15F☆うさ耳
うさころうさころと転がっていった賽子は、6を示した。15Fにやって来た一行は、目の前に広がる悲惨な光景に言葉を失っていた。
「酷い……酷過ぎる……!」
アレックスは拳を握り締め、レンは痛ましげに顔を背ける。リリアーナは両手で顔を覆い、シェルは目を細めて軽蔑の眼差しだ。
魔王城15F、『兎部隊』との戦闘フロア。
そこでは屈強な筈の『兎部隊』が満身創痍になり、魔王(めいぐるみ)の手によって、らう゛りぃーでぷりてぃーな新しいもふもふのうさ耳を装着させられていたのだった――――
『お、やっとここまで来たのか』
痙攣している『兎部隊』にうさ耳を装填していた魔王(ぬいぐるみ)は、にたぁっと笑って振り返った。
『そうだ、お前たちにもやるぞ! 吾輩からの激励だ!』
「断固拒否するっ!」
『今なら尻尾付きだ!』
「もっと嫌だっ!」
差し出されるうさ耳と尻尾に、アレックスは心底嫌そうに身を仰け反らせる。うりうりと押し付けられたレンは、げっそりとした顔でリリアーナを見た。
「姫なら似合うんじゃないか?」
「シェル様がお召しになると仰るのであれば、わたくしは構いませんわ」
リリアーナの落とした爆弾に、シェルは頬を引き攣らせた。
魔王(ぬいぐるみ)のつぶらな目が、きらーんと不気味に光る。
『なら吾輩は、このもっふもふでふっわふわの白うさ耳を推奨するぞ!』
「戯言も大概になさい。誰が身に着けるものですか」
『あ、そーだ。お前がうさ耳を着けたらこの階はクリアとしてやろう。どーせ『兎部隊』は戦えないんだし』
「な、なんということを……っ!」
『法はこの吾輩だ!』
はーはっはっはっはっ! 腰に手を当てて高らかに笑い声を響かせる魔王(ぬいぐるみ)を、シェルは忌々しげに――――碧い双眸に殺意の滲ませて、睨み付けた。
「お前がこの私を愚弄するだなんて………………憶えてなさい」
冷え冷えと響き渡る声に、魔王(ぬいぐるみ)以外は震えあがった。瀕死状態だった『兎部隊』の何人かは、限界が来たのか次々に意識を手放していく。
俺に向けられてないって頭の中ではわかっていてもめちゃくちゃ怖かった。あんなシェルは滅多に見られない。勇者アレックスは彼女の機嫌を損なわないようにしようと、決意を固くした。
『吾輩が着けてやろう!』
うさ耳を手に嬉々として迫ってくる魔王(ぬいぐるみ)を叩き落とし、細い脚がむぎゅっと容赦なく小さな身体を踏み付ける。じたばたと暴れる魔王(ぬいぐるみ)からうさ耳を奪い取り、シェルは無言で装着した。
白いもふもふのうさ耳は、シェルによく似合っていた。耳の脇に飾られた光沢のある碧のリボンが、彼女の銀の髪によく映える。
『やっぱり若い娘が耳を着けていると可愛らしいなぁ。尻尾も着けて欲し――――ぬはっ!?』
「黙れ」
踵で魔王(ぬいぐるみ)を踏み潰しているシェルは見事な絶対零度の無表情だ。軽蔑の色を浮かべるのでさえ面倒だと言わんばかりである。
『いだだだだっ! せめて無表情はやめて! 軽蔑の方がいい!』
「……台詞だけ聞いたら、見事な被虐趣味者だな」
『お前たち、見ていないで吾輩を助けろ!』
と言っても、部下の『兎部隊』は(魔王のせいで)未だ動けないでいる。リリアーナやレン、ミミカはシェルに恐れをなして動けないでいる。アウラは呑気にシェルの肩の上でぷきゃーっと欠伸をしている。
仕方ないのでアレックスは助け舟を出してやることにした。
「シェル、いい加減に足を退けてやれ」
「ちょっと待って。もう少しで中身が出るから」
『やめて! マジでやめて! この身体結構高いんだよ!?』
「知っているわ。確か62'000ネルネルだったかしら? 税抜きで。クリーニング代は特注料金だから、10'800ネルネルね」
「結構するんだな」
『知ってるんならやめてっ!』
悲鳴を上げる魔王(ぬいぐるみ)は若干涙目(?)だ。
溜息を吐いて、シェルは魔王(ぬいぐるみ)から足を退けた。薄紅の背中にはくっきりと足跡が残っている。
『ああああああああ…………今朝クリーニングから返って来たばかりだというのに』
とぼとぼと哀愁を漂わせ、魔王(ぬいぐるみ)は何処かへと消える。
流石に可哀想に思ったアレックスだが、シェルは微塵もそう思っていないようだ。
「こうでもしないと、彼は付け上がるわ」
シェルはそう言いながら、もふもふの耳に手を伸ばした。その様を、アレックスは少々残念な気分で見つめる。
「何よ」
「いや、似合ってるのになぁって」
「ならばお前が着ければいいわ。ちょうど同じものが『兎部隊』の頭に幾らでもあるのだから」
「ごめんなさいほんの出来心ですそれだけは勘弁して下さい」
つい先程決意したばかりなのに、早速機嫌を損ねてしまった。平身低頭で謝罪をするアレックスに、シェルは拗ねたように口を尖らせた。今度何か奢って機嫌を直して貰おう。
暫くむーっと耳を引っ張っていたシェルだが、やがて諦めたのか手を放した。へにょりと耳が垂れ下がる。
「……やっぱり外れない」
「え」
「あら。そのリボンに呪いが掛かっていますわ」
「じゃあどうやって外せばいいんだ?」
ひらり。薄紅の兎を模した可愛らしいカードが何処からとなく降って来た。
『33Fの吾輩の許に辿り着くことができたのなら
うさ耳を外してやろう!
頑張って上って来るのだ!
Love.K.Rabbit』
一同は顔を見合わせた。素朴な疑問をアレックスは口にする。
「K.Rabbitって誰」
「魔王のことよ。黒兎の王だから、K.Rabbitなの」
「初めて知りましたわ」
「本名ではなくて渾名だもの、知っているのはこの国の者くらいでしょう。それよりも腹立たしいことこの上ないわね。これでは髪を洗うことができないではないの」
「え、そういう問題なのか?」
「この上なく大事なことよ。就寝時にも寝返りを打ち難いし……」
すると再びカードが降って来た。
『明日また着けてくれるなら
お風呂の前に外します.
Love.K.Rabbit』
余程慌てていたのか、先程よりも乱れた文字が並んでいた。字がぷるぷると踊っている様に、魔王のうさ耳に対する必死さが感じられる。
色鮮やかな賽子を手に、ミミカは首を傾げて見せた。
「一応おねーさんの勝ちなので、この階もクリアです! 今日はまだ進みますか?」
「俺は平気だけど、皆はどうする?」
「ちょっともう休みたい気もする……精神的に」
「わたくしもですわ……」
げっそりとするレンとリリアーナに、アレックスは今日はもう休むことにした。
ではと、勇者一行は15Fにある休憩室に案内される。可愛らしい兎の小物が満載な、実にほのぼのとした休憩室だ。
「段々と慣れてきた自分がいる…………確か魔王退治に来たんだけどな、俺」
「ちなみに魔王様から寝間着が届いています! 色違いの兎の着ぐるみ(ぷりてぃーな尻尾付)です!」
「……それには慣れたくない」
「シェルや姫ならともなく、俺たちが慣れたら終わりだと思う」
ケモ耳って可愛いですよね.
似合う人が羨ましい.




