四冊目 開店準備をします
少女改め京香が京介の家に住み始めた次の日。
昨日とは違い本屋は営業日のため、京介は慣れた手つきでてきぱきと店を開店する準備を始める。
「何か手伝いましょうか?」
そこへひょっこりと顔を出したのは、京香だ。
「手伝ってくれるの? そうだな……だったら、棚を少し掃除してくれないか? そうしてくれると助かるよ」
「わかりました」
京香は笑顔ではたきを手に取って掃除をし始める。
この本屋は場所としてはあまり広くないのだが、なによりも天井へ届くのではないかというほど高い本棚が店内に並んでいるのである。
各所に足台を置いているとはいえ、背が低いお客さんなどは最上段の本が取れないということが多々ある。
そのため、あの上の本を取ってほしいなんてことを言われることはしょっちゅうだ。
ときどき、本を取るのに時間がかかるときがあるため、その時に京香に別の仕事をしてもらえるというのは間違いなく大きいだろう。
少し話がずれたが、本棚の掃除自体は足台をちゃんと使えばすぐに終わる仕事だ。
なお、彼女が名乗っている京香という名前であるが、当初、京介は少々難色を示していた。
さすがにこの名前は浮くのではないかと。
ただ、それに対して彼女は恩人である京介と名前が似ているからと言って、聞かなかったのだ。
どうしてそこまで好かれたのかわからないが、彼女がいいというならばそれでいいだろうと決定した次第だ。
「それじゃ、まぁ手伝ってくれるっていうならお客さんへの接客も少し勉強してもらわないとね……」
店舗用とは別の本棚を軽くあさって接客に関する本を引っ張り出す。
「えっと、これこれ……」
それをポンと京香に渡した。
それは、接客についてかなり事細かに書かれているものでこれと実技を合わせて、徐々に学んでもらおうと考えたのだ。
「これですか?」
「そう。軽くでいいから読んでおいて……一応、口でも教えるけれど限界があるから」
そう言って、京介は再び準備に入る。
その横で京香は静かに本を読んでいた。
*
京介が営む本屋。
実はこの店、周りの店に比べて開店時間が遅い。
その根本的理由は前店主が早起きをできないからという非常に自分勝手な理由なのだが、お客さんもこれで納得しているのだから、いまさら早くすることもできない。というより、すっかり京介にもこの営業時間に合わせる習慣が身についていた。
そもそも京介がこの世界に来た時、この店の店主は別の人物であった。
京介は、倒れているところを偶然にもその人に見つけてもらいここに住まわせてもらっていたのだ。
そんな生活に転機が訪れたのは二年前。
ある日突然、店を頼むというメモを残して前店主は姿を消してしまったのだ。
以来、京介が一人で店を切り盛りしてきた。
だからこそ、京介としては一人増えたというより、元の人数に戻ったという感覚である。
「あの人、元気にしているかな……」
二年前のその日以来、まったく姿を見せない前店主を思い京介は空を仰いだ。
「京介さん?」
「あぁ京香か。どうかした?」
「いえ、ただ少しさみしそうな顔をしていたので……」
彼女は、人の心情に対して敏感なのだろうか?
心配そうな表情を浮かべている彼女に笑顔を見せて安心させようと努める。
「ちょっとな。ある人のことを思い出していたんだ」
「そうですか」
京香はその後もその人のことに聞いてくることはない。
それから、あわただしく準備をしているうちに店は開店時間を迎えた。