夕食時のひと騒動
気が付くと早1月……
久々なので何気違和感……(‐д‐)
日が暮れて食堂に集まった勇者一行は、1人と1匹を除いて目の前に広がる光景に唖然とした。
「『ぷにぷに亭』名物、歓迎ぷにぷにの舞、です!」
少女の紹介を受けて、うにょっとステージ上にいた1匹のスライムがポーズを決める。その後ろにはずらーっと色取り取りのスライムたちが並んでいた。皆お揃いの紅い蝶ネクタイをしている。
湧き上がる食堂の中、アレックスは既視感を覚えた。首を捻っていつ見たのか記憶を辿る。
たったらたーとステージの端にいたスライムたちが演奏を始めた。それに合わせてスライムたちは踊り出す。
ぷにぷにぷにぷに。
「…………?」
ぷににに。ぷにぷにぷに。うにょうにょうにょうにょ。
「………………あ」
ぷーにょぷにょっ。うにににににににっ。
うにっ。スライムが最後のポーズを決めたと同時に、アレックスは思わず剣を抜きかけた。
それを慌てて店主の少女や他の客たちが押さえる。
「おにーさんどうしたの!?」
「物凄い既視感っ! 切り刻んで燃やしたい!」
「あ、もしかして楽園に散歩に行ってたうちの子たち燃やしちゃったのおにーさんだったの!?」
喧々諤々。騒然となる食堂内。
シェルはおもむろにテーブルの上にあったフォークを手に取った。澄んだ碧の双眸で騒音の元凶であるアレックスを見つめ――――彼目掛けてフォークを投擲する。
鈍く煌くそれに気付いたアレックスは慌てて少女を抱えてしゃがみ込んだ。とすっと軽い音を立ててフォークは壁に突き刺さる。
「っ! っ……!」
「シェル様!?」
「耳障りだったからつい」
「つい、じゃない! 今首を狙っただろ! 死ぬかと思ったぞ!?」
「ならば黙りなさい。次は当てるわよ?」
本気だ。次があれば本当に当ててくる。アレックスは静かに席に着いた。彼女は有言実行の人間なのだ。大人しくしているに越したことはない。
それにしても、楽園に出没したスライムが『ぷにぷに亭』のだったとは。
「勝手に燃やして悪かった」
「別にいいんですけどね。燃えて乾燥しちゃった程度なら、お湯をかければ3分で復活できるように魔法をかけているんで」
なんだそのお手軽で便利な機能は。アレックスとレンは戦々恐々とした眼差しで相変わらずぷにょぷにょ踊っているスライムたちと店主の少女を見つめる。リリアーナは魔術師らしく感心した風情でスライムを見つめていたが。
「それよりも、オムレツとタルトは?」
苛々したようにシェルが指でテーブルを叩いている。騒ぎと相まって大変機嫌が悪い。
少女も察したのか、慌てて奥に下がって行った。程なくして両手に皿の乗った盆を持って現れる。
「お待たせしました! 本日のメインメニュー、ハニーミルクのふわふわオムレツと野菜たっぷりシチュー、デザートの悪戯ベリーのタルトです!」
テーブルに並べられた料理に、シェルは目を輝かせた。早く早くとアレックスたちに席に着くように促す。
アレックスはシェルの横に、リリアーナとレンはその向かいに腰を下ろした。
アウラはアウラでオムレツを用意して貰い、行儀よく机の上にしつらえられた座布団に座っている。
『大地の恵みに感謝を。頂きます』
「きゅっ!」
祈りを捧げるや否や、シェルは早速オムレツを頬張った。
彼女は礼儀作法には煩いため、いつも律儀に祈りを捧げてはいることには感心するアレックスである。シェルの躾のため、アウラも行儀よく周りを汚すことなく食べていた。
「――――美味っ!」
ふにゃりと頬を緩め、シェルはこれ以上ない程幸せそうな顔をした。
アレックスでさえ年に1度拝めるかどうか怪しい程希少で綺麗な微笑みに釣られ、3人もスプーンを手に取った。
「あ、美味い」
「本当にふわふわしていて、美味しいです!」
「シチューも美味いぞ」
はむはむと行儀よく腹の中に料理を収めていくシェルがほわほわと幸せそうな顔をするたびに、少女も幸せそうに微笑む。
「そう言えば、おにーさんたちは黒兎に何しに来たの? 観光?」
「ウサブタ捕獲よ」
「魔王討伐だろうがっ!」
即答したシェルに、アレックスもまた間髪入れず突っ込む。シェルは不満げに頬を膨らませた。
「いい加減に少しは寛容になりなさいよ」
「いや、『楽園』の命運がかかってるから。一応」
「アレックス様、一応、なのですの?」
「だって1週間くらいで魔王城に行って帰るつもりだし」
「普通の冒険者の言葉なら正気を疑うところだな」
さすがは、勇者と言うべきか。
一方の店主の少女は魔王城という言葉に目を瞬かせた。
「魔王城ならここから一瞬で行けますよ?」
そう言って少女はえいっとステージの1ヶ所を蹴った。鈍い音が聴こえるのと同時に何もなかった筈のそこに光が迸り、魔方陣が現れる。
「魔王城直通の魔方陣です。お客様ならおひとり様50ネルネルで通行できます」
「なんでそんなものがこんなところにあるんだ……?」
「この国には各家庭に1つはある筈よ」
タルトを嚥下したシェルが言った。何時の間にか夕食は綺麗に平らげられ、デザートに移っていたようだ。アレックスには前に座るレンが絶句している様がはっきりと見えた。
シェルはさくっとフォークをタルトに突き刺す。
「基本は魔方陣用に部屋を用意するらしいのだけれど、ここは違うのね」
「スライムたちの踊りを活かすための特別ステージですから! 一度にたくさん移動するのに最適なんですよ」
街で一番の大きさを誇るのだと、そう語る少女は何処か誇らしげだ。後ろのスライムたちも胸を張っている。
各家庭に魔方陣を敷いて簡単に行き来できるようにしているという事実に、リリアーナは絶句していた。『楽園』にも街の要所要所に魔方陣を置いているが、使用には許可を取り付け、身元を検めて、などといった手続きを経て漸く利用できるものだ。王族はその限りではないが、住民たちにとっては面倒この上ないことである。
それが、この国では気軽に、しかも王の住まう城に繋がっているとは。
「使えるなら使いたいけど……俺たち、魔王討伐に来たんだけど?」
魔王討伐の意味がわからない筈がない少女にそう確認する。すると少女はわかってるとあっけらかんとしていた。
「魔王様が暇つぶしに『楽園』に宣戦布告したのは皆知ってます。毎日毎日勇者はまだかって『兎部隊』が国中を回ってますし」
「まあ、そうなのですか?」
「そうなのです。おにーさんたちが来たことを言うと凄い喜ばれました。おにーさんたちに通行半額パス預かってるんで、おひとり様25ネルネルで魔方陣を利用できますよ」
何処からとなく少女は5枚のカードを取り出した。可愛らしい淡いピンクの兎を模したそれには、『通行半額パス ※発効日の翌日まで有効』と書かれていた。どうやらさっさと来いと言う意味らしい。
「どうする?」
「早く行って帰れるなら越したことはないしな。俺は平気だけど、レンとリリィはどう?」
シェルは魔王国に入ることが決まった時点でウサブタさえ手に入れば何時魔王と対峙してもよいと思っているので訊く必要はなかった。アウラはちょこちょことシェルに従うだけなのでまた然り。
だがこの2人は魔王国を旅をして魔王に対峙するものだと思っていただろうし、アレックスも当初はそのつもりでいた。だがその過程をすっ飛ばして突然明日魔王に対面すると言われて、はいそうですかと普通はすんなりと了承できるものではない。
案の定、2人は少々戸惑っているようだ。
そんな2人に、シェルは艶やかに笑んで見せた。
「大丈夫よ。いざとなれば魔王はアレックスに任せて私とウサブタを捕まえに行けばよいのだから」
「シェル、魔王討伐したらちゃんとウサブタを捕獲してきてやるから、それまでウサブタのこと忘れてようか」
「……………………………………………………善処するわ」
思案のために物凄く怖い顔をして押し黙ってしまったシェルだが、遂にそう口にした。やっとまともな協力的な言葉を聴けたアレックスは心の底から握り拳を作る。
リリアーナは柔らかく微笑んだ。
「アレックス様とシェル様がご一緒なのでしたら、わたくしは構いませんわ」
「レンは?」
「俺はもともと姫の護衛だしな。彼女がいいなら構わない」
「じゃ、明日の朝にでも使えるようにしておきますね!」
予想外の出来事だが、大分早くに帰ることができそうだ。
いくら勇者と言われて魔王退治を了承していても、やっぱり住み慣れた自宅や『月の音色』でゆっくりとしていたい。それはパーティメンバー全員が少なからず思っていることであった。
『ぷにぷに のち お姫様』に出て来たスライムは
『ぷにぷに亭』の子たちでした。
楽器も弾けちゃいます。
シェルは行儀作法にちょっと厳しいです。
食卓で騒ぐなんて以ての外。




