6.心拍数
知香のお見舞いに訪れ、怪我の経過は良好らしいと聞いた真由は安堵した。
カンナが自分をつけまわしていたと聞いてから、ずっと、知香が怪我をしたのは自分のせいだと気に病んでいたのだ。
真由はお見舞いに小さな花束を携えていたが、花瓶には既に真新しい花は挿してあった。
それを見て真由はナースステーションに行って新しい花瓶を借りることにした。
花束を飾った真由が改めて知香のベッド横の椅子に座ると、微かに、見に覚えのある香りが嗅ぎ取れた。
ほんの微かなそれは瞬きの合間に拡散し、知香の懐疑的な視線にさらされると疑問も吹き飛んでしまった。
あの日から、カンナは音楽室に訪れなくなっていた。
学校には来ているようで、校内ですれ違うこともあったし、音楽の授業では顔を合わせることもあったが、カンナは真由をまるで空気の如くに扱い、決して無視するわけではなく、ただ無関心な様子だった。
真由はカンナを恐れてはいたが、忌避したり排斥するほど強烈な感情を抱いているわけではなかった。
ただただ、苦しいくらいの悲しみが、まるで雷鳴のように胸のうちをよぎるだけなのだった。
降り積もる雪のような魂の疲弊が真由の両肩を重くさせていた。
知香が退院し、職場復帰を果たしてから、しばらくしたある日、真由は音楽室で書き物をこなしていた。
職員室で作業をしていると、知香がいつもの間延びした声で、最近出来たらしい彼氏の惚気話を聞かせてくるので、仕方なく自分の聖域に篭っているのだった。
知香の彼氏の名前や職場などのプライベートなことは聞いていなかった。
悪い予感が的中するのが怖かった。
吐き気のするような不快感や、怖気の走るような絶望を、もう二度と味わいたくないと竦んでいたのだ。
元々、教師と生徒だ。こんな関係が長続きしないことは分かっていた。
事を荒立てたところで誰も得しない。
私が我慢すれば良いだけの話だ。と真由は頭を空っぽにした。
一人きりの音楽室。
ペンの走る音。
そこに混ざって、テンポ60のメトロノームが心拍を打っていた。