五冊目 同郷の常連客
店が開店するなり、常連客が二、三人ほど来店する。
基本的にこの店の仕事と言えばカウンターのところに置いてあるイスに座り、お客さんと他愛もない話をしているといった具合だ。
もちろん、お客さんから手伝いを頼まれれば手伝うし、本を買いたいといわれればちゃんと会計もする。
そんな京介の店の中には、いつもとは違い京香の姿があった。
彼女は、本の配置を覚えるために本棚を穴が開くほど見つめていた。
「いらっしゃい」
京介はいつも通りに対応するが、客の方はいつもと違った反応を示した。
「おやおや。ついに新しく人を雇ったのかい?」
これは、最初に訪れたおばあさんの一言なのだが、あとからくる人たちも大体、そうやっていう。
新しく雇ったというか、拾った京香のことを言っているのだが、誰も彼女のことは深く追及せずに自信が読みたい本を探し始める。
だが、一人だけ違った。
京香を見て、興味を示してきたのか、それともいつも通り話相手を求めてきているのか、その青年は積極的に京香に話しかけていた。
「それでさ、京香ちゃんは……」
「いい加減にしろ」
彼が来店してから約30分。
ようやく京介が介入した。
「おう。京介! 久しぶりだな!」
「まったく、久々に来てそれか……まったく、どこをほっつき歩いていたんだか」
青年の名は、八雲隆平。
京介とともにこの世界に飛ばされてきた人間で本屋の付近に住んでいる人物だ。
「それにしても、この子記憶喪失だって?」
どうやら、ちゃっかりそこまで聞き出していたようだ。
京介は、そうだ。と彼の言葉を肯定したところであることに気づいた。
「そういえばさ……お前の能力で少しでもいいから彼女に関するヒントを引き出してくれないか?」
隆平が持つ能力は“物語を正確に読み取る”という能力だ。
この物語というのは、京介とは違い人間の思考、記憶、能力などに当てはまる。
つまり、彼女の心理の奥底に少しでも何か残っていれば、それを探ることができるということだ。
「いや、あまりそれはお勧めできないな」
しかし、京介の期待とは裏腹に隆平は難色を示していた。
「どうしてだ?」
「だって、記憶喪失なんだろ? その場合、記憶を失う前と現在で性格が変わっている可能性だってあるはずだ。そうなると、今現在京香として暮らしている人格と並行して中途半端に思い出された記憶でつなぎ合わされた別の人格がぐちゃぐちゃに混ざり合う可能性だってある。どうやら、あれは俺が中身をみられるだけというわけではないらしいからな」
隆平の顔は深刻そのものだ。
もしかしたら、能力を使ったとき、何かしらの弊害が発生したかもしれない。
「そうか。まぁ隆平がそういうならやめておくよ」
彼の事情は知らないが、無理にやらせるわけにはいかないだろう。
「そうだ。ちょっと、気になる話を聞いたんだけどな!」
話題を変えるチャンスと踏んだのか、ここぞとばかりに彼は体を前のめりにして、京介が座っているイスの前に置いてあるカウンターによりかかる。
「気になる話?」
「そう。京介は聞いたことあるか? 能力者失踪事件のこと」
「能力者失踪事件?」
京介は眉をひそめた。
ここ最近、他の常連客がそんなことを話していた記憶はない。
「そう。能力者失踪事件……まぁ自警団やギルドはその事件が発生していると認めていないが、聞くところによればある日を境に能力を持った人間が消えるらしいんだ。それも、その人物に関する痕跡や記憶も徐々に消えて行くって話だ」
「そんなことがあるのか? それに失踪した人間に関する記憶がないのなら、事件が発覚するわけもないだろう?」
「そうだよ。そこがみそなんだ。まぁ詳しい話は分から本当にそんなことがあるかどうか知らないけどな。まぁ要は京介も気負付けろってことだ」
そういうと彼は、すっとその場を離れた。
「それと、もう一つ話がある」
隆平は、どこか勝ち誇ったような表情を浮かべながら一枚のカードを取り出した。
それは、京介にとっても見覚えるあるものだった。