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29F☆vs火竜レム

前の話に比べると長いです.



 もふもふは散々だった。28Fから29Fに着いたアレックスは、思わず床に座り込んだ。


「何あの部屋。上も下も右も左も兎だらけ。しかもぬいぐるみじゃなくて生きてるし!」

「もっふもふのアンゴラ100%でしたね!」

「兎さんたち、可愛かったですわねぇ」

「姫、可愛いでは済まされないぞ。またアウラがくしゃみするかと思った」


 18Fの悪夢再来になっていたかもしれない。アウラが兎の山に沈んだ瞬間、アレックスとレンは死を覚悟して小さな竜を発掘したものだった。


 はーっと息を吐き、アレックスは地図を広げた。少し薄暗いが、壁際に煌々と燃える松明のお陰で、難なく地図を見ることができる。


「えっと? 29Fは……」

「————真紅の竜、火竜(フレイムドラゴン)よ」


 不意に響いた高い少女の声に、アレックスたちは振り返った。長い銀の髪と白いもふもふの耳を揺らし、何処からとなく見慣れた美少女が現れる。

 アレックスと目の合ったシェルは不服そうに碧い双眸を眇め、ぶっきらぼうに視線を逸らす。


「シェル!」

「シェル様!」

『吾輩もいるぞ!』


 ぴょこんっとシェルの足元に現れた魔王(ぬいぐるみ)に、アレックスとレンは身構えた。シェルに駆け寄ったリリアーナは、目を丸くしてシェルと魔王(ぬいぐるみ)を見比べる。

 魔王(ぬいぐるみ)は息を吐いた。丸い手で頭を押さえる。


『そう身構えるな。こやつをここまで連れて来たのは吾輩だぞ?』

「……本当か? 何もされていないか?」

「何かされていたとしても、私は平気よ」

『そもそも、吾輩がシェルを傷付ける訳がなかろう』


 それよりもと、魔王(ぬいぐるみ)は顔を上げた。にやりっと、愛らしい面に憎々しい笑みを浮かべる。

 ぼうっと、壁に備え付けられている松明が音を立てて燃え上がった。部屋の奥に鎮座していた影が、動き出す。


 広い部屋に、魔王(ぬいぐるみ)の間の抜けた声が高々と響く。


『焔の吐息を放つ煉獄の主————火竜のレムだ!』


 ででーんっ! 翼を大きく広げて咆哮を上げる竜に、アレックスもレンもリリアーナも、ミミカすらも、圧倒された。

 魔王(ぬいぐるみ)はしたり顔を浮かべ、シェルはそんな彼に呆れ顔をしている。

 アウラだけは、逞しく雄々しい竜の姿に、目を輝かせていた。


「大きい……」

『まだ20年ちょいしか生きていない若造だが、攻撃力は『不思議の世界』でも最強クラスだ! 幾ら勇者と言えども、無傷ではいられんぞ!』


 『不思議の世界』最強クラス————俗に魔王や勇者に与えられる称号に、一行に緊張が走る。


 火竜レムは見上げる程の巨躯を一同の前まで動かし、不意に動きを止めた。じっとある一点を見つめている。

 剣を構えていたアレックスは訝しんで、竜の視線を辿り————シェルの頭の上に戻っていたアウラを見つけた。レムは熱い視線でアウラを見つめ、咆哮をひとつ。


『————はあっ!? 貴様何を言ってるんだ!?』

「ふざけるのではないわよ! この蜥蜴風情が!」


 突然目を剥いた魔王(ぬいぐるみ)と、憤然と憤るシェル。幼馴染であっても彼女が怒鳴ることなど滅多に見ることのないアレックスは、驚いて目を丸くした。


「どうしたんだ。奴はなんて言ってるんだ?」


 彼らの会話が全くわからない3人は困惑した。苦笑いを浮かべて頬を掻いているミミカが、そんな3人に会話を通訳してくれた。


「えっと……『そこをなんとか!』」

「ふざけるなと私は言っているのよ!」

「『絶対に幸せにして見せます!』」

『はっ、貴様如きの若造が?』

「戯言も大概にするがいいわ!」

「『俺は本気です! どうかお嬢さんを俺に下さい!』」

「下さいなど……なんて失礼なっ!」

『おい、知ってるか!? 『お父さん、娘さんを僕に下さい』って言うのは、最近あまりよくないんだぞっ!』


 魔王(ぬいぐるみ)の放った言葉に、アレックスは思わず目を剥いた。


「え、それって……求婚っ!?」


 満更でもない様子のアウラは、照れた様子できゅっと鳴く。レンとリリアーナも言葉もなくアウラとレムを見比べた。


 要約するとこうだ。

 火竜としてこの29Fに控えていたレムは、高が人間如きと、悠々自適に構えていた。そこにやって来た勇者一行。さっさと倒しやろうと思っていた。


 だが……うさ耳の間に埋もれる、可憐な彼女(アウラ)。紅く煌く瞳の印象的な子竜に、彼は一瞬にして恋に落ちてしまっていた。


「竜の結婚適齢期は20歳からよ……色恋に目覚めても、仕方のないことだけれど」


 アウラもドラゴンであるから、確かに他の竜と恋仲になることがあるかもしれない。けれど、彼女はまだ3歳。それはまだ先のことだと思っていた。


 レムは「『じゃあ友達からでも構わないです!』」「『せめて、彼女と繋がりを持たせて下さい!』」などと喚いている。ミミカの通訳を介しているため、何処となく間が抜けていたが。


「アレックス、あの竜をぶちのめして来てちょうだい」

「闘わないとクリアにならないからいいけど……何で俺だけ名指し?」

「何よ、今までアウラの世話をしてきたではないの。ここは父親役のお前が拳で殴るのよ」

「え、剣は使えないなのか?」

『男は拳で語り合うものだ』


 何処か悟り切った魔王(ぬいぐるみ)の台詞に、何処の国の習慣だとアレックスは呻く。

 レムはじっとアレックスを見下ろした。


「『……お義父さんですか?』」

「お義父さん言うなっ!」

「いえ、レムの台詞を代弁しただけなので……」


 反射的にミミカに言い返していたアレックスは、我に返ると頭を抱えた。すまんと項垂れる。


「アレックス様、如何なさいますの?」

「流石にドラゴン相手に素手はきつい。短剣も駄目なのか?」

「そう言う問題なのかは知らないが、どうにかしないと先には進めないぞ?」


 うーん。アレックスは腕を組んで考えた。考えて考えて……とりあえず。


「嫁にやるのは駄目だけど……友達なら、別にいいんじゃないか?」


 義父(アレックス)の譲歩に、レムは目を輝かせた。対し、シェルはこの上なく嫌そうに、端正な貌を歪めた。


「お前、娘を売るというの……?」

「シェル、言葉だけ聞くと俺が悪者だ」

「それ以前に、私の補助がないとアウラはここまで飛べないわよ?」

「『なら俺が『楽園』まで飛びます!』」

「————ちょっと待って下さい」


 リリアーナが突然、右手を上げて会話に割り込んだ。一同の視線を受けながら、彼女は愛らしい面差しを困惑に染めて、口を開く。


「アウラちゃんならまだしも、レムさんのような大きなドラゴンが『楽園』の、それも中枢であるセントラルに現れては、民の混乱を招きかねませんわ。できれば、それは控えて頂きたいのですが」


 為政者として真っ当な意見に、アレックスは言葉に詰まった。友達案は廃止か。


「そもそも、なんでアウラは小さくなれるんだ?」


 不意にレンの放った疑問。

 魔王(ぬいぐるみ)は微妙な顔をして押し黙った。シェルはひとつ唸ると、頭の上に乗っているアウラを撫でた。


「私と契約し、裏技を使って小さくしているの」

「裏技ってなんだ?」

「裏技は裏技よ。一種のバグのようなものかしら」


 裏技の意味がよくわからないが、とにかく契約により小さくなったり大きくなったりすることがわかった。


「じゃあ、レムもシェルと契約すればいいんじゃないか?」

「契約はそれなりに体力がいるの。私の身体が保たないわ」

「なら、アレックス様とでは?」


 極真っ当な意見。シェルは返答に詰まった。

 小さく唸るシェルの肩に、跳躍もなくぴょこんっと魔王(ぬいぐるみ)が乗る。アレックスは眉を顰めたが、シェルが何も言わないので何かあるのだろう。


『どうする? 吾輩はレムをお前たちにくれてやっても構わんぞ?』

「……最強クラス同士が組むと、均衡が崩れそうなのだけれど?」

『それくらいなら、別に影響はないだろう』


 シェルはアレックスを見上げた。彼女の肩に乗る(まおう)の存在が憎たらしいが、それを噯にも出さずにアレックスはシェルに向き直る。


「貴方が善いと言えば、レムは『楽園』に来ることができる。けれど契約するかどうかは貴方の自由」


 アウラとレムの期待の視線がアレックスに突き刺さる。レムはアウラを完全に恋愛対象として見ているようだが、アウラの方は恋人と言うよりも『兄』のような存在ができることが嬉しいようだった。アレックスが遊んでやる時のように、右へ左へと尻尾を揺らしている。


 アレックスもシェルも、いつでもアウラと遊んであげることができるという訳ではない。ふたりが用事の時には、ひとりで『月の音色』にいるか、玩具で遊んでいるかである。


「……契約する」


 碧い瞳が煌いた。何処からとなく、1枚の紙と羽ペンが現れる。紙には依頼を受けるときの青い月の契約書とは異なり、銀の月が描かれていた。


「ではこの契約書に署名を。これは魂の契約。破棄する時には両者の同意が必要となり、無理に破ろうとすればこの上ない激痛がその身を苛むわ」

「わかった」


 アレックスは羽ペンを手に取り、署名した。黒だと思っていたインクは深い赤で、奇妙に艶めいている。レムはどうやって署名するのかと見守っていたら、ペンがひとりでに動き、彼の名を記した。


「契約成立————これよりレムはアレックスの使い魔よ」


 出来上がった契約書を確認したシェルがそう宣言すると、契約書は銀の光の筋となってアレックスとレムを結びつけた。細く簡単に切れてしまいそうな光は、空に溶けて見えなくなっていく。

 ぽんっと間の抜けた音と魔法の煙を立てて、レムの身体が小さくなった。民家から高くらいまで小さくなったレムは、アウラの前まで飛んでくると嬉しそうに鳴く。遊び相手のできたアウラも、はしゃいだ声を上げていた。


「……結局、この階はどうなりますの?」

『対戦相手がいなくなったからな。クリアでもいいぞ』

「かなりいい加減になって来たな……」


 こうして、勇者一行に新たな仲間が加わったのだった。





アウラちゃんの『お兄さん』ができました!

『お婿さん』ではありません,『お兄さん』です.


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