うぇるかむ~で撃沈
不思議の世界最北の国黒兎の国。
周辺諸国からは魔王国と呼ばれるその国には魔物が跋扈し、残虐を好む魔王が治めているらしい――――
「って、俺は聞いたんだが?」
アレックスの言葉に、レンは無言を貫いた。リリアーナはそれに気付かず、シェルに限っては無視して『うぇるかむ~』と書かれた看板を持つファンシーな2足歩行の白い兎に近付くと、割引券と書かれた5枚の紙を取り出した。
「大人4枚子ども1枚」
「大人1人2'500ネルネルが4枚と子竜ちゃん1人(?)1'250ネルネルが1枚、それが2割引きで入国料は9'000ネルネルだぴょん! ちなみに観光マップは1冊30ネルネルだぴょん☆」
「アレックス、払って。観光マップの分も」
「…………」
不遜に言い放つシェルの態度に慣れ切ってしまっている自分が怖い。アレックスは財布を取り出した。
魔王国の入口である関門に訪れた一行は緊張の面持ちで門を潜ろうとしてシェルに止められたのだ。
「何をしているの? 入国料を払わないと」
「入国料?」
「ここも立派な一国だもの。無法入国は違反よ」
「そうなのか」
「そうよ。だから受付でチケット買わないと」
「……チケット?」
ほらとシェルの指差した先。色取り取りの風船を持った2足歩行の愛嬌ある兎の姿とチケット売り場と書かれた小さな小屋に、一同は呆然としたのだった。
「入国料というよりも入園料だな」
「言い得て妙ね」
レンの評価にシェルは薄く笑う。
「アレックス、私から買った情報はちゃんと持って来ているわね?」
「ああ」
「25'000ネルネルのカードを広げてご覧なさい。この国の地図よ」
アレックスは星空の描かれたカードを取り出す。途端に青い光を放ち、カードは1枚の地図に変わった。
「一応出回っているものよりも詳しいものを作ったのだけれど、どうかしら」
その地図には、何処にどんな店があるか、どんな種族が住んでいるのか、詳しく記されていた。観光マップより遥かにわかりやすい。
「なのに何故、観光マップを買われましたの?」
「現地民の方が実際に口にする分、本当に美味しいお店を知っているからよ」
胸を張るシェルと竜を見て、レンはアレックスを振り返った。
「シェルは食べることしか興味がないのか?」
「俺に訊かないでくれ……」
そういえばと、リリアーナはちょこんと首を傾げた。シェルの肩の上に乗っている小さな竜を見つめる。
「この竜はまだ子どもでしたのね。お名前は何ですの?」
「あら、言ってなかったかしら? アウラよ。私が卵から孵したの。女の子よ」
「きゅっ」
アウラはぱたぱたと翼を羽ばたかせる。
自由自在に大きさを変えるこの竜は育て親であるシェルにとてもよく懐いている。アレックスもシェルを手伝ってアウラを育てていたため、彼女は彼にも懐いていた。毎日のように地道に遊んであげたお蔭である。
「今日はこれからどうする? 近くの街まで行って宿を取る? 先に進む? それともウサブタを捕まえに行く?」
「魔王討伐前にウサブタを捕まえたら即帰られそうだ……」
シェルは視線を逸らした。どうやら図星だったらしい。
肩を落とすアレックスに、レンは右手を上げて提案した。
「とにかく、先に街で宿を取らないか? この国を実際に見ての情報が欲しい」
「それもそうね。私も実際にこの国に来たのは初めてだから」
「だったら、この道を北東に真っ直ぐに行って半日の所の『ぷにぷに亭』がオススメだぴょん」
兎が毛で覆われたふさふさの手で指差す。
「今日の夕食はハニーミルクのふわふわオムレツだぴょん! ちなみにデザートは悪戯ベリーのタルトだぴょん♡」
「あら、いいわね」
「では、今日の宿は『ぷにぷに亭』になさいますの?」
リリアーナは思案するアレックスに尋ねた。
一応この旅のリーダーは勇者であるアレックスである。いくらシェルが魔王を放置してウサブタ捕獲に行こうと言ってもそれが実現されないのは、彼が仮にも一応多分恐らく彼女の雇い主であるからだ。その地位が限りなく怪しいが、確かに雇い主なのである。
シェルは碧い瞳でアレックスを見上げる。オムレツとタルトが食べたいと、何よりも雄弁にその目が語っていた。
「……『ぷにぷに亭』がいいの?」
「ええ!」
「ハニーミルクのふわふわオムレツと悪戯ベリーのタルト食べたい?」
「もちろん!」
「……じゃあ、今日の宿はそこにするか」
「今この瞬間だけは愛してるわアレックス!」
喜んでいいのかどうかわからない台詞に微妙な顔をするアレックスだったが、無邪気に抱き着いてくる彼女は心から嬉しそうだ。まあいいかと思い直す。
すぐ傍にある柔らかな四肢。彼女の背に手を回しかけたアレックスだが、その瞬間シェルはぱっと飛び退く。突然のことに、手は何にも触れることなく空を切った。勇者として武功を上げている自分が反応できなかった。
「…………」
「アレックス様……」
普段のアレックスの苦悩を知るレンだけでなく、普段のほほんとしているリリアーナまで痛ましげな眼差しを勇者と呼ばれる青年に送る。
わざとなのか、それともただ単に気付いていないのか。シェルは意気揚々と宣う。
「そうと決まれば早速行くわよ!」
「きゅっ!」
翼を広げたアウラの姿が大きくなる。一瞬にして人を乗せることのできる大きさになった竜を、リリアーナとレンは呆然と見上げた。
玉を打ち合わせるような美しい声で鳴く竜の背にシェルは飛び乗る。早く早くと。碧い瞳が輝いていた。
「……行こうか」
「まだ先は長いぞ、アレックス」
「そうですわ! 頑張ってくださいませ!」
仲間の激励に、アレックスは力なく笑った。
シェルの食い意地が張ってきました……
ヒロインなのに。美少女なのに。女神なのに。
レンとリリアーナはどっちかっていうとアレックスの味方です。
でないと救われないと思ってみたり。