扉の前にて
――――王の間に続く、漆黒の扉。天井まで届く、見上げる程に大きな扉。その前に立ったアレックスたち勇者一行は、堅い面持ちで固唾を呑んだ。
魔王城33F、この黒兎の主である魔王の部屋。魔王はもう、すぐそこだ。
「なんか…………緊張するようでしない気がする」
レンの一言に、やっぱり? とアレックスは同意した。腕を組んで熟考する彼の前には、さりげなく扉に施された兎の模様があった。
「これで実はあのぬいぐるみが本当に魔王でしたとかだったら嫌過ぎる」
「うさ耳が着いていても嫌だ」
「ですが、『兎部隊』のちぐはぐな耳ではなく、ユート様のような耳ならまだましだと思いますわ」
この数日で、リリアーナは随分と言うようになったと思う。複雑な心境のまま、アレックスはミミカに尋ねた。
「魔王って、本当にぬいぐるみだったりしないよな」
「ぬいぐるみではないと思うんですが……多分」
言葉を濁すミミカに、彼は首を傾げる。魔王に対する不信感が募り募りまくる。
「多分ってなんだ?」
「何せ、魔王様は私たちの前にお姿をお見せになられたことは、殆どと言っていい程少ないんです。大抵のことは『兎部隊』伝ですし、今年の年明けの挨拶の時も、兎の仮面をされておいでで……」
「…………魔王って実在するんだよな?」
「それは間違いなく事実です!」
えっと、確か……。ミミカは記憶を手繰るように、考える素振りを見せた。指を顎に添え、うーんと唸る。
「魔王様はご即位なさる一昨年まで、『楽園』にいらっしゃったそうなんです。何でも、お店をやっていらしたらしくって」
「え、嘘だろ?」
「それより、何で王が店を開いているんだ?」
「道楽以外の理由はないわ」
アレックスとレンは顔を見合わせた。リリアーナは口を白い手で覆う。
信じられない。彼らは『楽園』の出身者であるが、魔王が店を出していたなんて、全く気が付かなかった。
吃驚するアレックスに、シェルは不思議そうな顔をした。何かを言おうとしたが、その前にリリアーナが疑問を口にする。
「そのお店は今もありますの?」
「お店の方はお弟子さんが継いでいらっしゃるようですよ。何ていうお店だったかなぁ? セントラルにあるって聞いたんですけど……」
もしかしたら、ご近所さんが魔王だったかもしれない。愕然とするアレックスは、くいくいと袖を引っ張られて目を向けた。ずいっと、目の前に2匹の竜の顔が迫ってくる。
アウラとレムがシェルの肩や頭の上に乗っていることはわかっているのだが、不意にドラゴンのつぶらな眼光を目にするとどうしても身構えてしまう。じいいいいいいいっと喰い入るように見つめられると…………どうしても。
とりあえず、シェルが用があるようなので彼女に向き直る。ちょうど目の前にある二対の眸は、できるだけ見ないようにして。
「何?」
「もしかしなくとも、まだ彼の情報を見ていないの?」
「ユートの情報は見たが、魔王のはまだだな」
シェルは目を丸くした。薄紅の唇は呆気に取られて開かれている。なかなか拝むことのできない彼女の間抜け面に、何事かとリリアーナとレンが視線を向けてくる。
「魔王の情報が21'000ネルネルしかしなかったことに、お前は不思議には思わなかったの? あの金額の殆どは、実はユートの情報だったりもするのよ?」
「特に何も思わなかったが……何か問題でもあるのか?」
「いいえ、大したことは、ない、と思う、わ……」
どうせ……中に入れば、わかるもの。小さな声でそう呟き、シェルはアレックスの服の裾を掴んだ。
そんな時だった、突然目の前の扉が開いたのは。
「お前たち、いつになったら中に入るんだ?」
中から顔を覗かせたのはユートだった。咄嗟に戦闘態勢に入っていた一同は肩の力を抜く。どうやら勇者一行が中に入るのが遅かったため、彼の方が先に着いてしまっていたらしい。
「陛下が扉が開くのを今か今かと待ち構えている。鬱陶しいからさっさと入ってくれ」
とても宰相とは思えないような口調だ。本当に煩わしく思っているようで、碧の双眸を眇めている。その姿がやはりシェルを連想させ、思わずアレックスは謝っていた。
「ああ、悪い」
「そこの『楽園』の姫と騎士は兎も角、勇者は久し振りに会うんだろう? さっさと入ってやれ」
「……うん?」
ユートの言葉に、アレックスは首を傾げた。
「久し振りに会うって……俺、魔王と面識ないぞ?」
強いて挙げるならば、15Fの温泉でしかない。そう言うと、ユートは胡乱げに目を細めた。そのままアレックスからシェルへと視線を移す。
「シェルは何をやっているんだ。お前は勇者の情報屋だろう。『月の女神』の名が聞いて呆れる」
「情報は渡していたわ。ただ、アレックスが中身を見ていなかっただけで……」
「はあ? あいつの情報なんて大したことないし、そんなにないだろう? 何で見てないんだよ」
全く以って酷い言い草だ。本当にこの国の宰相なのだろうか。
ユートに疑いの眼差しを送る一同は、「あっ!」というミミカの声に振り返った。
「お弟子さんのお店の名前を思い出しました!」
唸っていたミミカが、やっと明るい声でそう言った。咽喉につっかえた餅が取れたような、ほっこりとした表情を浮かべている。
「何て言う名前の店だ?」
「私の聞いた話では、『月の音色』っていう何でも屋さんらしいですよ! 銀髪の綺麗な女の子がほぼひとりで切り盛りしてるって、魔王様が前に自慢してました!」
そう言えば、おねーさんも綺麗な銀髪ですね!
綺麗な銀髪も何も、『月の音色』の主人であるシェルは、アレックスとリリアーナ、レンの吃驚の視線を受けて肩を竦めた。
今思えば,ここに来るまでの伏線が少な過ぎた気がしなくもないようで,
やはり少ないような気がしてきました.




