輝け新撰組リフレッシュ会議!
「おめえらにゃ俺ァ、つくづく失望したっ」
新撰組局長、近藤勇のつっけんどんな上州弁の説教が炸裂したのは、祇園祭も近い元治元年(一八六四年)のある梅雨どきのことだ。京都では連日雨が降り続き、泣く子も黙る新撰組の面々もインドアで時間を持て余す、そんな昼下がりのことだった。
こんな日でも基本的には朝晩の市中巡回が仕事としてはあるにはあるのだが、この長雨で尊攘浪士たちも外を出歩いていたりしないし、へたに斬り合いとかするとびしゃびしゃ泥が袴にはねて泣きそうになるので、適当に切り上げて、昼から麻雀大会を楽しんでいたのだ。もちろん給料を賭けてニギっていたし、皆、だらだらしていた。
それでも最初は和気あいあいとやっていたのだが、そのうち中間上がりで博打にはアツい原田左之助と手堅くこなす驚異のデジタル打ち永倉新八との間で点数を巡ってつかみあいの喧嘩になった。
土方歳三などはつまならそうな顔して黙っていたのだが、原田は今いち麻雀の遊び方が分かっていないようなのだ。それでも博打は詳しいふりをするので誰も文句を言えなかったが、点数は数え間違うし人の河から牌は拾ってくるし、上がり牌を間違えるしでいい加減うんざりされていた。
せめて早くやめさせようと、永倉が集中的に原田を狙ったので、原田はこの局でハコテンになり、すでに褌一丁だった。流局が迫り、いらいらしながら原田がイーピンを切ると、
「お、原田くん、それアウト。ロンです」
「なっ、嘘だよ!永倉さん、そりゃねえよ。大体なんで俺ばっか狙うんだよっ」
「原田くん、もう半荘出来ないでしょ。オケラだもん。麻雀向いてないんだよ」
原田はそこで、ぷちっとキレた。
「っるせえんだよっ、やんのかくそったれ」
ちなみに麻雀はほんの暇つぶしでやってたのである。さすがに新撰組のメンバーは生活に響くほどのレートでやるはずがなく一局千円とか穏便なラインの純粋な親睦麻雀だった。
しかし誤算だったのは、原田がすでによその賭場で負けていて生活費五千円くらいしか持っていなかったことだ。千円単位の金でアツくなる原田を見てみんなドン引きしたことは言うまでもない。揉み合いののしり合う二人を、誰もとめなかった。
中でも喧嘩を止めるべき副長の土方歳三は、外で馴染みの女とLINEしながら煙草を吸っていた。男臭い押忍部屋でしみったれた賭け麻雀で時間を潰すんなら、このままこっそり消えて女のいる隠宅にでもしけこみたかったのだ。
そこにちょうど町内会の寄り合いから帰ってきた近藤勇が、怒鳴り込んで来た。
「おめえら自分の今の姿を見ねえかっ!恥ずかしくねえのか!」
怒濤の近藤の説教に、全員はしょんぼりうな垂れて言葉もなかった。
「朝酒して昼から麻雀て、お前ら昭和劇画の無頼漢かっ。街のごろつきかっ!最近お前たち、劣化が激しすぎるんだよ!上洛したあの頃を思い出せよっ、俺たちァもっときらきらしてたじゃないかあっ!」
いかつい顔にだらだらと涙を流す近藤をみて、みんな絶句した。近藤の泣き顔がぎょっとするほど怖かったのもあるが、近藤の言う通りお互い、うんざりするほど劣化していることをしみじみ自覚しているからだ。
「ふん、なんですか、今さら」
と言う、局中筆頭の沖田総司ですらがずっと、寝そべっちゃマンガを読むしかすることのない毎日ですっかり腐っていた。この雨で、人を斬る機会もめっきりなくなった沖田はここ最近で三回も『バガボンド』を全巻一気読みしていたのだ。
「近藤さん、私たちはもう手遅れですよ。て言うか、ははっ笑えますよ、新撰組って…名前は新しく見えるけど、すっかり劣化して、とっくに新鮮じゃなくなってるんですよ。賞味期限切れてますよ。フレッシュじゃないんですよ!」
「総司、お前、目を覚ませよっ」
「目ならとっくに覚めてますよ、さっきまで昼寝してたんだから!大体、そんな…うざいって言うか、近藤さんは暑苦しいんですよ。昔の教育ドラマの熱血教師じゃあるまいし。…私たちなんてどうせ、腐ったカボチャなんですよっ」
「馬鹿野郎っ」
近藤はふてくされる沖田をビンタした。なんだかんだ言って二人とも、意外とこう言うノリが好きなのだった。
「総司、目を覚ませよ。おめえだって、下は女子中高生からアラサー、アラフォーの歴女さんまで幅広いファンの皆さんに支えられて、今があるんじゃねえか。劣化してる場合じゃねえんだ。いいからそこのコンビニ漫画をさっさと片付けろっ」
近藤に怒鳴られ、沖田はそそくさとそこにある、中華料理屋や雀荘の待機所に放り出されていそうな男臭さ抜群のコンビニ漫画どもを片付けた。
「どいつも、分かっちゃいねえ。忘れたのかっ。俺たち新撰組は、常に清く正しく美しくだ!」
それは宝塚だろ、と思ったが、皆は黙っていた。
「だからこそ時代小説や映画、舞台に大河ドラマばかりじゃなく、萌えゲー乙ゲーに、コミックスにアニメ、果てはコミケ同人誌からもお声が掛かるんだよ。皆さんあってこその新撰組なんだよ。ファンを大切に、皆さんのイメージを壊しちゃなんねえんだ。いつも言ってるよな。なあっ、トシよ」
「ああ、うん。そうそう。それ、大事だよな」
土方は聞いてなかった。スマホで彼女とLINEしてたのだ。
「でもよ、近藤さん、俺たちだって人間なんだぜ。そりゃあ悪いところはあるだろうけどよ、今さらどこを直しゃいいんだよ」
ふてくされる原田に、近藤は言った。
「左之助、そう思うだけでもお前はまだ見込みがある!人間てなあな、いくつになっても勉強だし、試行錯誤なんだよ。そこでお前たちに提案だ」
近藤は半紙を広げると、そこに堂々とした毛筆で題字を書いた。
「どうだ」
全員が、それを覗き込んだ。
「なんすかこれ?」
「会議だよ」
近藤はむしろ晴れやかな顔で言った。
「これからかがやけ第一回、『新撰組リフレッシュ会議』を始める!」
近藤が縦書きした題字が、まるで犯罪事件の捜査本部のように戸口に張り出されている。そんな中でいまいち近藤のノリに戸惑いを覚えたまま皆が最初にしたことは、麻雀卓の後片づけだった。
「ったく、いい年してなんでこんなことしなきゃならないんだ」
ぶつくさ吹いているのは、藤堂平助である。平助はパチンコ帰りだった。おれ、麻雀やってねえしーとかぶうぶう言いながら、卓を片付けていた。
「ぶつくさ言うな、平助。近藤さんの言うことも一理あるじゃないか。俺たち最近、劣化が激しいもんな」
永倉新八は素直な人柄なので、近藤の説教にすっかり感じ入っていた。
「さすがは近藤さんだ。俺たちもリフレッシュしなきゃ。なあ、斎藤くん」
「俺は別に酒飲んで人が斬れれば、それでかまわねっすけど」
感動屋の先輩に比べると、斎藤一は打っても響かないクールなやつだった。
「どうせ、自己開発セミナーとかの影響だよ。近藤さん最近よく行ってるんだよ。会津藩が金出してくれるから。経営者向けのシンポジウムとかセミナーとか」
付き合いの長い土方はもっとしらっとしていた。この男は会議なんかせず、さっさと彼女の家にばっくれたかったのだ。
「さて、皆準備は出来たかな」
近藤はそこに集まった新撰組一同の顔を見直した。みんなまるで夜明けまで飲み屋でだらだら飲みしていたかのように、劣化していた。
「さて」
そんな皆の前にホワイトボードを置いて、近藤はノリノリで会議のお題を書いた。その様はまるで三浪まみれの受験対策コースで無理くりテンションを上げようとする、カリスマ予備校講師のようだった。ちなみにホワイトボードにはかすれた黒マーカーの乱暴な筆跡でぽつんとこう書かれていたのである。
今の新撰組に足りないもの!
「ようっし!じゃあ、皆の意見をばしばし検討して行こうじゃないか!まずは八番隊組長、藤堂平助くんが書いてくれたご意見から!」
と、近藤は勢いよくその投書をめくったのだが、一読したあとはみるみる醒めた目になって、なかったことにした。
「…っと思ったけど、やっぱり次は二番隊組長、永倉新八くんからのご提案!」
「ええええっ!?ちょっと待った!」
当然、藤堂平助が手を上げる。
「いや今のおかしいですよね!?なんでトップバッターの私の意見が読み上げられないんですか!?私だって、今の新撰組に足りないもの一生懸命考えて書いたんです。それを、完全スルーってぶっちゃけありえないでしょ!?」
「だってなあ…」
近藤はあくまで浮かない顔だ。
「いや、今のはひどいぜ、近藤さん」
土方は珍しく藤堂の肩を持った。スマホをいじりながら。
「後の人が萎えますよ。のっけから皆で話さないうちから、没なんて」
と沖田総司が口を尖らせる。
「いや、でもなあ総司…」
「沖田くんの言う通りですよ。つかそう言われると逆に気になるし。そもそもなんて書いてあったんです?」
永倉に言われて渋々、近藤は藤堂が書いた紙を皆に見せた。そこには確かにひどいテンションのきったない字で、大きくこのように書かれていた。
絶っ対何が何でも女子マネ!(アイドル系希望☆)
「無理だ…」
下手に肩を持った土方の表情が一瞬で後悔に青ざめた。
「萎えるわ。平助、まじ萎えるわ」
他の隊士たちもドン引きである。この重苦しい空気に藤堂平助はいたたまれず叫んだ。
「なんでよ!?みんなのニーズを直球まっしぐらで書いたのに!?欲しいでしょ、女っけ!?ここむっさくて一日いらんないもん!」
「だからパチンコ行ってたんだろ、分かるよ平助。けどな、よく自分の身の回りをみてみろ。ここ今、女の子を迎えられる環境か!?」
近藤のもっともな指摘を受けて、新撰組一同は自分の足回りを見渡した。そこにあったのは散らばったコンビニ漫画誌と風俗案内誌とギャンブル系雑誌のジャングル、さらには着エロアイドルのDVDの空ケース(中身は行方不明)に、食べ棄てられたままのカップラーメン(スープ入り)や焼きそばの空き容器(ソース臭い)。しかもそんなカオスのそこかしこに薄煙をまとった吸い殻で山盛りの灰皿が宇宙コロニーのように点在し、何だか部屋の空気も煙たくなって視界が黄ばんでさえいた。
「確かに…うぷっ、これひどすぎる」
女子マネージャー不在の運動部の部室より数段ひどかった。
「でっ、でもでも!…乙ゲーとかでよくあるじゃん!?かわいい女の子がさ、何かの偶然で男ばっかの新撰組に入ってきてさ、おれのこと好きになっちゃって、京都の町中デートしてウハウハとかさ!」
「いい加減現実を見ろよ平助ぇっ!!」
ばちん!と近藤のビンタが炸裂した。そこまでやらなくても、とは思ったが、皆は黙っていた。
「こんな新撰組に女の子が棲息できるわけないだろ!?それにな、いたとしても平助、その子がお前と、恋愛するとは限らないんだぞ!?」
「はああうっ!?」
気づいてはいけない事実に、気づかされてしまった藤堂は頭を抱え膝から崩れ落ちた。
「だよなあ。確かに、ちょっぱやで土方さんあたりが食っちゃうかも」
原田が余計なことを言って、藤堂を追い討った。
「あの人、いい男だからってやたら手早いんだよな…」
と、皆がじろじろと土方を見る。
「ばっ…(半笑い)お前ら、変な噂流すんじゃねえよ!?」
土方は皆の白い眼に気づいてあわてて、言いわけした。
「そもそもさあ、新入りが女の子だからってどうってことねえだろ!おっ、おれに惚れるとも限らないし?お前ら、長い付き合いなのにおれのこと分かってねえな!おれはさ、いつもそう言うとこはちゃんとけじめつけてんだよー?」
とか言いつつその頃土方は、ちょうどLINEで彼女の女友達をちゃっかり口説いているところだったのだ。皆が言うことはほぼ当たっていたのだ。
「じゃ、次な。…おっ、これは有効かも知れんぞ。かなり建設的な意見だ」
近藤は自信ありげにその提案を書いた紙を見せた。そこには読みやすいきちんとした文字でこう書かれていたのだ。
ゆるキャラ
「あっ、これいいかも」
一見して眉根をひそめた皆だが、反応は悪くはなかった。
「流行追った今さら感はあるけど、ありだよな」
「隊士募集のイベントとかでも使えますよ」
「これ書いたの永倉くんだ」
自信満々に手を上げたのは永倉新八だ。尊皇攘夷発祥の地、水戸出身の彼は考え方も何となくメジャーなのでやはり意見も正統派だった。
「実はずっと思ってたんだ。我ら新撰組は男所帯だから女子マネとかアイドルとかは無理だけど、ゆるキャラはありなんじゃないかなって。そこで似顔絵とか得意な監察方の山崎蒸くんに頼んで、いくつかイラストを描いてきたんだけど」
まめな永倉はすでに、色付きイラストまで用意していた。
そこには例の浅黄色のだんだら染めの羽織を着た、オオカミらしき犬っぽいゆるキャラが描かれている。
「これ…」
「壬生狼ちゃんだ。動物のゆるキャラって受けるから、まずはおれたちのイメージそのまま狼でデザインしてもらったんだけど」
そこには満面の笑みで犬歯を剥きだす壬生狼ちゃんが描かれていた。一応女の子設定らしくだんだら染めのリボンが申し訳程度につけられていたが、野生むき出しの凄まじい笑顔が、やはり微妙だった。現に子供好きな沖田総司はみるみる困った顔文字みたいな表情になった。
「永倉さん、これ怖いですよ」
「そうか?」
「にっこり笑ってるんですけどその分、牙とかむき出しで怖いです。って言うか童話とかだと大抵、オオカミって悪いやつじゃないですか。私たち、そういう面でかなり評判悪いのに、自分から悪者名乗ってどうするんですか?」
ねえ近藤さん、と沖田が意見を求める。近藤も難色を示した。
「ううんこれだと、会津藩から許可とるのがまず難しいな」
「狼じゃそもそも癒されないし」
持ち上げといて一気に落とされ、永倉は切なそうな顔になった。
「いや一応ね、『誠ちゃん』て人間のキャラクターも用意してはね、あるんだけどさ…」
「ちょっと待てよ、そもそもお前らゆるキャラとか言ってるけどさ。うちにゆるキャラいらねえだろ」
新たなイラストを出そうとしている永倉に、突っ込んだのは土方だ。
「ええっ、そこ言っちゃうんですか?」
「言うよ。お前ら、新撰組局中法度第一条、忘れたか?」
出たよ鬼の新撰組副長のキメ台詞、と思ったが、全員で復唱した。
一、士道ニ背ク有間敷事。
「ゆるい野郎はそもそも武士じゃねえ」
普段は女の子のことばっかだが断固としてそこは譲らない土方だった。
「そんな!もっと時代の風を読みましょうよ」
「時勢読んでたら、お前たちそもそもこんなとこにいねえだろ」
身も蓋もない意見に皆は押し黙った。しかし沖田だけは諦めきれないようすだった。
「土方さん、じゃあ局中法度の方変えません?最初の一条つけ足して、『(ゆるキャラダケハ例外デス)とか』」
「総司、お前それ本気で言ってんだな?」
土方が物凄い顔で睨むので、さすがに沖田も負け惜しみを言いつつ、退かざるを得なかった。
「土方さん、さっきまで全然やる気なかったのに勝手すぎませんか…?」
「るせえなっ、この局中法度はおれが作ったんだよ!絶っ対例外は認めねえからな」
と言うわけでゆるキャラは、一気にボツ案になった。
ちなみにその後だが、会議はどんどん、ぐだぐだになった。
「次。これは三番隊組長斎藤一くんかな。『人』って。これ人材のことかな?」
「いえ、最近人斬ってねえなってそれだけです。人斬らないとうずうずしちゃって」
「斎藤くんは、後で局長室に来るように。それだけです。じゃあ、今度は原田くんか」
十番隊組長原田左之助が書いたその紙には、大きく『酒』と書かれていた。
「何か最近飲み会集まり悪くないすか?出てきてもみんな飲みが足りねえって言うか、一次会でさっさと帰っちゃうし。ぶっちゃけおれ避けられてる気が」
「それはお前個人に問題があるからなんじゃないのか?」
土方の容赦ない意見が的を射ていた。原田を呼ぶと、長っ尻で絡み酒だし、話題と言えばいっつもお腹の切腹し損ねた傷のネタしかなかったからだ。しかも大抵会費は払えず、誰かにたかっていた。これで呼ばれると思っている方がどうかしている。
しかもそれから先はもっとひどかった。『給料上げて』や『局内恋愛希望』など極端に個人的で偏った意見しか出てこなくなった。
「どうするよ、近藤さん。これじゃ先細りだぜ」
と言う土方だが、意見箱をひっくり返してもう残りの意見は読まなかった。時間の無駄だと分かった限りは、とにかく一刻も早く、女の部屋にしけこみたかったのだ。
「よし、分かった!」
と、近藤は場の空気を一変させようと、自分のほっぺとかをばしばし平手で叩いてみたが、特に意味のない気合いだったので、その後が続かなかった。結局やったのは、責任転嫁だった。
「トシ…じゃなかった、土方副長、君は何も書いてないようだけど、今の新撰組に足りないものって何か、意見はないのかな?」
「ええ?おれかよお」
「そうですよ。土方さん、さっきから文句言って人の意見つぶしてばっかで、自分は何も提案してないじゃないですか」
沖田はここぞとばかりに抗議した。ちなみに子供好きの彼は、新撰組のイメージ払しょくのために『こどもなのに局長』を提案していた。しかし、
「お前それ、もう絶っ対流行遅れだし、もし士道不覚悟とかで切腹とかになったら親御さんにどう説明するんだよ。でなくても最近の保護者は何言ってくるか、分からねえんだぞ!どーせ尻拭いとか全部おれか近藤さんなんだからよ」
と言う土方の鶴の一声でほとんど検討する間もなく案をつぶされたのだ。正直、土方が自分の意見を出したらけちょんけちょんに言ってやろうと思ったのに、その機会がついにやってこなくて、ストレス溜まっていたのだ。
「そうですよ。副長、あんた本当はやる気ないのに皆にダメ出ししすぎでしょ」
「女にモテるからって何でも通ると思ったら、大間違いなんですよ」
「毎回局中法度復唱、正直うざいです」
「女子入れて下さいよ」
「男子でもいいから恋愛したいです」
「て言うか付き合ってください土方さん」
「なっ、なんだよお前ら、そこまで言いたい放題か!?」
ついでに皆のフラストレーションや欲望まで乗っかってきて、土方は耐えきれなくなったように叫んだ。
「だったらおれも言わせてもらうけどな、お前らさ、掃除や買い出しぐらい、ちゃんとやったらどうなんだよ!?トイレの電球とか、風呂の洗剤とか、言われなくても無くなったら買って来いよ、レシート持ってくりゃ経費で落とすんだから。それとな、スナック菓子食いながら局のパソいじるんじゃねえよ!いつも誰なんだよ!?キーボード、毎回おれが掃除してんだからな!」
「出たよ、細かすぎて逆にうざい意見」
「主婦ですか!?て言うか寮の管理人のおばちゃんですか!?」
「女の子だったら絶対、うるっさい生徒会長とかのタイプなんだよなー」
「『ダメって言ったらダメなんです!それが規則なんです!』みたいなあ」
皆言いたい放題もいいところだった。
「つうか土方さん、言うことちっちゃいんすよ!」
「夢がないんだよなあ、土方さんの言うことって」
ここぞとばかりに、土方の悪口を言う新撰組一同。なんだかんだ言って、この鬼副長に文句を言える機会って中々少ないので、この機会に日頃のストレスを発散しているのだった。
「わっ、分かったよ。おれにだってなあ、夢くらいあんだよ。待ってろよ…」
と土方は虚しい反論を試みるが、後は局のHPを今度新しくしたいとか、隊規を改正したいとか、夢があるなし以前に実質的で面倒くさい意見なので、皆は余計萎えた。
「なあトシ、実はお前が一番生活にまみれて劣化してないか…?」
振っといて近藤もドン引きの醒めた顔だ。
「スーパーのポイントカードとか地味に集めてるタイプだろ…?」
「うるせえよ!…それの何が悪いんだよ!つーか集めてるよ!お前らなあ、毎月好きに食って飲んだりし過ぎなんだよ!経理のおばちゃんとかに毎月文句言われるのおれなんだよ!そういうのまず何とかしろよ!お前らさあそもそも、今足りないもの探すより、今やってないのに出来ることやったらどうなんだよ!」
土方の意見はどこまでも萎える正論であった。
「だからそう言うのがうざいんですよね…」
「女にちゃらいのに、なんでそういうとこ正論なんすか…?」
皆は追及の手を緩めない。普段土方がいっつも、そうやって細かくひつっこく追及してくる復讐を今しているのだった。
「余計なお世話だよ!ほらなあ!おれが話したらみんな萎えたろ!?どうせ鬼の副長だよ、言うこと夢ねえよ。大体なあ、近藤さん、これあんたが言い始めたことなんだからな。そろそろ締めろよ!つーか責任とれよ!」
女のことがあって熱くなりたくなかったのに、無駄に熱くさせられた土方は、半泣きで叫んだ。そもそも近藤が厄介な話題を振ってこなければ、彼は今頃無事に女の部屋に湿気こめたのだ。
「えええっ!?なにおれに意見聞くの?局長のおれに!?」
と、いざ自分にお鉢が回ると、近藤はわざとらしく目を丸くしてはぐらかそうとした。
「えええっじぇねえよ!あんたが言いだしっぺだろ。おれの意見がないとか焚きつけてくれたけどな、近藤さん、そもそも最初にあんたの提案があってこそじゃねえのかよ」
「そうですよ。近藤さん、そう言えば近藤さん何にも提案ないじゃないですか」
「いや、おれは局長だしさ」
「局長関係ねえ!そんなこと言ったら、さっき恥かいたおれは副長なんだよ!」
「ようおしっ分かったあっ!!」
突然近藤が、びっくりするほどの大声で話を締め出した。
何だかんだ言って収拾がつかなくなってきた会議を締めるのにはこの手段しかなかったのだが、皆、正直、そんな大声出さなくてもなあ、と思いながら黙っていた。
「そんな言うんだったらなあ、皆にいい本紹介してやるよ!(と言いつつ袂をまさぐって怪しい本を出す)さあてお立会い、これが今メリケン国で話題の経営改革者、ドラッパーさんの経営改革書だ!皆が変われば組織も変わる!これを読めばすべてが分かる!どうだ、土方くんまずは君から!」
「いや、どうって言われてもな…」
土方以下、近藤以外は今までで一番、萎えていた。
「ここへ来てまさかのテンプレかよ。おれたちにさんざ意見出させといて!」
「しかもドラッパーってなんすか!近藤さんは頼山陽読んでりゃいいんですよ!それこそ胡散臭さ抜群じゃないですか!?」
「馬ッ鹿野郎!ドラッパーさんを馬鹿にするんじゃあねえよッ!なんと聞いて驚くな、このドラッパーさんの経営改革のご本を読んでだなあ、立派に立て直したんだぞ、日本の女子高生が人材に乏しい弱小ラグビー部を」
「それ、なんっか聞いたことある話じゃないですか…?」
学者の名前といい、誰が聞いても胡散臭さ抜群であった。
「微妙な上にパクリかよ!とっくに流行り終わってるし!あーもうっ、やってらんねえ!」
言いだしっぺの真打ち近藤が一番自分の意見がないので、皆ついにキレた。
「やめだやめだ、やっぱおれたちこのままでいいよ!劣化上等、このまま街の無頼派でいいや!」
「て言うか、なんかⅤシネぽくてむしろ良くねえ!?『俺たちに女っけはねえ』とかさ」
「それお前だけだよ」
藤堂平助の未練がましい意見には、誰も同調しなかった。
「大体近藤さんのお蔭で折角待機中なのに、えらい時間の無駄したよな」
「麻雀しよ、麻雀!気分転換しねえとやってらんねえや!おい、ビール出して!」
みるみる劣化していく新撰組一同。沖田総司はふてくされてコンビニ漫画の世界に戻り、後の皆は藤堂をメンツに加えて麻雀でビールである。着エロアイドルのDVDのケースの中身を鵜の目鷹の目で探すやつもいた。そのマネージャー不在の運動部なテンションで、むっさい部屋の中の複雑なカレーのような匂いの濃度がむっと増した。
「なんてことだ…おれの、おれの新撰組が、どんどん劣化していく」
近藤はその様子を見て愕然と頭を抱えた。
「半分はあんたのせいだと俺は思うけどな」
土方はここへ来ても辛辣だった。
「おれの何が悪かったって言うんだ…」
「近藤さん、とりあえず今度から、会津藩の人に怪しいシンポジウム連れてってもらうのやめなよ」
無駄だと思いつつも、土方は言った。
「でもトシよう、このままじゃ新撰組はおしめえだぞ!このままでいいのかよ、お前だって鬼の副長だろ!なんなんだよ、本当におれたちに足りないものって!」
「近藤さん…」
いかつい顔を涙で濡らした近藤の熱血教師テンションは相変わらずうざったかったが、土方も胸に期すものがあった。
確かに、この頃のこいつらは酷過ぎる。
尽忠報国の士、と言うよりは寮住まいの貧乏男子大学生である。このままやさぐれていけば来年は、ここは街金のオフィスか飯場のタコ部屋みたいになるに違いなかった。
(確かに、このままじゃまずいよなあ)
せめて何とか勤務中の麻雀を辞めさせる方法はないだろうか。
土方が厳しい局中法度を今の五倍の分量と厳しさにしようかなと思案を巡らせたとき、土砂降りの屯所の入り口が開いて、誰かが入ってきた。
この雨でも仕事をしていた探索方の山崎蒸だった。
「いやー只今帰りました。この雨で参りましたわ。でも首尾良ういきましたで」
「お疲れ様。で、何してきたの?」
山崎はきょとんとした。
「何って土方さん。ついにやりましたよ。捕縛成功しました」
土方は一瞬怪訝そうな顔をした。そうだ、この雨でも土方は山崎に仕事を頼んでいたのだった。山崎は探索結果を報告した。
「西木屋町に古道具屋を構える枡谷喜衛門、その正体は、堺は丸太町に住む毘沙門堂門跡家来、古高俊太郎その人でござりましたぞ!」
「でかした!!」
土方の上げた快哉が、むっさい男たちの動きを停めたのはそのときだ。
「え、なんすか土方さん」
「いつもテンション低い土方さんがそんな大声出すなんて…」
皆が思わず洗牌の手を停めたのも、無理はない。
「馬っ鹿野郎、これが興奮せずにいられるか!古高俊太郎だぞ!これ一大イベントだよ!」
ちなみに新撰組ファンはご存知。
この古高俊太郎、各藩の尊攘浪士たちを先導し、とんでもない陰謀を企んでいた。風のある晩に京都に火を放ち、混乱に乗じて御所にいるときの天皇陛下を拉致し、長州藩に連れて行って、幕府を差し置いて無理やり遷都してしまおうと言う計画である。
これに首謀者の長州ばかりでなく、土佐、肥後、その他名だたる尊攘浪士たちのビッグネームが加担していた。
そのための会合が、近々開かれる。
場所は、池田屋。
言わずと知れた京都三条木屋町にあった尊攘浪士御用達の旅館である。
「ええっ、池田屋って!おれたちの聖地、神イベントじゃないですか?何、今から!?いつから!?」
「いつかは知らねえよ。そいつを今から聞くんだからな、藤堂君。山崎君が捕まえてきた、この古高俊太郎からな」
その瞬間だ。
うおおおっ、と新撰組一同が突然やる気になったのは。
「来た来た来たあっ、麻雀おしまい!土方さん、じゃあそいつすぐ尋問しましょうよ!すぐしましょう!」
藤堂平助などは一気にやる気である。彼の目は池田屋で活躍できると、女子の好感度がアップするので余計にらんらんしていた。
「そうだな。ここはちょっと手狭だから」
「すぐ片づけます。おい、原田くん平助、テーブルこっち持って」
永倉などはいそいそと男臭い部屋を片付け始める。
「だからここじゃまずいって言ってんだろ。近所迷惑だし」
「だったら土方さん、裏の土蔵が空いてますよ☆」
きらきらとした目で言う沖田総司。
「あそこなら多少無茶しても声が漏れませんって!」
「う、うん。そうだな」
「ロープ物置にしまってありましたよね。すぐ持ってきます!」
てきぱきと漫画本を片付けて、外へ行く沖田。なんでそんなに楽しそうなのかは謎だが、突然、無邪気ないつものキャラが戻ってきたのだ。
「どういうことだ…皆、急にやる気に…?ドラッパーさんの本も読んでないってのに」
近藤などは愕然としていた。この人には、シンポジウムよりも根本的に認知とかを変えるセラピーが必要だなと土方は思った。
「まあこいつらも、やる時はやるってことさ。…とりあえず今は、それでいいんじゃねえかな」
山崎蒸が皆に言われるまま、高後手に縛り上げた古高俊太郎を連行してくる。雨の中ずっと同じテンションで仕事をしていた山崎は、不可解そうな顔だ。
「あの、皆なんでそんなテンション高いんです?雨やのに…」
「いいからいいから!」
「あ、土方さん、これ。渡すの忘れてましたよ」
それを見守る土方に、沖田がにこにこしながら何かを手渡してきた。
五寸釘と蝋燭であった。
「使いますよね。先に用意しておきました」
沖田のいつもの罪のない笑顔が不気味だった。
「う、うん。それさ、本当は使う気なかったんだから、出来れば俺言ってから持ってきてくれないかな…」
古高が土蔵に引き立てられていく。テンション高い永倉や原田や藤堂にせっつかれて、この男はすでに半泣きだった。
「さあ、じゃあやるか!」
「皆でいっちょやりましょう」
「いざ」
新撰組一同は、高らかに叫んだ。
「拷問だ!」
「いや拷問って…そのテンションって、正直どうなのかな…?」
土方の切れの悪い突っ込みはもちろんなかったことにされた。