八冊目 議員の演説
京介たち三人の姿は、隆平がカードを見つけたという広場にあった。
「それで……ここにあったんだな?」
「そう。そこだった」
京介が広場の端においてある木箱の影を覗き込む。
「別段、不自然なところはないか……」
「だろうな。何せ、今までもそうだったし」
どうやら、隆平は現場調査不要という立場らしい。
確かにそれまでの傾向から現場に何かしらのヒントが落ちていたことはないが、だからといってそれをしたがらないのが、京介の立場だ。
「でも、同じ犯人だとすれば同じことを繰り返しているうちにうっかりミスなんてこともありますよね?」
「そういうこと。まぁ何かしらの事件って決まったわけじゃないけれど、念のためってやつ」
「事件ねぇ……そうは思えないけれど」
この件について京介と隆平の立場は違っていた。
あくまで事件の可能性を捨てていない京介と始めからいたずらと決めつける隆平。
この二人の意見のどちらが正しいかなどわからない。
「まぁまぁいろいろな可能性を追求することは大切ですよ」
「その通り。さて、しっかりと調査するよ」
「はいはい」
なんだかんだ言って、隆平も調査を続けた。
*
夕方。
結局、調査したところで何も出てこなかった。
隆平は対して気にしている様子もなかったが、京介と京香は肩を落として歩いていた。
「はぁまたヒントなしか……」
「今までもそうだっただろ? 今頃落ち込むことか?」
「そうは言うけどさ……」
隆平に慰められながら歩いていると、京香が前方を指差した。
「あの人だかりなんですか?」
そちらの方を見ると、町の中心にある広場にたくさんの人が集まっていた。
京介と隆平はその中央に設置されている演説台の上の人物に見覚えがあった。
「あの人か……」
「そうだな」
「有名人か何かですか?」
京香が首をかしげている。
「いや、この町出身のアードルフ議員だよ。町の発展に貢献したってことで町の人から英雄扱いされているんだよ」
「へぇなるほどね」
口ではそう言っているものの京介はあまり彼に対していい印象を持っていなかった。
トリトマ王国の政治は貴族たちが議員である貴族院と一般民から選挙によって議員が選ばれる下院がある。
彼はそのうちの下院の議員である。
どれほどの期間か忘れたが、彼が選挙に出ればほかの候補者は当選することをあきらめるほど彼の任期は絶対的なものだ。
「今こそ! 人々の格差をなくすべきなのです! 能力、財力、知力……すべての恩恵をすべての人が平等に受けられなければならない! それが私の考えです!」
アードルフ議員が一言発するごとに群衆から感嘆の声が上がる。ある意味、彼が行くところではごく見慣れた光景だ。
彼が議会内でどう立ち回っているか、詳細には知らないが、下手な動きをすれば一期も持たないということをかんがみると彼は相当うまく立ち回っているようだ。
「いつまでもここにいても仕方ないし、早く店に帰ろうか」
「そうだな」
京介の意見に隆平が賛同し、二人は店の方角へ向けて歩き出す。
「話を聞いて行かないのですか?」
そんな二人の後ろを追うのは意外そうな表情を浮かべた京香だ。
「まぁあれだよ。彼の演説内容や考え方っていうのは一般民にとってはいいだろうけれど、僕たちみたいに能力を持っている人間にとってはあまりいい見方をされないってことさ」
「そういうこと。別に能力を持っていてそれを独り占めしようとか、周りの無能力者を下に見るとかはあまりないんだよ。それは能力がない人間が一方的にそう思いこんでいるだけ……彼がそれを増長させているという考え方もあるってことさ」
「そうなんですか……」
「そういうことさ。それよりもさ……」
そこから話題は一気に切り替わり、再びカードの話となる。
そのころになると、広場は見えなくなりアードルフ議員の声は聞こえてこなかったが、市民の熱狂的な声だけは店の近くへ戻るまでずっと聞こえてきていた。