初めての魔王国
『ぷにぷに亭』には1時間もしないで着いた。
「もしかしなくても、アウラなら1日もしないで魔王城に着くんじゃないか?」
「アウラはまだ3歳よ。まだそれほど長い時間を飛ぶことはできないわ」
ぱたぱたと小さくなったアウラはアレックスの頭の上に着地した。ふぅ~と息を吐き、ぺたりと茶の髪の上に寝そべる。視界の端で揺れる蒼銀の尻尾に、アレックスは労うように小さな竜の背を撫でた。
件の『ぷにぷに亭』は何処にでもありそうな普通の宿だった。日当たりのいい南向きの2階建てで、かなり達筆な字で書かれた『ぷにぷに亭』の看板が印象的だ。
扉を開くと、からんからんとドアベルが鳴り響いた。店内にいた少女が一行の姿を見て満面の笑みを浮かべる。
「おにーさんおねーさんいらっしゃい! 『ぷにぷに亭』にようこそ!」
一行とそう歳の変わらない、10代半ばに見える小柄な少女はエプロンドレスの裾を翻すとにこにこと見上げてくる。
「お食事ですか? それとも宿泊ですか?」
「宿泊だ。4人と1匹お願いしたい」
「お部屋分けはどういたしましょう?」
「男女別で2部屋頼む」
「かしこまりました! こちらお部屋の鍵になります。2階の東の端、1号室が女性お2人と子竜ちゃんの、2号室が男性お2人のお部屋です。お風呂は1階西の端で、左が男湯、右が女湯になっていて、お食事は1階の食堂で取ることができます。あまり遅くない限りいつでもご用意できますから仰って下さい。後で1号室に子竜ちゃん用の籠お持ちしますね!」
闊達な少女はアレックスとシェルにそれぞれの部屋の鍵を渡すと、奥へと下がって行った。
ふと、リリアーナは首を傾げた。
「どのようにして、アウラちゃんが女の子だと思われたのでしょう?」
男女別でと言っただけなのに、少女は何の躊躇いもなくアウラを見て1号室にと言った。
「何を言っているの? 何処からどう見ても女の子ではないの」
『え』
竜の性別の見分けがつかないリリアーナとレンは思わずアウラを凝視した。アレックスの頭の上で寝そべっていたアウラは照れたように顔を伏せる。
「……全くもってわかりませんわ」
「……俺も」
「安心しろ。竜の性別がわかるのはシェルくらいだ」
「むしろ、何故貴方たちがわからないのか、さっぱりわからないわ」
シェルは本気で眉を顰めた。リボンでも着けるかどうかと呟いている。
それよりもと、アレックスは提案する。
「1度部屋に入ろう。アウラも疲れてるし」
「わたくし、この国の街を見てみたいですわ」
「ならば私と情報収集ついでに観光でもしましょう。気になるアイテムがあれば、購入すればよいのだから」
知らない国で女2人と言うのは心許ないが、シェルは楽園一の情報屋で、リリアーナに限っては腕の立つ魔法使いだ。観光程度なら心配はいらないだろう。
夕食時に食堂に集まることにして、それまで一同は自由行動を取ることにした。
* * * * *
魔王国の宿は、思っていたものよりも普通の宿だった。
「むしろ掃除も行き届いでいて下手な楽園の宿よりマシだな」
レンの言葉に確かにとアレックスは皺失く張られたシーツの上に腰を下ろした。その際に淡い花の香りが立ち上る。
宿の少女の用意してくれた籠は柔らかな綿が敷き詰められていて、アウラは埋もれるようにしてその中で昼寝を決め込んでいた。所々に施されたリボンが何とも可愛らしいものである。女子部屋に届けるつもりだったがシェルたちは出かけてしまったので、男子部屋に届けてくれたのだ。
「ぷきゃー……ぷきゃー……」
「竜の寝息って変わってるな」
「やっぱりそう思うか? シェルは可愛いっていうんだが」
「常々思うんだが、シェルの感覚はどうなっているんだ……?」
アレックスと共にいるところを見たことはあってもレンはこれまで殆どシェルと話をしたことがなかったため、街の人間が言う幸せをもたらす清楚可憐な『月の女神』のイメージしかなかった。
だが実際は静謐な貌で熱くウサブタのことを語る姿と、勇者である筈のアレックスの気持ちを挫く様しか見ていない気がする。
アレックスは腕を組んだ。
「好奇心旺盛で、何でもかんでも知りたいっていう欲求が昔から強くって、気が付いたら情報屋やってて、その癖人付き合いが苦手だから引き籠り気味で、俺や俺の母さん、幼馴染とシェルの師匠くらいにしか口を開かなかったんだ」
「親御さんは?」
「俺もシェルも知らない。師匠が何処からかシェルを連れて来たから」
あっけらかんとしたアレックスに、レンは聞いてはいけなかったのではないのかと顔を曇らせる。
「聞いてよかったのか?」
「あまり吹聴しなかったらいいだろう。何よりシェル本人が気にしていない」
「そうか」
ならばこの話はここで終わりだ。
* * * * *
街はそれなりに賑わっていた。
「シェル様、あちらに薬屋がありますわ。見て行かれますか?」
「そうね。それよりも、リリィは見たいものはないの?」
リリアーナは目を瞬かせた。白い頬を赤らめる。
「あまりこのような所に来たことがないので、何があるのかよくわからなくて……」
「ああ。何度か城を抜け出したことはあっても、お姫様は普通お金を持っていないものね」
彼女なら装飾品や宝石を換金することもできるだろうが、セントラルでそんなことをすればすぐに王女だということがばれてしまうだろう。
顔を真っ赤にするリリアーナをよそに、シェルは辺りを見渡した。確かここには。
「シェル様?」
「あの店に入りましょうか」
シェルが示したのは、魔法関連の用品を売っている店だった。
お姫様はお金持っていないと思いました。
だってお城から出ないものね!




