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シェルの秘密



「そう言えば、街の様子はどうだった?」


 想い出したようにレンが言った。リリアーナは目を輝かせた。


「皆さん気さくな方ばかりで、わたくしたちが旅人だと知ると様々なお店を教えてくださいましたわ。楽園では見られない果物やアイテムを見ることができてとても楽しかったです。それに、シェル様がこちらのブレスレットを買って下さいましたの」


 リリアーナは嬉々として左手首に嵌めたブレスレットを掲げた。大粒の水晶とカーネリアンのビーズが連なった、可愛らしい代物である。

 アレックスはそれが僅かに魔力を帯びていることに気付いた。


「魔法具なのか?」

「付随されていた魔除けの効果を増幅してみたの。瘴気やちょっとした魔法攻撃なら数十倍になって術者に跳ね返すわ」


 見た目に反してなかなかえげつない効果を持っているブレスレットだ。見るとシェルも同様のものを嵌めている。

 2人とも肌が白いため、カーネリアンの赤がよく映えた。

 余程嬉しかったのだろう。リリアーナはうっとりと手首を飾るブレスレットを見つめたり、光に翳したりしていた。王族である彼女にしてみればそう高価なものではない筈だが、仲間であるシェルに貰ったということが大きいようで、ずっと頬を緩ませている。


「よかったな、姫」

「はい! わたくし、皆様と魔王国にご一緒することができて、とっても幸せですの!」


 とても魔王退治に来たとは思えない台詞だが、年中城に籠っているお姫様からしてみれば幸せなことなのかもしれない。冒険者として不思議の世界を旅したことのあるアレックスや、不思議の世界の情報を網羅しているシェルには到底理解できないことだ。

 しみじみとそんなことを考えていたアレックスだが、すぐ傍から注がれる視線に気付いた。見るとシェルがじいいいいいいいっと見つめて来ている。


「どうした?」

「食べないのならタルト頂戴?」


 シェルが言っているのはアレックスの前に置かれたタルトのことだ。甘いものがあまり得意でない彼は半分近く食べて、フォークを持つ手を止めていた。


「いいよ。あげる」


 皿ごと彼女の前に差し出すと、ぱあああああああっと彼女は煌くどのような宝石でさえも霞ませてしまう程に輝かんばかりの笑顔を見せた。


「ありがとうっ!」


 ほむほむと大事そうにタルトを食べるシェルを、アレックスは嬉しそうに眺める。

 傍目には仲睦まじい恋人同士にしか見えないアレックスとシェル。リリアーナは頬に手を添えて溜息を吐いた。


「お食事に関することとなられると、とても素直な方ですのにね……」

「ていうか、さっきシェルはオムレツとタルトを2回ぐらいお代わりしてなかったか……?」


 その細い身体の何処に入ってるんだ。レンは目を眇めた。


「アレックスが甘やかすからシェルはあんな性格になったんじゃないか?」

「そうかもしれませんね……」

「失礼なことを言っているわね」


 タルトを食べ終えたシェルがぶすっとした貌になった。ちょうど店主の少女が淹れた食後のお茶を口に含む。


「私は甘やかされてあげているのよ。甘やかされてはいないわ」

「何が違うんだ……?」

「言葉の意味が大いに違うわ」


 お茶を飲み終え、シェルは席を立った。その肩にアウラが飛び乗る。


「明日も早いのだから、私はもう部屋で休むわ。お休みなさい」

「でしたらわたくしもお部屋に戻りますわ。アレックス様、レン、お休みなさいませ」

「きゅっ!」


 2人と1匹はそう言って食堂を後にした。

 残された男2人は静かに食後のお茶を啜る。


「で、結局はどっちが正しいんだ?」

「本音を言うと、甘やかされてあげられてる」



 * * * * *



「シェル様」


 ぼんやりと壁際の寝台に俯せに寝そべっていたシェルは名を呼ばれて貌を上げた。見ると反対の壁際の寝台に腰掛け、湯上りのリリアーナが水分を魔法で飛ばしながら髪を梳っていた。


「どうかしたの?」

「いえ……こうしてお泊りをすることは初めてですので、うきうきしてしまいまして……」

「そういうものなのかしら」

「シェル様はお泊りをしたことがあるのですか?」

「小さい頃に何度か、アレックスの家に」


 師匠が留守にしている間は物騒だからと、お隣のアレックス宅に預けられることが多かったのだ。


「とても仲がよろしいのですね」

「というよりも、私は彼以外の他に生身の子どもを知らなかったの」


 リリアーナは目を瞬かせた。言葉の意味がわからなくて首を傾げると、シェルは苦笑しながら身体を起こす。


「私には師匠に拾われるまでの記憶がないの。ただシェルという名と、数多を知る能力だけを持っていたの」


 ただそこにいるだけで不思議の世界中の情報を知ることができる不思議な能力。

 不思議の世界の中で、ただひとりシェルだけが持つ能力だ。

 幼い頃には頭の中に流れ込んでくる膨大な情報の量に耐え切れず、熱を出して寝込むことが殆どだった。


「師匠の下で情報を選別したり、必要のない時には情報が見えないようにする訓練を受けて、漸く日常生活を送れるようになったの。でも、子どもって感情の起伏が激しいものでしょう? 対面すると相手の思惟に引き摺られてすぐに情報が流れ込んできてしまうから、できるだけ『月の音色』から外にあまり出ることができなかったの」


 大人も私のことを変な目で見てきたりしたから、余計にね。

 また、彼女自身は並の魔法使いよりも多く魔力を持っているのだが、この能力に殆どを持って行かれているためか、自分では魔法を使うことができない。その代わりにと言ってもいいのか、自身の魔力を他者の魔法や回復力に流し、助長させることだけができた。それを誰かに知られて利用させるわけにはいかないと、保護者同伴なしにいくら楽園とは言えど歩き回ることはできなかった。

 思いも寄らず彼女の引き籠り原因を知ることとなったリリアーナは渋面になる。


「師匠が言うには、あまりにもこの能力が強すぎて、だから昔の記憶を失ってしまったのですって。何もないところで私を拾ったのだそうよ」

「アレックス様はこのことをご存じでいらっしゃられますの?」

「何も知らないわよ。教えていないもの。ただ私が身体が弱いと思っていたみたいね」


 熱を出して寝込んでも、外に出て情報の数々に翻弄されて狂いそうになった時でも、傍にいて、手を握って、「大丈夫だよ」と笑って安心させてくれたひと。


「ただアレックスのことだけはどれほど意識しても、傍にいて実際に声を交わしたり、時間を共有しないとわからないものなのよね。やはり勇者だからかしら」


 リリアーナはふと何かに引っ掛かった。うーんと首を傾げ、答えの糸を手繰る。

 わからないのではなく、わかりたく(・・・・・)なかった(・・・・)から見えなかっただけではないのだろうか。大切な存在だから、見るのではなく、一緒にいて言葉を交わしたかったのではないのだろうか。


「……シェル様にとって、アレックス様は特別なのですね」


 シェルはきょとんと目を丸くした。ついで慈しみの籠った柔らさを含んで微笑む。


「そうね。特別な――――使い勝手の良くて傍にいて飽きない面白い幼馴染だわ」


 窓の外では銀の月が穏やかに世界を包み込んでいた。




シェルの中でアレックスの株は低いのか高いのかよく解らないです……

でもシェルは彼のことを一番だとは思っています。


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