一冊目 京介は少女と出会った
ザーという音を立てて激しい雨が地面をたたきつけていた。
トリトマ半島のほぼ全域を領土とするトリトマ王国第二の都市ポートタウンは突然の雨に見舞われていた。そのため、街にはカバンなどを頭にのせて家路につく人や店の軒先で雨宿りをする人の姿がみられた。
この町に住む青年、綾間京介もまた、突然の雨に見舞われた一人である。
彼は、この世界の中でいえばいわゆる異世界人という部類に入る。そのため、黒い髪に黒い瞳という日本ではごく普通の容姿がこの世界の住民からいえば少々珍しく見えるらしい。
元々日本でどこにでもいるような普通の少年であった彼は、気づいたら見知らぬ街の中にいた。
この世界に来た時に目覚めた“物語”に直接介入する能力を持つ彼は、生活の糧を得るために“物語”が非常に重要な意味を持つ世界において本屋を営んでいた。
物語に介入すると一言で済ませているが、それは絶大な力を持っているといわざるを得ない。
一番、恐ろしい点として本の種類を問わないということだ。童話から小説、果ては歴史書まですべての本に書いてあるすべての物語に介入できるのだ。
だが、彼のその行いもまた無数に存在する人生という物語の一つなのである……
そう、たとえば雨に打たれ家路を急ぐ彼がいつもは通らない道で膝を抱えて雨に打たれている少女を見つけるのもまた、人生という題名の長い長い彼の人生の通過点に過ぎないのかもしれない。
*
京介が少女を見つけてから数分後、家に帰った京介は少女を自身のベッドにおろした。
「あぁ重かった……」
少女の目が覚めていたら間違いなく失礼にあたるだろう一言を吐いて、京介はソファーに腰掛けた。
最初、話しかけたときにビクッとおびえたような表情を浮かべた彼女は直後に何やら安堵の表情を浮かべてその場に崩れ落ちるように倒れこんでしまったのだ。
見知らぬ少女とはいえ雨が降りしきる中、気絶しているのを放置しておくわけにはいかないと家まで抱えてきた次第だ。
もっとも、この状況で目覚められたときになんて言われるかわからないが……
とりあえず、何枚かタオルを持ってきて彼女の体を包み込むように巻いた。
できれば、着替えさせたかったが残念ながらこの家には京介しか住んでおらず、仮に着替えさせている間に目覚められたりしたらあらぬ誤解を受ける危険性がある。
ここでよくあるラノベの主人公とかだと、別にやましい気持ちはない。ただの好意だとか自身に言い聞かせながら着替えさせて、女の子にぶっ飛ばされるなんて展開を期待されるのだろう。
しかし、ちょっとした事故で“異世界トリップしたところで”誰もある日突然、どこぞの主人公のようになれるわけではないのだ。
もう一つ、異世界トリップして、元の世界に戻ろうなんて考えるのは物語上よくあることなのだが、彼に関して言えば、“元の世界に戻ろうという気などさらさらない”のだ。むしろ、この世界に居続けたいとすら願っている。
そんな彼は今、読書に没頭していた。
もちろん、言語は日本語ではなくトリトマ語と呼ばれるトリトマ王国の公用語なのだが、偶然にも英語と似ているということが助かり、今となっては難なくトリトマ語で書かれた文章を読むことができるのだ。まぁそれ以前も本の内容を理解するだけだけならば、能力を上手く応用すれば苦労することはなかったのだが……
雨の勢いは先ほどより増しているのだろうか? 窓の外から聞こえる雨音はより大きくなる。
「……こんな日には読書に限るね」
京介は、窓の外に目をやりポツリとつぶやいた。
読んでいただきありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。