二冊目 少女は目を覚ました
京介が少女を見つけてからずいぶんと経つ。
気づけば、本は三冊目となっていて、外の雨も小康状態になっていた。
京介のすぐそばではいまだに少女が死んだように眠っている。
「おいおい……いい加減目覚めてくれ」
最初は放っておけば目覚めると考えていた京介であったが、ここまで目覚めないと少し心配になってくる。
手を取って脈を測る、息もちゃんとしているようなので今のところは問題ないかもしれないが、明日になっても目覚めないようなら少し遠くても医者の所に連れて行った方がいいのだろうか?
そんなことを考えていたとき、少女のまぶたがピクリと動いた。
「目覚めたか?」
京介が話しかけると少女は、首だけを動かして周りを見回した。
「ここは?」
「本屋だよ。お前がこの近くに倒れていたから連れてきたんだ」
おそらく聞かれるだろうから、先に状況を説明する。
「そう……えっと、その……私は誰?」
続いて、彼女の口から飛び出したのはお礼のことばではなくそんな言葉であった。
それも、当たり前のように聞いてきたのだ。
「それは……」
私は誰などと聞かれても赤の他人なのだから、答えようがない。
「えっと、残念ながらお前のことは知らないんだ」
「そう……あなたは?」
「綾間京介だ。本屋の店主をしている」
「そう。それで? 私は誰?」
いまいち会話がかみ合わない。
何があったのか知らないが、彼女は相当混乱しているようだ。
「まぁあれだ。もう少し冷静になったら……」
「違うの」
彼女は頭を抱えて、もう一度、違うの……とつぶやいた。
何がどう違うのだろうか? 京介にはまったくわからなかった。
「……私は誰? 誰なの? 私はどこから来たの? どこへ帰るの?」
ここにきて、京介は彼女がただ単に混乱しているわけではないと気づいた。
「おい、大丈夫か?」
京介が彼女を落ち着かせようと手を伸ばした。
「キャッごめんなさい。やめて、いや」
すると、今度は顔全体に恐怖の色を浮かべて後ろに下がる。
これは普通ではない。何があったのか知らないが、ただ事ではないのは京介でも理解できた。
「どうした? 大丈夫か?」
「ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……ゴメンナサイ……」
京介が声をかけるも彼女は膝を抱えてひたすら謝り続ける。
結局、彼女が落ち着いたのはそれから一時間ほど経った時だった。
*
「先ほどは取り乱してしまってすいませんでした」
少女がぺこりと頭を下げる。
彼女の目はまだ涙ぐんでいる。
「まぁいいよ。こっちも悪かったみたいだし……」
あれほどの拒絶反応をされるとさすがに罪悪感がわいてくる。
恐らく、京介が特別どうだとかではなくて、彼女をそうさせるほどのトラウマがあるのだろうが……
そんなことを根掘り葉掘り聞いても仕方ないので京介が聞きたかったことを聞くことにする。
そこからじっくりと彼女の事情を聴きだしていく。
しかし、京介が期待していたほどの情報は全くと言っていいほど引き出せなかった。
「私……記憶喪失みたいなんです……」
「……だろうね」
なんとなくであるが、途中からそんな気がしていた。
しかし、改めて本人の口から聞いたせいか、最後に彼女が発した言葉は京介の中でゆっくりと沈んでいった。