の名を呼ばれ、思わず声が裏返ってしまった。今までお偉いさんと接する機会などまるで無かった為、やはり緊張してしまう。
「ではこの剣を鞘から引き抜くのだ」
高級感溢れる布の上に乗った魔剣を、宰相はラヴァンドラの前に差し出した。
まさか魔族の秘宝を自分ごときが手にする事になるとは……。
彼女はごくりと唾を飲み込むと、恐る恐る魔剣を手に取った。
が。
ズシリ。
――重い!重すぎる!!
一瞬バランスを崩してつんのめりそうになったが、なんとか踏みとどまった。
秘宝を落っことしたとなれば自分は間違いなくこの場で公開処刑だろう。
(剣って初めて手にしたけど、こんなにも重たいものなんだ……)
人間の冒険者達はよくこんなものを毎日振り回しているものだ。自分だったら手に持っているだけで筋肉痛になって三日は寝込む。
弱小種族である睡魔はとにかく非力なのである。
山を断てば溶岩が吹き出し、海を薙げば津波を引き起こし、空を斬れば嵐を生じさせるという恐るべき魔剣も、これでは重いだけのただの金属の棒である。振る事すら出来ないならば鈍器にすらならない。
とはいえ自分は魔剣に選ばれる事などないのだから、そのような事を危惧する必要などないのだ。とっとと魔剣の柄を引いてとっととリモシカの苗を頂いて帰ろう。
ラヴァンドラはなんとか片手で鞘を、もう片方の手で剣の柄を握ると、抜けない物を無理に引っ張って筋肉を傷めぬよう、最低限の力で柄を引いた。
――スル。
抜けた。
――チン!
戻した。
「ちょ、ちょっと待て!お前今抜いたよな……!?」
「い、いえ、抜いてません!きっと目の錯覚です!集団催眠です!」
「そんなわけあるか!!」
詰め寄る宰相に必死に首を振って否定する。
だってそんな事あるわけないではないか。自分は睡魔だぞ?睡眠魔法と透明魔法しか出来ない落ちこぼれ種族なのだぞ?
山を断てば(以下略)の魔族の秘宝に選ばれるはずがない。
「はっ!そうだ、これはきっと夢なんだ!そうだそうに違いない!お客様の中に睡魔の方はいらっしゃいませんか!?」
「そりゃお前だろうが!いい加減現実を受け止めろ!!」
夢だ、いやいや現実だ、の攻防を延々と繰り返した末、結局もう一度剣を引き抜く事になった。
そして。
――スルリ。
やはり抜けた。紛れも無く抜けた。
半ば呆然としながら自分の手の中の魔剣を見つめる。
夜の如き漆黒に染まった刀身。けれども光を受けた部分は血のような不気味な赤黒い輝きを帯びている。また、柄には銀製と思われる蛇の装飾が施されている。実に禍々しい。
しばらく魔剣を見つめていたが、そのうち腕がぷるぷると震え出した。
(やばい、重すぎる!もう無理……!)
ついに筋肉の限界が訪れ、その切っ先が重力に従って床に突き刺さ――
「こら、我の体を粗末に扱うでない。それともこの城を真っ二つにでもしたいのか?」
「!?」
――る直前、若い男の声が響くと同時に魔剣は黒い光の帯と化した。黒い光の帯はラヴァンドラの手をするりと抜けると、彼女の隣に降り立ち、やがて人の形を成していった。
程よく筋肉の付いた精悍な体つきに浅黒い肌。
銀の長髪に剣呑な光を湛えた血色の瞳。
一見健康的な美丈夫のようだが、全身から漂う禍々しき気配に底冷えする程の恐怖を感じる。
しかし男はそれとは正反対の明るい調子で、なおかつまるで予想だにしなかった台詞を口にした。
「まあともあれ、これから宜しく頼むぞ、我が花嫁よ!」
――……はい?
「――という事で、この大会は魔剣マカルの主となり、勇者を倒す者を見つける為のものだったのだ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
魔王城の別室に場所を移し、宰相から事の顛末を聞いていたラヴァンドラは、彼に食って掛かった。魔剣マカルはというと、人型状態のまま彼等の様子を楽しげに眺めている。
「勇者を倒すって、そんな話聞いてませんけど!?」
「当然だ。それを伝えたら皆恐ろしがって参加者など集まらんからな」
微塵も悪びれる事なく宰相は言い放った。なんて堂々とした詐欺なんだ。
「それに花嫁って言うのは……?」
「魔剣の主とはすなわち、魔剣の配偶者となる者の事なのだ。魔剣は花嫁以外の者には決して自分を使わせないのでな」
するとこれまで黙って話を聞いていた魔剣が口を挟んだ。
「我は誰にでも使わせるような軽い男ではないのでな。ましてや野郎に触れられるなどもってのほかだ」
……成程、それで参加条件が『独身女性であること』だったのか……。
それに先程宰相から魔剣を受け取った際、彼は布越しに魔剣を持っていた。あれは秘宝を汚さないようにとかではなく、単に魔剣が男である宰相に触れられる事を拒んだからなのだろう。
「で、でもなんで私なの?私それ程美人ってわけでもないのに……」
参加者の中にはサキュバスやラミアのようなグラマラスな美女も沢山いたはずなのに。
「ふむ、確かにそなたはそれなりに可愛らしくはあるが、美人と呼べる程ではないな」
……何故だろう。意見は一致しているはずなのに、他人、もとい他剣に言われると無性に腹が立つ。
「勿論器量が良いのに越した事はないが、絶世の美女、となると顔にやや濃ゆさを感じてしまってな。それに胸もあまり大き過ぎるのは好みでない。かといって無さ過ぎてもつまらぬし……。しかしそなたは見事それらの中間に位置する絶妙な存在だ。これ程バランスの取れた娘は見た事が無い!」
……それはつまり、自分はキング・オブ・普通という事か。平凡の申し子という事なのか。
全く悪気が無いところが余計に腹立たしい。
「……まあそういうわけだ、睡魔ラヴァンドラよ。今夜はこの城に泊まり、明日の朝には魔剣と共に旅立ちを――」
「ま、待って下さい!私に勇者討伐なんて無理です!剣を振り回せる程の力なんて無いし……」
「その点は問題ないぞ。戦闘の際には我がそなたの体を操りつつ肉体の限界まで力を引き出してやろう」
「それはそれで問題なんですけど!?」
「――ともあれ、話は以上だ。部屋はもう用意してある。明日からの旅に備えて今日はもう休むがいい」
宰相は半ば強引に話を終えると、傍に控えていたメイドに命じて有無を言わさず逃げる隙も与えず、ラヴァンドラ達を来賓室に連れて行った。
案内されたのはシャンデリアやソファーの設置された豪華な部屋だった。さすがお城の来賓室である。
しかし。
「なんで魔剣と同じ部屋なのさっ!?」
てっきり別々の部屋に案内されるのかと思っていたのに、さも当たり前と言わんばかりにメイドは二人を同じ部屋に連れていき、そのまま去っていった。
「我等は夫婦なのだから別に良いではないか」
「勝手に夫婦にするなってば!勇者討伐は百歩譲って良いとしても、君と結婚する気なんて微塵も無いんだからね!」
ラヴァンドラも魔族の端くれ、魔族の未来の為に命を賭して戦う覚悟が米粒程度にはある。それに旅に出ようと出まいと、運悪く勇者に出会ってしまえば経験値として狩られてしまうのがオチである。ならば先手必勝、殺られる前に殺るというのも有りだろう。
しかし結婚となれば話は別である。しかも相手は無機物。おいそれと首を縦に振るわけにはいかない。
「そもそも剣である君が結婚なんてする必要があるわけ?人型になれるなんて話も初めて聞いたし……」
「ふむ、そなたが我が種族の事を知らぬのも無理はないか……。我等『魔剣』は遠き時代に栄えた古代種であり、剣の体と人の姿を併せ持つ存在だ。これでもれっきとした生物であり、魔族の一派だ」
人間よりもずっと長い寿命を持つ魔族であるが、ラヴァンドラのような比較的年若い世代の者達は古代種についての知識に疎いのである。
「我等魔剣は男だけの種族でな、それゆえ他の種族の女性と交わる事で繁殖する。また、子は男児ならば魔剣として生まれてくるが、女児ならば妻の種族として生まれてくる。このような特殊な繁殖方法ゆえ、魔剣は徐々にその数を減らしていった。恐らく我が最後の生き残りであろうな」
だがしかし、と彼は続ける。
「我はついに理想の花嫁を手に入れた!今後そなたには最低でも子を10人は産んでもらおうか。そうすれば単純計算で5人は男児となる。無論、もし男児が生まれなければより多くの子を産んでもらわねばならぬが。とはいえ女児がまるで生まれなかったらそれはそれで少々寂しいゆえ、やはり5:5もしくはその倍数になるように産む事が出来ればベストかと……」
「何勝手に子供の比率まで考えてるのさ!?私は君の花嫁になんてならないってば!!」
弱小種族は個体の力が弱い分、繁殖力が強い。ラヴァンドラもまた6人兄弟であり、もうじき7人目が生まれる予定である。
独特の繁殖方法である彼にとって、彼女はまさに打ってつけの存在なのである。もしかしたら見た目云々だけでなく、こういった面も考慮した上での人選だったのかもしれない。
「つれない事を言うな。我は絶滅危惧種の特別天然記念物だぞ?少しは生息数増加に貢献してくれても良かろうに、冷たい女め」
「やかましいわ!毒舌天然危険物の間違いでしょーが!!」
ギャーギャーと喚き散らすラヴァンドラに、マカルはやれやれ、と肩を竦める。
「全く、いい加減諦めろと言うに……。仕方ない、こうなれば実力行使だな」
「え?……きゃっ!?」
マカルはその逞しい腕でラヴァンドラを抱き抱えると、部屋の奥へと歩き出した。彼が部屋のどこを目指しているかなど、言うまでもない。
ラヴァンドラの顔からさっと血の気が引いた。
このままではまずい。非常にまずい。自分は今人生の岐路に立たされていると言っても過言ではない。
必死にもがいて逃れようとするが、彼にがっしりとホールドされている為びくともしない。
そうこうしている間に目的の場所にたどり着き、ふわりと降ろされる。
さすがお城のベッド、ふっかふかである。だが今はそんな事を考えている場合ではない。
「い、嫌……!ね、『眠れーーー!!』」
彼が覆い被さってくる直前、彼女は無我夢中で魔法を放った。
「!?っ……うっ……」
急激な眠気に襲われ、マカルは突っ伏すように倒れ込んだ。おかげでラヴァンドラは彼の体の下敷きになり、「ぐえっ」と女子にあるまじき蛙が踏み潰されたような声を上げてしまったが、貞操を守れたのだ、このくらいどうという事はない。
自分が睡魔で良かった、本当に良かった。今日ほど睡魔である事に感謝したことはない。
――それにしても、自分はこれからもこのような攻防を繰り返さなければならないのだろうか……。
ベッドをマカルに占領されてしまった為、ラヴァンドラはソファーに横になりながら深い深いため息をついたのだった。
「……しまった!眠ってしまった!我とした事が…!!」
マカルがガバリと起き出した頃には、小鳥型の魔物達がヂュンヂュン、ビーヂヂヂ、と爽やかさの欠片もない朝のさえずりを奏でていた。彼は思わず頭を抱えてうなだれた。
その絶望感たるや、空腹だったラヴァンドラの腹を一瞬で満たす程であった。――どれだけショックを受けてるんだこの助平は。
「――だが、この我を眠らせるとはそなた、なかなかやるではないか。それでこそ我が花嫁だ。ますます気に入ったぞ」
「いや、あれは火事場の馬鹿力というか窮鼠猫を噛むというか、とにかくそういう奴なんで、断じて本来の実力では……」
「謙遜せずとも良い。だが謙虚で驕らぬその態度、実に好ましい。どうやら我は思った以上に素晴らしい花嫁を手に入れられたようだ」
すると彼は瞳に執着の色を宿しながらニンマリと笑み、そして言った。
「――絶対に逃がさないからな?」
その言葉は彼女にとっては処刑宣告にも等しいものであった。
千の神と万の精霊の加護を受けたと言われる聖剣と、その聖剣に選ばれし勇者。
それに対するは、無機物だか有機物だかわからない謎の生命体と、それに見初められた雑魚魔族の嫁。
勇者に討ち取られるのが先か、魔剣に組み敷かれるのが先か。
どうあっても絶望の彼女の旅が、今幕を開けたのだった――。