33F☆王の間
シェルの師匠は、少々、いやかなり変わった人物だった。
『よう! 餓鬼共は今日も元気だなぁ!』
神出鬼没と言う言葉がこの上なく似合う男で、いつも飄々と笑いながら何処からとなく現れた。
皆からクリスと呼ばれていた彼は、どちらかというと長身痩躯で端正な面差しをしていた。無造作に着崩していて、肩ほどの漆黒の髪を風に遊ばせていた記憶がある。言動は少々粗野だったが、それさえも彼の魅力を引き立てているような男だった。
その上剣の腕も魔法の才もなかなかのもので、年頃の娘は勿論のこと、子どもから大人に至るまで、男女を問わず信頼と人気を集めていた。
家が隣であったアレックスは道場に通う傍ら、毎日彼の許を訪ねて手合わせを願ったものだ。
誰も知らないことを知っていたり、ある日突然シェルを連れて来て「これ、今日から俺の娘な」と宣うなど、色々と突拍子もないところもあったが、セントラルの住民は皆、彼のことを好いていた。
「いや……『ちょっと王様になって来るわ』って言って3年くらい前に『楽園』を出てたのは知ってるけど……え、あれ本当のことだったのか?」
「彼は基本、嘘は吐かないわ」
ただの冗談だと思っていた。散歩にでも行くような気楽さで放たれた言葉を、アレックスは脳内で再生するが、どうしても一国の王になるような台詞ではなかった筈だ。その少し前に生まれたアウラを見て、「可愛い、俺もドラゴンが欲しい」と言っていたら、てっきりドラゴンを従えに行っただけだと思っていた。
「いや、そんな軽さで普通はドラゴンに遭遇したいとか思わない」
「アレックス様とシェル様の言動の数々は、そのお師匠様の影響を受けていらっしゃるのですね」
しみじみと頷くレンとリリアーナに、アウラとレムは首を傾げる。
「ちなみに、お前は彼のフルネームを覚えているかしら?」
シェルの言葉に、はっと過去の記憶が甦る。
旅立つ日の朝、彼はあまり公にしてこなかった名前を教えてくれた。忘れたことはない、眩い朝日を受けて、これが最後になるかもしれないからと彼が名乗った名前。
「クリスティン・ロイ・ラビット……」
『K.Rabbit』の文字が嫌でも思い出される。何で今まで気が付かなかったんだ、アレックスは頭を抱えて悶絶した。
「奴もそろそろ痺れを切らし始めたから、中に入れ」
「わかった」
重々しい音を立てて、漆黒の扉が開かれる。
扉の向こうに広がる王の間はやはり天井が高く、比較的暗い印象のものおどろおどろしい雰囲気だった。扉から玉座まではかなり距離があり、一直線に真紅の絨毯が敷かれていて、護衛等の影は認められない。魔法の光だけが灯る中、勇者一行はユートに先導されて真紅の絨毯の上を進む。
「————よく来たな、勇者たちよ」
玉座から響く、低く冷たい床の上を這う声に、一同は足を停める。
見上げた先、周りより数段高くなっている兎を模した玉座。漆黒のマントを纏い、装飾の煌びやかな白い兎の仮面を身に着けた魔王は長い足を組み、悠々自適に座っていた。
「吾輩こそが————」
「クリスなんだろう? 何でそんな仮面をつけてるんだ?」
「……アレックスよ、雰囲気って大事なんだぜ?」
高らかに名乗り上げようとしていた彼は、踏ん反り返った姿のまま肩を落とした。はぁ~と溜息を吐く彼を、シェルは初対面であるリリアーナとレンに紹介する。
「彼が私の師で黒兎国の王、クリスティン・ロイ・ラビットよ」
「彼だなんて、なんて他人行儀な……! せめて、せめてっ! お父さんと呼んでくれ……っ!」
「お前は何時からシェルの父親になったんだよ」
「私が『不思議の世界』に来た時点で、既にそのようなことを嘯いていたわ」
「まだ26の癖に」
ユートとシェルの冷ややかな突っ込みに、魔王————基、クリスティンはさめざめと玉座に縋り付いて嘆く。
「ふたりとも、昔はお父さんお父さんと可愛かったのに……!」
「それは一体、何時の話かしら……?」
「そもそも俺がクリスに初めて会ったのは、俺が11の時だったぞ。兄ならまだしも、18の父親とか嫌だ」
「私が初めて会ったのは7歳の時だから、17歳ね」
どうやっても歳の離れた兄弟か兄妹にならない事実に、クリスティンはしれっと言った。
「お兄ちゃんでも別に良かったんだが、その頃知り合いの既婚者に娘の可愛らしさを切々と訴えられて娘が欲しくなったんだ。奥さん探すのも面倒だし、子どもってできるまで時間かかるし、ちょうどいいところにシェルがいたから、どうせ俺が面倒見ないといけないし、娘にしちゃえと思って」
だから、お父さんなんだ。何がどうなってお父さんなのかよくわからなかったが、リリアーナとレンは取り敢えず名乗ることにした。仲間の師に対して、敬意を払うことにする。
クリスティンは「礼儀正しいお友達ができて、お父さんは嬉しいよ」などとほざいて、シェルに黙殺されたが。
「一応33Fに着いてゴールなわけだが、面倒だからどうでもいいんじゃねえかと思わんでもないが、一応魔王討伐に来たらしいから決闘でもするか?」
「しないという選択肢があるのか?」
寧ろ聞き返すと、クリスティンは何言ってるんだこいつと言わんばかりに首を傾げた。アレックスも何か不審さを覚えて首を傾げる。
「そもそも、何で『楽園』に宣戦布告なんてしたんだ?」
「宣戦布告をした覚えなんぞないが、お前を呼び出すのに都合がいいかと思って。いい加減3年近くも留守にしてるし、生存報告でもしようかと。あと可愛い娘と孫の顔が見たかった」
「では、何時でもよかったのでは? 何故挑戦期間をわざわざ満月からになさったのですか?」
「……東国『ジパング』では、月に兎がいると信じられているらしい。満月には『お月見』と称して、兎を称える宴を開くとか開かないとか」
「流石に称えはしないわ」
この国は、何処まで兎を中心に回っているのか。シェルが冷ややかに突っ込んでも、クリスティンは堪えた様子がない。
暫くリリアーナとレンの様子を窺っていたクリスティンは溜息を吐いた。シェルの師とはいえ、魔王である彼に対して少なからず警戒していたふたりに、肩を竦める。
「やっぱり、『楽園』の奴らちゃんと親書を読んでないだろ」
「……どういう意味ですの?」
「リリアーナ姫は内容を見てないのか?」
リリアーナが頷くと、クリスティンは何処からとなく月刊PARADISEを取り出した。ちょうど防衛大臣が魔王からの挑戦状のことについて発表した日付のものである。
広げられた書面の、彼の指差す記事を、一同は覗き込んだ。
【楽園の危機、魔王からの宣戦布告!?
先日魔王国より我が国楽園に一通の封筒が届いた。
今朝の会見での防衛大臣によると、
「『楽園』の北に位置する魔王国より挑戦状が届いた。
次の満月より魔王国の入り口である門を開き、挑戦者を募る。
なお挑戦者がいなかった場合、魔王軍が人間の国に侵攻する」
とのことだ。
これを憂いた王は勇者アレックスを城に召喚し、魔王退治を依頼。
彼は快くこれを引き受けたという】
「何度見てもこれしか書いてないしな。ここで何故アレックスが俺を討伐する話になるんだ?」
「クリスが人間の国に侵攻するって書いて送ったからだろ?」
「確かにそう書いて送った。だがそれが全てではない」
「————そう言えばお前、親書送る前に檸檬電池作ってたな」
ふと思い出したようにユートがそう言った。きょとんと首を傾げたリリアーナは、迷わずシェルに尋ねる。
「檸檬電池とは何ですの?」
「電解質の液体とアルミニウムや銅といったイオン化傾向の異なる金属を利用すると、電流が生じるの。結局酸と塩基の問題だから、檸檬果汁のような液体は電解質の代わりとなり、檸檬電池といわれるのだけれど、蜜柑でも代替可能よ。教科書等では————」
「で、デンカイシツ? イオンカ、ケイコウ?」
「…………今度、家で実物を見せてあげるわ」
聞き慣れない言葉に頭を悩ませるリリアーナに、シェルは言葉を濁らせた。碧い瞳を泳がせる。
その間にもユートはクリスティンに詰め寄っていた。
「もしかして、親書を檸檬果汁で書いたとか言わないだろうな?」
「もしかしなくとも書いた。『ラビット☆パークin魔王城に遊びに来てね☆ 来ないと出張テーマパークを引き連れて遊びに行くよ(・×・)』ってふき出し付けたぷりてぃーな兎を描いてみた」
「阿呆か貴様っ!」
クリスティンの胸倉を掴みあげたユートの剣幕に気圧されつつ、アレックスはシェルに尋ねる。
「……どういう意味なんだ?」
「炙り出しといって、檸檬果汁等で紙に何か書いても何も見えないけれど、火で炙ると文字や絵が現れるの」
「そう言えば……お父様が何も書かれていない紙が入っていて、これは何の意味があるのかと考えておいででした。戻ったら炙り出してみましょう」
そもそも親書に兎を描く王はどうなんだろう。だから絞め上げられている魔王を擁護する言葉を、誰も言えなかった。
「人間は何も知らずに魔族を恐れているようなところがあるからな、遊び心を籠めてみた」
「いい迷惑だわ……この世界にはまだ炙り出しの技術はないというのに」
ぼそりとシェルが小声で呟いたが、アレックスたちの耳に届くことはなかった。
騒ぎの真実は相互見解の不一致でした!
檸檬電池の説明ですが,
久し振りに思い出したのでちょっと可笑しいところがあるかも知れません.
方法は間違っていないのですが,さらっと読む程度でお願いします.




