18F☆達磨さんが転んだ
室内に差し込む、朝の光。清々しいその光を浴びて、アレックスは伸びをひとつ。
「こんな部屋じゃなかったら、もっといいんだけどなぁ……」
清潔な兎柄のシーツに、兎の顔の描かれた薄紅の枕。カーテンや卓、長椅子と言った調度品まで兎だらけな可愛らしい客室。
「まさか、女子用じゃないよな……?」
* * * * *
身形を整えたアレックスが食堂に行くと、寝起きのシェルの頭には、ちゃんとうさ耳があった。
本当に身に着けるものとは思っていなかったアレックスに、寝起きで機嫌の悪そうなシェルは、無言で目の前の皿を指差す。
『耳を着けて欲しいな……(・×・)』
彼女の示す先、チョコレートでそう書かれたマフィンが、皿の上に鎮座していた。ちなみにアレックスの前には、『さっさと参れ勇者!』とか『勝つのはこの吾輩だ!』とか強気な言葉が書かれたマフィンが並んでいる。
「なんだ、この(・×・)は」
「腹立たしいことこの上ないわ」
吐き捨てるシェルは、寝起きの悪さと相まって不機嫌が絶頂らしい。言動の数々が殺気染みていた。
ピンクのチョコペンを手にすると、流麗な筆跡でマフィンに一言。
『絞める♡』
「おいおい」
「ミミカ、これを魔王に送り付けて。お返しは3倍で」
「わかりました! 魔王様もお喜びになると思います!」
「え? 冗談だろ?」
「『♡』があるから大丈夫よ。ショコラマフィンだし」
ミミカがマフィンを持って行くのとは入れ替わりに、リリアーナとレンが現れた。ふたりは複雑な顔をしている。
「さっき、『絞める♡』って書いたマフィンが見えたんだが……」
「気のせいですわよね……?」
気のせいではないが、アレックスは何も言えなかった。
* * * * *
賽子はうさうさうささーっと転がって行くと、3を示した。
18Fにやって来た一同は、ずらぁっと勢揃いの『兎部隊』に少々威圧される。
「18Fは『達磨さんが転んだ』だったな」
「大勢でやる方が、楽しいですものね!」
どうやらそう言う問題らしい。『兎部隊』は意気揚々として並んでいた。
じゃんけんの結果、鬼は『兎部隊』のひとりが務めることになった。壁の端から壁の端への、総勢80名弱による達磨さんが転んだが開始される。
「だーるーまーさーんーがー、こーろーんーだー!」
ぴたりっ。
「だーるーまーさーんーが————転んだっ!」
ぴたりっ。皆思い思いの姿で、動きを止める。
他の階とは違って命の危機がないためか、ここの『兎部隊』はほのぼのとしている。
「あ、お前今動いたなー」「動いてないよー」「うそつけー」「あははははー」「うふふふふー」と、呑気な声がそこここで上がっていた。
「緊張感の欠片もないな」
「達磨さんが転んだで負傷することもないしな」
「まあ————何が起こるか全く予想がつかないけどな」
「…………っきゃぅっ?」
遠い目をしてレンと会話していたアレックスは、背後から聞こえてきたアウラの鳴き声に訝しんだ。
なんか、いつもと声が違う気がする……? 振り返ると、シェルの頭の上、うさ耳の間から顔を覗かせていたアウラが、鼻をむずむずさせていた。
「ぷきゃ、ぷきゃぁ……っ」
やばい。アレックスは咄嗟に、隣のレンの腕を引っ張った。ほぼ同時に、くしゃみをするためにアウラが盛大に口を開ける。
「……ぷきゃうふっ!」
次の瞬間、アウラの口から、凍て付くような冷気が放たれた。冷気から湧き起こった魔法の吹雪は床に伏したふたりの頭上を駆け抜け、シェルの前にいた『兎部隊』を一瞬にして凍り付かせてしまった。
ずずっと洟を啜るアウラに、ミミカが駆け寄って来て手巾を差し出す。
「子竜ちゃん、風邪でも引いたんですかね?」
「単純に、この耳が鼻をくすぐっただけよ」
「ぴゅぅ……」
ぐすぐすと洟をかむアウラの横で、『兎部隊』は慌てて凍り付いた仲間の救出にかかる。流石にこのままでは命が危ういと、リリアーナやアレックスも炎を起こし、氷を解かす手伝いをする。
「シェルも手伝え!」
「何をすればいいの?」
「氷を炎で溶かすんだ!」
「炎を起こすよりも、お湯をかける方が早いのだけれど……」
シェルは首を傾げると、アレックスの手に自分のそれを重ねた。途端にアレックスの掲げた手の先から、大量の熱湯が現れる。熱湯は凍り付いた『兎部隊』の上に降り注ぎ、氷が溶けていく。
窒息する前に救出された『兎部隊』は、安堵の息を吐いた。
「し、死ぬかと思った……!」
「18Fは楽だと、思っていたのに……!」
「大袈裟ね」
「いや、立派な死活問題だ」
「あら。生きているのだからいいではないの」
そっぽ向くシェルは、碧い瞳に冷徹な部分を見え隠れさせている。穏やかな旅中だったため、大丈夫だと思っていたが、そう言えば彼女は人間嫌いだったのだ。
空気が変わったことに気が付いたリリアーナが、はらはらとふたりを見守る。どうしましょうとレンを見上げるが、下手に触れる訳にはいかないと、彼は首を横に振った。
「生きていれば、何をしてもいいってわけじゃないんだ。アウラはシェルの竜なんだから、気を付けていないと」
「何よ、アレックスの癖に。私に意見すると言うの?」
「俺はひととして、当然のことを言っているだけだ」
「そのようなことは知らない、そのような当然なんて、私の中にないわ」
ふたりの視線がぶつかり、火花が散る。
「アレックスの意固地。アレックスのわからず屋。アレックスなど知らない」
ぷいっと視線を逸らすと、アウラを残してシェルは身を翻し、何処かへと姿を消した。
あっとリリアーナは追いかけて行こうとして、拒絶する背に足を停める。
ミミカはどうしたものかと思いつつも、口には出さない。
レンは溜息を吐いて、アレックスを見た。
「貴重な情報屋がいなくなったが、これからどうするんだ?」
「どうもしない。どうせすぐ戻って来るだろうし、魔王の部屋を目指すだけだ」
アレックスは室内を見渡した。クエストをクリアすると、何処からとなく現れる賽子を探す。だが極彩色の賽子は、何処にも見当たらなかった。
首を傾げるアレックスの前に、沈黙を保っていたミミカが歩み出る。
「あの、魔王様からの伝言が入りました」
「魔王はなんて?」
「『一応、クリアにはしておいてやる。だが吾輩は、ひとりは嫌いだ』」
差し出された賽子。受け取ろうとして、アレックスは手を止めた。
もういい年なのだからという思いもあるが、彼女は実は完全なひとりが苦手だったりする。いくら口では何と言っても、気が付くと彼のすぐ傍にいて、離すまいとずっと彼の服の裾を握っていたりする。
「……シェルが何処にいるのか、わかる?」
ぱあっとミミカは顔を輝かせた。広げられた魔王城の見取り図の、何も書かれていない空白を示す。
「おねーさんは裏道を使って、先に進んでいます! 魔法の道なので、私たちが入ると何処に出るのかはわからないので、賽子を振って進んだ方が早いです!」
「……よし!」
アレックスは勢い込んだ。リリアーナとレン、そしてアウラの浮かべる意気込みを確認し、シェルを追いかけるため、賽子を転がした。
ここから暫くの間,シェルは別行動です.
ショコラ仕様のマフィンは,Valentineが近いからですv




