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とある日常の1コマ

*5/12 改行入れてみました。


 【楽園の危機、魔王からの宣戦布告!?

  先日魔王国より我が国楽園に一通の封筒が届いた。

  今朝の会見での防衛大臣によると、

  「『楽園』の北に位置する魔王国より挑戦状が届いた。

  次の満月より魔王国の入り口である門を開き、挑戦者を募る。

  なお挑戦者がいなかった場合、魔王軍が人間の国に侵攻する」

  とのことだ。

  これを憂いた王は勇者アレックスを城に召喚し、魔王退治を依頼。

  彼は快くこれを引き受けたという】


                  日刊PARADISE 一面より



 * * * * *



 不思議の世界の中央付近にある国――――『楽園(パラダイス)

 行き交う人々で賑わう王都セントラルの一角。人気の少ない閑静な西地区を、深い蒼のマントを羽織った端正な顔立ちの少年が歩いていた。あまり人通りがないとはいえ、全くと言うわけではない。彼とすれ違った若い少女たちは頬を染めて目を輝かせ、彼のことで声を交わした。

 やがて彼は一軒の家の前で立ち止まった。紫の双眸でその家を見上げる。

 小さな蒼い屋根と白い壁の家。家の前はいつも綺麗に掃き清められ、窓から覗く鉢植えの花たちが彩りを添えている。

 地面より数段上がった蒼い扉の前には、『月の音色』と蒼い硝子に銀文字で記された看板がかかっている。彼は店が開いていることを確認すると、ドアノブに手をかけた。ドアに取り付けられた金の鈴が鳴る。

 途端に広がる不思議な光景。ちょっとした傷薬や小物の他に、一級品の剣や希少な魔法具が整然と並べられている様は、何時見ても壮観だと思う。


「――――いらっしゃいませ」


 奥からかけたれた高く澄んだ声に惹かれて視線を向けると、麗しい少女がそこにいた。



 微笑んでいた彼女は、不意にその笑みを消した。


「なんだ。アレックスか」


 接客スマイルから一瞬にして素に戻ってしまった少女に、アレックスと呼ばれた少年は脱力した。


「なんだはないだろ? 一応客に対して」

「そうね。一応客だものね。あまり碌なことのない客だけれど」

「おーい……」

「まあ座りなさいよ。お茶を出してあげるから」


 長い銀の髪を翻し、彼女は奥へ姿を消す。言われた通り彼は窓際のテーブルに着いた。

 手持ち無沙汰に店内を見渡している間に、彼女がティーセットを載せたトレーを持って現れる。目の前に置かれたカップから芳しい香りがする。礼を言って手に取ると、彼女も向かいに座ってカップに口を付けた。その様を彼はまじまじと眺める。

 窓から差し込む光を受けて煌く、背を覆う程の癖がない銀の髪。長い銀の睫毛に縁取られた碧く澄んだ瞳。肌は白く滑らかで、傷一つない。すっと通った鼻筋に、すらりとした長い手足。清楚な顔立ちの中、花弁のような唇だけが薔薇色に染まり、精緻な人形を思わせた。

 彼女の名はシェル。ここ『月の音色』の店主である。彼女の匂い立つような美しさはセントラルでも有名で、銀の髪にあやかって月の女神のようだと噂されている。店外では滅多に口を開かないため、その玉を転がすような声を聴くことができれば、その日は幸運が訪れるなどといった迷信があるほどだ。


「見たわよ、日刊PARADISE。随分と面白いことになってるではないの」


 碧い双眸を輝かせる少女に、アレックスは苦虫を潰したような顔をした。

 アレックスは勇者だ。もともと魔法の素質があり、ご近所の道場に通っている内に御前試合の一般枠で優勝してしまって、乞われて魔物被害に遭っていた村を助けていたらいつのまにか勇者と呼ばれるようになっていた。正式に国から勇者の称号を与えられてからは象徴である蒼いマントを纏い、剣を片手に全国各地に現れていた。


「いい機会だから、あの国に生息しているウサブタを捕まえて来てちょうだいな。とても美味だと聞くから」

「俺は何しに魔王国まで行くんだよ」

「魔王退治以外の何があるの? ついでだと思って捕ってきて。いつものことだから別に構わないでしょう? 新鮮なうちに帰って来てね」


 かなり危険な瘴気の漂う森に生息しているようなのだけれど、貴方なら別に大丈夫ね。無駄に強い上に勇者なのだから。ちなみにウサブタは凶暴な性格で鋭い爪を持っているのですって。刺されないような気を付けてね。

 そう言ってにっこりと花開くように微笑むシェル。黙っていれば美人なのに。滅多に拝めない笑顔にそんなことを思ってはいても、絶対に言わないアレックスである。言えば後が怖い。


「俺、魔王国の情報ないかと思ってきたんだけど」

「ウサブタも立派な情報だわ」

「いや、そうかもしれないけど」

「ウサブタは丸焼きがいいかしらね……」


 うっとりとした貌をするシェルを半眼で眺め、アレックスは茶を啜る。

 『月の音色』は表向きはありとあらゆるものが手に入る、ある意味すごい店だ。以前サラマンダーの皮がでんっと店内に置かれていた時に訪れたアレックスは酷く吃驚したものだ。あの後誰かに買われたらしく、暫くご機嫌だったのを覚えている。

 その一方で、シェルは高い情報収集能力を持っている。迷い猫の居場所から伝説に謳われている秘宝の在り処まで。一体何処で仕入れているのか、彼女が情報屋であることを知っている者の間では楽園の七不思議とまで言われていた。

 ふとアレックスは不思議に思った。未だ恍惚とした表情で考えているシェルを見る。


「なんでウサブタなんて魔王国の生き物を知ってるんだ?」

「風の便りよ」


 堂々と言い放たれても、さっぱりわからなかった。謎は深まるばかりである。




ウサブタは薄桃の豚にうさみみがあるイメージです。

鳴き声は「ぴょぷっ」

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