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幻影ノワール  作者: 黒死蝶ルナ
第一章 開演スカーレット
2/13

Episode1 日常の狭間から【5/25表紙追加】

挿絵(By みてみん)


「え、アークが……?」


 薄暗い室内で右手に携帯を握り、左手で壁の代わりに一面硝子張りになった大きな窓に手を付き古風な口調で問う"その人"は、寝巻きに頭にタオルを乗せただけの格好で、腰まで伸ばした、触れればとても柔らかそうなふわふわの白髪(はくはつ)から一つ、また一つと雫を落としては上質な絨毯に染みを作ってゆく。


 透き通った、滑らかな白い肌に深い青の眼光が映えていて人形にも見えてしまう美しさを持っている。



 そして窓の外、異国情緒溢れた摩天楼もまたその人の美しさを引き立てていた。



『某国の機械人形(からくり)に似た類いのものと認識して貰って結構だ』


「はは、凄いや。流石僕の塁兎だね!」


『凄い、か。そう言う貴様はどうなんだ?』


 携帯の向こうの声も同じく古風な口調だが、まだ声変わりしていない高めの少年の声である。

 しかしその声からは年頃の子供らしさは感じ取れず、唯単調に、無機質に言葉を紡いでゆく。



『貴様もその歳で既に色々とやっているではないか。例えば確かモノクロ何とかという……』


「……白黒電子(モノクロームエレクトロ)実験ね」


 和やかに訂正したが、その人は相手が白黒電子(モノクロームエレクトロ)という単語を発しかけた時に一瞬大きく心臓が脈打ち、びくりと身体を震わせた。


 ――何でよりにもよってそれを選んだのだろうか。


 もっと他にも僕は色々しているじゃないか、忘れたとか言ったら死ぬよ僕。


「理論上は完成に近づいているよ。……実際に上手く行くかは保証出来ないがね」


『随分曖昧だな。一年前の時と態度が正反対だ……』


 本人は悪気なく言った言葉だろうが、結構グサっとくる。


『まあ仕方あるまい。人間という生き物は失敗を知れば臆病になるからな。貴様にも人間らしい部分があるのだな』


「ははっ……ところでルナは? 今日は珍しく君からの電話だったが」


『マスターは今出張中だ。今日一日かけて開発本部に戻ってくるから、それまでの間報告などを俺が代行している』


 苦笑で済ませ話題を変えたが、彼は然して怪しんだりする素振りも見せず答えてくれる。


 ――この子に感情が無いのが救いかな。変に勘繰ったり深く追求したりしないし。


 しかし、感情が無いが故に人の触れて欲しくない深い所にずけずけ踏み込んでくる所もあるから一概に感情が無い事が良いとも言えない。






「……ますたー。ご飯作ったから早く食べてなの」


 突然の後ろからの服の裾をくいと軽く引かれる軽い衝撃に振り向くと、後ろで白い猫耳フードにピンクのエプロンを着た金髪の美少女が如何にも不機嫌そうに頬を膨らませて立っていた。


 ――確か彼女の髪は神山嬢の提案で金色にしたんだったか、とやけに悠長な考えが浮かぶ。



「まぁぁすぅぅたあぁぁぁぁあ‼︎ ごはんーー‼︎」


「うわああああ食べるさ!食べるから引っ張らないで!」


 その人の反応が遅かった事が不満なのか彼女は服が伸びるのもお構いなしに服を引き、初めの十倍はある大声で喚き出した。

 服伸びるから、本当。



『……猫娘か?』


 彼の声が何処となく億劫そうだった事からして、彼も彼女を怒らせた時の面倒さを知っているらしい。


「うん、ご飯食べてくる……後でかけ直すよ」


 取り敢えず、この子に従っておかないと後々面倒だからね。本当に。



『いや、今残りの報告事項を書類にまとめてメールで送るから必要ない』


「そうかい。何か悪いね」


「ごはんーーっ!」


「待っ、マリア君、ちょ……わあぁぁーー」


 その人は急いで通話を終了し、ぎゃあぎゃあ喚く少女に引き摺られながら強制的にダイニングルームへ送還された。









 二人が部屋を出ると同時に、薄暗い部屋に残された携帯の画面がメール受信の通知を表示する。

 言うまでもなく先程の彼からだろう。


 ――だが、奇妙な事にその携帯は操作する人間がいないにも関わらず勝手にメールボックスが開かれ、メールの一連の内容が流すようにスクロールされる中、ある人物の経歴が書かれた箇所でスクロールが止まる。


 ――霧島由梨愛(きりしまゆりあ) 私立黒死蝶学園高等部一年F組――



 添付された写真には、セーラー服姿の少女が学校らしき場所で笑顔で談笑している様が映っている。



『……盗撮は犯罪です。なんだぜ』


 誰もいない空虚な部屋に、機械染みたその声が響いた。





 * * *





 ――1月31日、午前8時22分――





「うーー……ギリギリ、かな?」


 高校一年生の霧島由梨愛は、殺風景な廊下を自身の教室へ向かって足早に進んでいた。

 無論、走ったら先生に叱られるのは言うまでも無いので早歩き、というレベルだが。


 一直線に廊下の奥まで進んで行けば、長い廊下の終着点に見える『一年F組』のプレート。


 遅刻ギリギリにも関わらず由梨愛は教室の前扉まで着くとぴたりと足を止め、他の教室より一際騒がしい自身の教室の話し声を伺う。

 楽しそうに談笑する声、ふざけ合う声、何やら喧嘩をしている声――



 ――今日も昨日と同じだ。同じ日々の延長戦。……下らない。


 平和という事は素晴らしい事なのだろうが、やはり何事も度を過ぎるとつまらなすぎて憤りすら湧いてきてしまう。




「――あーあ。世界が滅んだら、変わるのかな……っと。ついつい……」


 由梨愛はほぼ無意識に口から出してしまった言葉で、ハッと我に返る。


 ――こんな事を考えるなんて、相変わらず私は汚いね。


 自分で自分に嫌悪感を覚えた由梨愛は、眉をひそめながらも扉の取っ手に手を掛ける。

 しかし、取っ手に掛けたままの手に力を込めようとした所で由梨愛は一時停止する。


 その扉の窓部分が鏡の役目を果たし、由梨愛の姿を鮮明に映し出していた。


 ――セーラー服に真っ赤なベレー帽を被り、栗色のセミロングヘアの顔色の悪い少女。

 由梨愛の本来栗色である瞳は(カラス)の濡れ羽のように真っ黒で……光は無く、ビー玉のようだ。



「ははっ……」


 乾いた笑い声とほぼ同時に無表情だった顔は変に歪み、今度はまるで自嘲めいた表情の由梨愛が窓に映る。


 ――ああ、やっぱ嫌いだなぁ。

 だって……あんな気持ち悪いくらいに暗い顔、私らしくないでしょ?


 ――私は明るいだけが取り柄の女の子、霧島由梨愛ことゆりあん何だから。……明るくいないと、ね――




「ほらほら、皆のアイドルゆりあんちゃんにならないと〜〜っ」


 由梨愛は自分自身にそう言い聞かせると一旦目を閉じ、次の瞬間目を開いた由梨愛の顔は先程とは一転し、明るい笑みを浮かべていた。



 ――これで良し。


 準備OK、とばかりに由梨愛……ゆりあんは扉の取っ手に掛けっぱなしだった手に漸く力を込め、勢い良く引き戸式の扉を引いた。



「おっはよーー!」


 満面の笑みを貼り付け、この若干立て付けの悪い扉を元気良く開く所からゆりあんの長い、長い一日は始まるのだ。



 開け放った扉の向こう、一年F組の教室には既にほぼ全員の生徒が集まり、皆が思い思いの行動を取っていた。

 やり残した宿題を急いで済ます者や、やはり友達同士同じ話題で盛り上がる者、窓際でぼーっとする者。




「あ、ゆりあんおはよう」


「霧島はよーー……今日も遅刻ギリギリだな」


 その中で真っ先にゆりあんに気付いた二人の美少年がゆりあんに挨拶を返した。


 ――その内の一人である銀髪の少年が何故かゆりあんの席に座っていた事については敢えて突っ込まないでおこう。



 ゆりあんは既に席に着いていた二人に一層明るい笑みを向ける。普通に第三者から見れば年頃の乙女の可愛らしい笑顔だろう。しかし……



「来夢君、狂魔おっはよ〜〜‼︎ 今朝も仲良いね〜〜付き合っちゃえば?」



 ――ゆりあんはその可愛らしい笑みからは想像もつかない、爆弾発言を落とした。

 その言葉を受けた二人は時が止まったの如く一切の動きを止め、一部のとある界隈の女子達が此方に視線を向けている。




 ……三人の間に訪れる数秒の沈黙。




「……なーに言ってんの、馬鹿ゆりあん?」


永遠にすら感じられたその沈黙を破ったのは、小学生並みに小柄な少年、来夢であった。



「僕も狂魔も男の子だから付き合えないよ? とうとう頭が腐った?」


 来夢がその可愛らしい顔立ちに似合わない恐ろしいくらいに軽蔑した目でゆりあんを睨みつけるが、ゆりあんは来夢のそんな態度に気分を害する訳でもなく――盛大に吹き出した。



「ぶっ! あっははは! 冗談だっブフォア!! ひい、お腹痛……来夢君って純粋だね!!」


 ゲラゲラと腹を抱えて笑うゆりあんに来夢はポカンという効果音が今にも聞こえてきそうな間が抜けた表情を浮かべるが、暫くして馬鹿にされた事に気づいたのか顔が段々朱を帯びて行く。



「なっ……なななっ……‼︎」


 わなわなと拳を震わせてこそいるが来夢はただでさえ小さく、力もかなり弱い。ゆりあんにとって何の脅威にもなっていない。


 ――本当面白いなぁ。この子。


 期待通りの来夢の反応に、益々怒らせると分かっていても更にふざけて返したくなってしまう。



「あれれ、今日も信じちゃったの? ……来夢君、毎朝マジレスお疲れ様です。はい」


「うざい。ゆりあんの場合本気か冗談か分からないんだようざいそしてうざい」


 後半は真顔と静かな声のコラボレーションで言い切ると、来夢はさっきよりも凄みのある顔で拳を握り締める。

 これは彼が怒りが爆発する直前に見せる態度で、実際はその握り締めた拳は使わないのだが暴言が増える。まあやはり怖くは無いのだが。


 何故かって? それは、来夢がその辺の芸能人の女の子達よりも断然可愛らしい顔立ちをしているからだ。



 説明が少し遅れたが、この少々毒舌な黒髪の童顔美少年はゆりあんの友人の霊山来夢。


 ゆりあんとは中学からの付き合いだが、元々体が弱い彼はあまり学校には来れなかった。

 しかし高校に入ってからは僅かではあるが出席日数も増えてきて、ゆりあんとしては一人の友人として非常に喜ばしい限りだ。



「可愛い来夢きゅんにうざい合計三個頂きましたクソワロリッシュ」


「意味不明。日本語喋れベレー帽ショタコン腐女子」



 ゆりあんは来夢が自分の冗談に一々本気で返してくれる所が可愛くて、ついからかってしまうがショタコン……などではない。多分。


 来夢がショタコン腐女子と罵った所でゆりあんは心外だ、と言わんばかりの表情に切り替わる。


「ふ、腐女子はともかくショタコン?! 何を言いますか! 私は黒髪緑目で私服は着物の可愛すぎるショタの来夢君を愛でる隊を設立しようとしてるだけで――」


「脳外科と精神科の予約取ろう」


「いや……霧島はもう手遅れじゃねぇか? 末期だからな」


 来夢が一際冷たい声音で言い放った直後、それまでゆりあんを引いた顔で一瞥しながらも言い争いに口を挟んでこなかった銀髪の少年が口を開いた。

 そして『末期』という単語がゆりあんに深く突き刺さる。


「き、きき狂魔まで!? 何かグサっと来るんだけど!?」


「ざまぁみろよ」


 ゆりあんの席に無断で座り、腕を組んで嘲笑を浮かべるこの銀髪の長身美少年は柊狂魔。


 運動神経は良い方で、彼の望月に似た神々しくもある輝きを放つ黄金の瞳はいつも何処か物悲しい雰囲気を醸し出している。ゆりあんの目がそう見せているだけなのかもしれないが。


 来夢と狂魔、色々と(意味深)正反対な二人の共通点と言えば……ゆりあんに対して少し冷たい所と、両者共に女子達から支持されているという事くらいだ。世の中やはり顔か。

 そう考えるとゆりあんは何だか悲しくなってくる。


 ――あーはいはい。外見大事ですよねー、マジで。

 まあ私も初対面の時に来夢君に話しかけた理由が「可愛かったから」だしさ。


 でも顔だけで判断するのも駄目だと思うよ。と過去の自分に言い聞かせる。

 幾ら顔が可愛くてもその口から飛び出す辛辣な言葉の一つ一つを誰が想像できたろうか。

 まあ辛辣ショタに罵られるのも悪くはないけど……


 ――待て、これじゃ私はマゾじゃないか。


 違う違う、私はただのショタコンで腐女子で――ってうああ! これじゃ己の変態さを認めてるって事になるじゃん、もー!


 何を考えていても結局は自虐的な方向に行ってしまう自分の思考が本当に嫌になる。こんな脳味噌、誰が他の優秀な方の脳味噌と交換してしまいたい。


「ねえ、ゆりあん一人百面相してるけど頭大丈夫? 通報する?」


 自らの思考の中で格闘し、感情が全て顔に出てしまっていた事に漸く気がついたゆりあんはゆっくりと周りを見回した。


 クラスメイト達の白い目が、やけに突き刺さってくる。

 いや、私はこんな事を気にするような豆腐メンタルじゃない筈だ。



 ――こうなった時の対処法は一つなーのだー。



「……よし、全て無かった事にしよう。」


「「いや無理がある‼︎」」



 二人の声が見事にハモるが、ゆりあんは二人の言動は初めから何も聞こえなかったという事に勝手に脳内で変換したのであった。



「記憶リセット完了……」


「やりやがった、やりやがったぞ此奴。ははは……」


 髪をかき上げ、達観し切った態度で堂々と告げるゆりあんに狂魔は呆れを通り越して乾いた笑いが込み上げてくる。


「宿題も都合の悪い記憶もすぐに消せるなんて便利な脳だね……」




 ……



「……」


 ゆりあんは髪を掻き上げたままの体勢で固まる。その格好は少々滑稽だが、当の本人の中では葛藤が行われていた。


 来夢の皮肉たっぷりな言葉。



 いつもの事だし……というかいつもはもっと酷いし、今日はまだ優しい方だ。

 なので何とも思わないのだが……途轍もなく大事な何かを忘れている気がするのだ。


 一体何を忘れているのか。確か、来夢の言葉の冒頭――





 ――宿題(・・)




「アラマァァァァァァ‼︎」


「「うるせええええ‼︎」」


 ゆりあんは床に崩れ落ち、何故かクラウチングスタートの体勢になりながら声の限り叫んだと同時に来夢と狂魔のツッコミが見事にハモる。

 普段のゆりあんなら更に速攻で「二回もタイミング合うとか仲良いね」とツッコミを入れるだろうが、今の彼女は無言で唯両手で顔を覆い隠している。


 ――ガッデム。どうか夢であってくれ。



 ゆりあんは天を仰ぎ、悪い夢なら早く覚めて欲しいと願った。(実際は天井なのだが……)

 ――しかしこれは紛れもない事実(・・)真実(・・)なのだ。



「……宿題」


 教室の窓の外に広がる大空と同じくらい真っ青に染まった顔でその禁断の単語を呟く。


 へたり込んで絶叫した自分に対するクラスメイトや狂魔の白い目が相変わらず痛いが、そんなの今となってはどうだって良い。



「ま、まさか……」


 聡い来夢は既にゆりあんが叫んだ理由に勘付いたらしく、これから自身に起こるであろう悲劇を想定したのかゆりあんに負けず劣らず顔が真っ青に染まって行く。

 ――アレをする時が来たようだ……





 最早ゆりあんに躊躇など無かった。


 ゆりあんは軽い助走を付けて来夢と狂魔に駆け寄り、二人と自分との距離が一、二メートル程に差し掛かった辺りで勢い良く身を滑らせ――



「お願いします宿題見せて下さいいいっ‼︎」


 ――と叫びながら二人の足元0.5~1mのあたりに手元を持っていく感じで土下座のポーズを取ったのであった。



「うわあぁやっぱまた忘れたんだゲホッ‼︎」


「ぐわああ煙が目にっ……!! 俺の目がっ……目がああああッ!」


「狂魔地味に某大佐っぽいゴホガホッ‼︎」


 床とゆりあんの靴下が擦れ合うズッシャアァァという音が教室に轟き、その勢いから土埃がもうもうと巻き上がる。


 それと同時に手で口を抑えて激しく咳き込む来夢、厨二っぽい台詞を吐きながらこれまた厨二っぽいポーズで目を抑える狂魔。


 ――これがゆりあんの得意技の一つ、スライディング土下座である。



 ほぼ毎日宿題を忘れるゆりあんが先生からの怒りの鉄槌を逃れるが為、自分なりの最大限の誠意を込めて始めた技なのだがこれをやる度に男子二人は悶絶する。

 全く持って不甲斐ない男性陣だ。



「ちょっゲホッ、毎日これやられるのキツ……ゴッフォオオオッ‼︎」


 来夢が一際盛大にむせ返ったかと思うと、来夢の口に当てられていた両手の隙間から深紅の液体がドバッと溢れ出る。



「……来夢っ⁉︎ 来夢うううううううううううっ‼︎」


「来夢君アラマァァァァァァ‼︎」


 側にいたゆりあんと狂魔が真っ先に悲鳴を上げた。



 ゆりあんが脳で事態を理解し切る前に、支えを失った来夢の小さな身体はそのまま椅子から崩れ落ちかける。

 スライディング土下座のお陰で比較的来夢の近くにいるが、ゆりあんが手を伸ばしてももう間に合わないだろう。来夢の身体はゆっくり地に傾き――




「来夢っ!」


 来夢の身体が地に落ちる直前、狂魔がしっかりと来夢を抱き留める。


 途端に教室がざわつき出し、悲鳴も耳に届いた。

 とある腐海を彷徨う界隈の女子の輪の中から「狂魔×来夢万歳‼︎」などという戯言が聴こえたのはきっと気のせいに違いない。

 そうだ。うちのクラスの女子でそんな意味不明な事を言うのは私だけだ。ゆりあんは自らにそう言い聞かせた。



「おい来夢‼︎ 戻って来い‼︎」


 口の周りに鮮血の痕を残し、ぐったりとして動かない来夢に対し狂魔が必死になって呼びかけているが来夢の意識が戻る気配はない。

 ゆりあんは今までずっとスライディング土下座の体勢だった事に気付き、若干恥ずかしくなりながらもすぐに立ち上がって来夢に駆け寄った。





「ら、来夢君どうしたの⁉︎ 発作⁉︎」


 ……という白々しい科白を吐きながら。



「いやいやいやお前のせいだからな⁉︎」


「え? ワタシハナニモシラナイヨ?」


 すぐさま狂魔が物凄い形相でツッコミをかましてくるが、ゆりあんは棒読みで明後日の方を向く。


「誰かああ‼︎ 誰かこの悪女をどついて下さああい‼︎」


「冗談だって‼︎」


 狂魔が良い反応を返してくれるのでついしらばってくれてしまったが、ゆりあんのスライディング土下座からの来夢君吐血の一部始終を目撃していたクラスメイト達からそろそろ本当に突きが来そうだと言う事を教室内に漂う不穏な空気から察し、ゆりあんは真剣な顔つきに戻る。


 ――ええ、来夢が倒れた理由くらい存じているとも。

 事を起こした張本人が知らなかったら私はただの馬鹿だ。


 ――いや、待て。私は既に馬鹿だった。もう駄目だ。




 ゆりあんはその場に立ち竦んだままガックリと頭を垂れ、撃沈する。



「私はもう死ぬしかないのか……」


 いざ言葉として口に出してみると、また別の悲しさが込み上げて来て目頭が熱くなる。

 自分で言っておいて何故こんなにも悲しくなるのだろうか……



「え……霧島何で落ち込んでんの……? え……?」


 今の今までゆりあんと軽い言い争いをしていた狂魔からしてみれば、友人が倒れても尚ふざけ続ける馬鹿な女友達が急に落ち込んで「死ぬしかない」とほざいているのだ。混乱せずにはいられないだろう。


 彼女の中でどのような壮絶な葛藤があったのか彼には想像もつかない。……実際はこのような下らない葛藤なのだが。



「あの、二人共……来夢君が空気になってるよ?」


 そんなカオスな状況の中、一人の通りすがりの女子が勇気を振り絞っておずおずと二人に声をかけた。

 彼女により固まっていた二人はハッとし、教室にいるのが自分達だけではない事を再確認させられて現実に引き戻される。



「……」


 狂魔は「さて」と呟いて腕の中で意識を閉ざしたままの来夢を抱き上げたまま立ち上がる。


「……保健室に連れてってどうにかなるレベルかは分からねぇけど、一応連れてくからな。」


「う、うん」


 どうしてもシリアスな空気に持って行きたいのか、落ち着き払った声音で淡々と告げる狂魔。

 この状況では色々とまあ手遅れ感があるが、彼なりのシリアスなのだろう。


 例えそれがシリアルになりかけたとしても突っ込んだら可哀想だろう。


 素直にノってあげるのが人として、友人として正しい選択の筈。

 というかそもそもシリアルとは何だろうか。

 ゆりあんのすっからかんな頭はコーンフレーク程度しか思い当たる物がない。無念だ。



「霧島、お前は先生に今起こった事を伝えとけ」


「分かった。来たら伝えとくね!」


 ゆりあんは背筋をピンと伸ばし、ビシッと敬礼を決める。これが彼女の精一杯のシリアスだ。

 狂魔は来夢を抱き抱えた体制のまま本日何回目かの不信感を露わにした瞳をゆりあんに向ける。



「……一言一句違わずだぞ? 解ったな?」


「? うん」


 ゆりあんが「分かった」と名言しているのに、再度確認してくる所からしてゆりあんは相当信用されていない。何故だろうか。

 ゆりあんの脳味噌は本当に自分に都合が良いようにできている。なので自分が信用されていない理由が全く持って解せぬのである。


 ゆりあんが首を傾げた一瞬の間で狂魔はゆりあんの残念すぎる思考回路を察してくれたのか、哀れみとも取れる表情を浮かべたが、敢えてそれ以上は何も言わずに来夢をお姫様抱っこでゆりあんの前から去って行った。

 先程のとある腐海にお住まいの女子軍からまた「狂魔×来夢ー‼︎」「腐腐腐(ふふふ)っ……」などの黄色い声が上がるが、今度も何も聴こえなかった事にゆりあんは脳内で変換し、狂魔の後ろ姿を手を振りながら笑顔で見守った。





「おわっ……! っとと、悪りぃな本郷…….」


「……」


 狂魔が開け放たれた教室の扉の端から消えて見えなくなる間際、黒い()にぶつかりかけて一瞬よろけるが持ち前の身体能力ですぐに体勢を立て直す。



 ――本郷――



 その単語が発語された時、ゆりあん達の茶番劇からそれぞれの行動に戻ろうとしていたクラスメイト達が、その一言を機に皆一斉にその黒い()に視線を送った。



 ――二人と入れ替わりか。


 ゆりあんがちらりと教壇の真上に設置された古い振り子時計を見上げると、細い針は午前8時24分丁度を指し示していた。

 たったこれだけの情報量でゆりあんは誰が来たのか確信する。


 この後は恐らくクラスメイト達の中から「また()が遅刻ギリギリにきた」などと聴こえるのだろう。


 三、二、一……



「本郷来たよ……」


「また遅刻ギリギリ……」


 カウントダウンもピッタリだ。


 頭の悪い私でもたったの一秒とかからずに推測できたのだ、これは只事では無いだろう。


 ――何だか自虐めいた言葉になってしまったが、こんな私でも分かる程決まっていつもこの時間帯に()は登校してくるのだ。



 ゆりあんが先程から連呼している()とは、無言で自分の席へ進んで行こうとしているこの少年、本郷塁兎(ほんごうるいと)の事だ。

 制服のシャツの上に校則違反の黒いフード付きのパーカーを深く被り、フードの隙間から赤いメッシュを何房か入れた黒髪を覗かせ、パーカーに隠れてその表情は全く伺えない。



「おはよ、塁兎君!」


 あの騒動(ゆりあんが全ての元凶だが)から僅か数秒ですっかり普段通りに復活したゆりあんはお決まりの笑みを顔に貼り付けて塁兎に駆け寄ると、腕を後ろ手に組みながら塁兎の顔を覗き込む。


 ――よし、私完璧。この調子でムードメーカーな美少女キャラを確立せねば。



「……」


 しかし、目の前で中身はアレだが仮にも美少女であるゆりあんがにっこり営業スマイルで挨拶しているにも関わらず、塁兎はゆりあんにほんの一瞬目線を送った後すぐに無言で通り過ぎて行った。


 ――今日も素っ気ないね〜。


 せめて少しは動じてよ。やめて、私の女子力が低い事を思い知らせないで。


 笑顔の裏で軽く泣きたくなって来たが、人が多い教室で泣ける筈もなく。



「ゆ、ゆりあんちゃん大丈夫⁉︎」


「彼奴に関わっちゃ駄目だよ‼︎」


 塁兎が自分の席に着き、ヘッドフォンを装着して机に突っ伏したのを見計らってわらわら集まった女子達にあっという間に囲まれるゆりあん。

 この輪は皆、ゆりあんを心配してくれての行動だろう。流石の人脈だ。



 ――だが、由梨愛(・・・)にとってそれはうっとおしく邪魔な行為しか無く、手っ取り早く追っ払うか無視するかしたいのだが――

 皆のアイドルゆりあんちゃんはそんな無粋な真似はしない。



「私は全然大丈夫だよ!」


 そう言って、ゆりあんはにっこりと笑みを作り直す。


 ゆりあんのモットーはポジティブ。

 狂魔や来夢とも仲良くなるのに結構な時間はかかったし……その事はまた今度語るとして、こういうのには慣れっこだ。


 ――きっと彼とも仲良くなれる。


 何て言ったって私はミラクルプリティーアイドルゆりあんぬ☆だしねっ。



「本当ゆりあんお人好しなんだから……」


「でも良くあんな怖い人に近付けるよね」


「てか本郷ってさあ……」


 ゆりあん自身かなりの確信を持って告げたのだが、周りは皆呆れたような顔をするばかり。


 ――信じていないなこれは。酷いなぁ……


 多少憤然とする所はあったが、そんな事よりも――――誰かの言った〝怖い人〟という単語が頭に引っかかり、後の会話は何一つとしてゆりあんの頭に入っては来なかった。





 怖い人。


 それはきっとあの服装にメッシュとか、赤い瞳が関係しているのだろう。

 あれがカラコンなのかまたは別のものなのかはゆりあんには分かり兼ねるが、確かに高校生にしては異質な容姿。



 ――うーん、怖い人かあ……私にはそうは思えないや。


 何と無く思ったその一言に確信などはない、ただ彼女の第六感がそう告げているのだ。


 そう、イケメンに悪い人などいない。……あれ、これってやっぱ偏見?



 普段、ゆりあんが笑顔で明るくしてさえいれば皆も心を開いてくれる。

 ――今までがずっとそうだった。



 しかし、塁兎だけは例外。


 誰に対しても無表情、無口。人と話している所なんて見た事も無いし、授業中はずっとイヤホンを付けるか携帯を弄っているかだ。


 それでいて成績は常に学年トップ。

 宿題はともかくとして、授業は比較的真面目に受けているゆりあんの成績が大惨事なのに対してこれはどういう事だ。


 ゆりあんの知っている限りでは来夢もそれこそ自分とは比べ物にならない次元のレベルで成績は良いが、その来夢すら上回る好成績なのだ。


 ――クラスメイト達が(こぞ)って目の敵にするのも無理はない、かなぁ……単なる敵対心なのか?



 本郷君って、敵を作りやすいタイプだよね。



「――本郷君さ、あの格好先生に何回注意されてもやめないよね」


 誰かがぽつりと呟いたその言葉に、ゆりあんの周りの友人達が次々と堰を切ったように語り始める。



「まあでもかっこい……じゃなくて、何で学校に着てくる訳?」


「本当本当! 黒パーカー嫌いじゃないというかむしろ目の保よ……ゲフンゲフン」


 おい待て。今目の保養とか何とか聞こえたぞ貴様ら……さてはパーカーの奥の塁兎きゅんの素顔を……!?


 ――って違う。一々突っ込んでてどうする。


 よく見てみると、目の保養とか何とか抜かしていた女子は先程来夢×狂魔がどうのとか言ってた奴らだ。フザケンナ。


 腐女子達は放置して、他の会話にも耳を傾けてみよう……



「本郷さぁ、いつも遅刻ギリギリに来るの他校の不良と喧嘩してるからって噂もあるよ」


「えー、怖っ……」


「見るからにしてそうだもんね〜」


 んな訳あるかい。


 確かに前包帯ぐるぐるで登校してきた時もあったけど、それは流石に超ウルトラジェットストリームナイナーイ。




 何でそんな嘘か本当か定かじゃない話題で盛り上がれるんだか。

 ただ悪口を言いたいだけとかだったら此奴ら人間以下、単なるクズだ。

 文句あるなら本人に面と向かって言えよ。コソコソと面倒臭い奴らだな……


 まあ、本人にはっきり言えないからそうやってコソコソ噂するんだろうけどさ。


 ――そういうのさ、マジでムカつくんだよね。



「ゆりあんもそう思うでしょ?」


 一人の女子が行き場のない憤りで思考が埋め尽くされているゆりあんにそう尋ねる。


 何故私に同意を求めるのだろう。私の意見など聞かずとも良いではないか。

 と言いたいのを堪え、ゆりあんは自覚できる程の無理矢理な笑顔を貼り付けた。



「んー、どうかなぁ?」


 つくづくこの天然キャラは便利だ。

否定もせず、肯定もせず。はぐらかしても誰も文句を言わない。



「もーいっつもそうなんだから……」


「えへへっ」


 表……ゆりあんではニコニコと微笑みながらも、裏……由梨愛ではクラスメイト達からぽつぽつと溢れる陰口に心の中でズバズバ一刀両断する。



 ゆりあんにとって来夢と狂魔がいないこの場所はただのゴミの掃き溜めだ。

 もう爆発でも何でも、勝手にしてくれて構わないよ。

 ……集団で陰口を言いあって仲間ごっこするような塵芥要らないから。



 狂魔も、来夢も……このクラスの連中が人の悪口ばかり言う奴らと知ったらどうするのだろう?


 真面な会話すらした事のない人間の事など、気にかけないのが普通。

……だが、あの二人ならきっと彼に手を差し伸べる。



 偽善者とは違う。助けを求められなくても助けに行く。そういう子達だ。

 だから、あの二人は結構信頼していたりもする。


 それに、ゆりあん自身も塁兎の事を別段深く知っている訳でもないのに何故か気になる。

 何故だか分からないが、彼を放っておけないのだ。


 どうしても、ゆりあんも……ゆりあんの中に隠れてしまった由梨愛も、彼を悪い人とは思えなかった。

 


 ――だって。


 深い赤の目とか、無愛想な所とか、いつも周りから一歩身を引いたラインに立っている所とか……



「昔飼ってたうさぎに似てるんだよね……」


「え、動物好きなの?」


 恐らく条件反射で聞き返してきたでろう女子は先程無意味に同意を求めてきた女子。


 ――二人がいなくてからかう相手もいないし、この子で良いや。


 ゆりあんは明らかに悪意の篭った醜悪な笑みを浮かべる。


「うん小動物好きだよ。特に来夢君というショタが。可愛いすぎる弟にしたいぎゅーぎゅーしたいなでなでしたい愛でたいちょっと虐めたら涙目になられたいお菓子とかあげて喜んでる所をはすはすしてドン引かれたい」


「良く分からないけどゆりあんの頭が危ないのは分かった。じゃあね‼︎」


 素敵な笑顔で来夢君への感情を一気にまくし立てると、相手は引き攣って滑稽極まりない笑みを浮かべて去って行った。

 勿論ゆりあんは携帯のカメラ機能で盗撮した。傑作だ、永久保存確定。


 ――変態と思われるのは癪だが本音だし仕方な……あれ、私は素で変態なのか?



「本郷君授業受けなくても勉強出来るのにね〜」


「俺も塾で結構進んだ所やってるけど……やっぱ天才は違うよな。学校来なくて良いのに」


 ――あらら、まだ続いてたの。


 いつ終わるとも知れぬ悪口大会に流石のゆりあんの笑顔も更にぎこちなく、お粗末な状態になっている。

 クラスメイト達は噂話に夢中でゆりあんの表情の変化など気付きもしていないが。それだけは救いだ。


 しかし、ゆりあんの拳を握り締める手の力は徐々に強くなり続けている。




「……あれ?ゆりあんどうし――」



 キーンコーン……


 流石に近くにいたクラスメイトがゆりあんの異変に気付いた時、始業の鐘が鳴り響く。


「あ、やば席戻らねーと」


「先生来ちゃう!」


 ナイスなタイミングで鳴ってくれたチャイムのお陰で皆ドタバタと自分の席に戻って行った為、深く追求されずに済んだ。

 間一髪とやらだろう。


 ゆりあんも席に戻っていくクラスメイト達の中に上手い事紛れ、席に戻る事に成功した。

 つくづくこういう時の自分の運の良さに感謝する。



「おっすお前らおはよう‼︎」


 チャイムが鳴ってものの数秒、ハゲかけた頭が特徴的な先生、通称バーコード先生が出席簿を抱えて教室に入ってきた。

 先生、今日も見事なまでの二頭身ですね。……そして。



「たでーまー。来夢は安静にしてりゃ大丈夫だとよ」


 狂魔が眠たそうに大欠伸をかましながら、先生の後に続くようにして教室に入ってきた。


 ――つまらない日常の一ページ目はまだ始まったばかりだと思うと反吐が出そうになるが、狂魔の持ってきた良い報せのお陰で少し頑張ってみようかと思えた。



 来夢も心配かけないでよね。早く戻ってきてよ。


 自分の仕打ちを棚に上げて胸の内でこっそり祈る。

 性格が悪くて二重人格な彼女でも心配くらいはする。一応相手は友達だし……






   * * *



「たーらたらったたらったた♪ たららーらららーらーたらららら〜♪」


「何でテンション高いんですか。後そのメロディカゲ○○デ○ズですよね?」


「はぐちゃんアウトだよそれ」


 都会の中心部の高速道路を走る、端から見れば何の変哲もないただのトラック。


 しかし、このトラックの内部はルナ博士が造り出した空間膨張装置のお陰でゆうに研究所丸々一個分が収まる広さの空間が存在している事は限られた人間しか知らない。


 ――ルナ博士と助手の神山はぐが駄弁っているのはそんな特設移動研究所の一室である。



「分かってないなーはぐは……歌でも歌ってないとやってられんわ」


「じゃあ仕事して下さいよ博士」


 昨日買い溜めしておいた柿の種の袋も既に全て空になり、ルナ博士の趣味であるオンラインのネトゲの掲示板でキチガイスレッドを立てようにも今の時間ログインしている人は少ないから偽善者や荒らしのマジレスしか来ないだろう。

 うわあ、なんと面倒臭い事でしょう!



「あー暇だわ……」


「じゃあ仕事して下さいよ博士」


「はぐの台詞がさっきのコピペだ……」


「誰のせいだと思っていらっしゃるんですか。仕事をなさい!」


 いよいよする事が無くなり、可動域の広い背凭れの椅子に思いっきりに凭れかかるルナ博士に目の前の席で雑務をこなす綺麗な金髪の助手がぴしゃりと言い放つ。



「あうう……でもはぐ……」


「でもじゃありません‼︎」


 ルナ博士が無駄な抵抗を試みるも、科学者の助手らしからぬ派手な赤いライダージャケット姿の美少女は先程よりも声を張り上げてすぐに一刀両断する。



「全く、いつもそうですけどいつまで仕事をサボっていれば気が済むんですか⁉︎」


「来世まで」


「即答すんな半ニート‼︎ 博士は働いたら負けとか仰いますけどね、働かないなら何をされるんです⁈」


 分かっている。分かってはいるが、もう少し優しく言ってくれても良いのでは無いか……

 だが彼女の言う事は余りにも正論過ぎて、ルナ博士は肩を竦め「だってさ……」「でも……」などという子供のような駄々をこねるしか無かった。


 ――はぐは確かに美少女という文字通り容姿も美しく、十八歳という若さでルナ博士の一番弟子兼助手として殆どの仕事を任されている実力者なのだが……少しばかり性格がキツい。

 しかし彼女の地位的にこれ程厳格で無ければその重責は担えないので何とも言えない。



「博士はですね、もう少し周りの事を考えて下さい‼︎ いつも気分で行動を変えられては此方も迷惑で――」


 ああ、はぐのお説教が始まった。

これは然程珍しい出来事ではなく、日常茶飯事なので研究所内部の人間も止めたりはしない。


 ルナ博士も四の五の言わずにとっとと仕事をすれば良い話なのだが、彼女は面倒臭がりと無気力の究極系とも言える性格で将来の夢は自宅警備員という塵芥以下の思考回路の残念娘だ。


 既に現在進行形で半分引き籠って某動画サイトで楽曲達を鑑賞批評したり二次元世界に住む方法の研究をしたり……ある意味現実逃避の天才でもある。



「あーー……二次元行きたいゲームしたい……」


「いや話聞きなさいよ」


「嫌ですって痛ぁっ‼︎」


 ルナ博士は机に突っ伏して、支離滅裂な発言をかますがはぐのチョップという制裁を受ける。


「はいはい自業自得、因果応報って奴ですね。第一博士が何でもかんでも依頼をホイホイ受けてくるから仕事が増えるんですよ。何ですか、仕事したくないのに自分で仕事増やすって自分を追い込むのが好きなマゾですかそれともただの阿呆ですか」


 仕方ないではないか、私は頼まれた事を断れない性格で、尚且つゲームがないと死んでしまうと言っても過言ではない程繊細なんだ。


 ん……ゲーム……?



「……それだ」


「はい? それとはどれですか?」


 はぐがお説教を遮られた事に驚いた素振りを見せるも、すぐにイライラした調子に戻り尋ね返してくる。 それでもはぐは仕事の手を止めない事からして博士は実に優秀な助手を持ったと言えよう。




 ――さて、此処で一つ説明しておく事がある。彼女、ルナ博士は天才的な科学者。

 天才とは常人とは違う感覚を持っているが為、常人には理解し難い行動を取るのでただの変人や馬鹿と区別が付かない。


 ……だが、天才という生き物が変人や馬鹿と決定的に違う部分。それが博士の場合たまに――頭があり得ないくらいに冴え渡ってしまうと言う事。




「……あれはどうなった?」


「先程から何の話をしてるんですか?」


 はぐは訝しげに眉を寄せるが、博士の冴え渡った脳はその間にも勝手に思考を巡らせてくれ、この一瞬で博士はもう核心に迫りつつあった。


「一応確認の為にな……一年前の白黒電子(モノクロームエレクトロ)実験だ」


 はぐはぴた、とこれまで一度たりとも止める事の無かった仕事の手を止めた。片手間に聞く話ではないと察したのだろう。



「な……何故今更あの話を」


 強気を保とうとしたのだろうが、かなり声が震えている。先程と大分違った態度だ。それもそう、あの実験は……




「失敗、したんだっけな」


「……いいえ、半分は成功しています」


 博士の一言に直様訂正を入れたはぐの瞳は揺らぎ、額には薄っすらと汗が滲んでいる。もう博士の言いたい事が理解出来ている様子だ。



「へえ。でさ……」


博士が次の一言を言うまでの三秒間の間。はぐにはやけに長く、静かに感じられた三秒間であった。




「黒猫君は……どうなったの?」






狂魔「何だよ、一話は大改稿の前とあんま内容変わんねーじゃんか」


駄作者「良いじゃん。君これから暫く出番無いし」


狂魔「エッ」

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