2.線対称のキャラメル
翌日の放課後、カンナはまた音楽室へやってきた。
カンナは真由に「好きだ」と告白したが、付き合ってくれとは言わなかった。
その代わり、キスを迫った。
真由は弱みを握られていると感じ、抵抗しなかった。
その言い訳は、カンナがわざと用意してくれていたものだった。
真由はまだそのことに気づいてはいなかった。
カンナは時折、猫のようにふらりと音楽室に現れて、他愛もないことを喋って、キスをねだって帰っていく。
それ以上真由に触れたことは一度もなかった。
そのことを不思議に思い、けれど、初めて会ったときの言葉を律儀に守っているのだと、すぐに気づいた。
そして、カンナの誠実な一面を認識した一方で、そのことを不満に思う自分がいることに驚愕した。
真由は動揺し、自分に脅迫紛いの賭けを迫った事実を引き合いを出して、心に渦巻くそれらを打ち消した。
悩み思い立った真由は、知香からカンナのことをそれとなく聞き出すことにする。
智香は、カンナが授業中、おっちょこちょいをやらかしてしまったのをフォローしてくれたり、授業で必要な機器の持ち運びを手伝ってくれるのだという。
知香はこんなときにだけ優れた直感力を駆使して、真由がカンナに恋慕しているのではないかと邪推してくる。
思わず動揺してしまった真由は心の中で敵情視察だと言い訳をしながら、ついキツい言葉を知香に返してしまう。
驚愕に目を見開いて肩を震わせる知香に、真由もまた動揺してしまい、気まずい雰囲気のままその日は別れてしまうことになった。
ついカッとなってしまったことを後悔し、知香に嫌われてしまったかもしれないと悲しむ真由。
けれど、その不安は杞憂だった。
知香はマゾヒストだったのだ。
彼女の驚愕の裏には歓喜が渦巻いていた。
「知香、真由先生のこと、真由お姉さまって呼びたいです~! 真由お姉さま~~~!!」
「ちょ、ちょっと知香ちゃん、やめてよ。恥ずかしい……学校じゃ絶対言っちゃダメなんだからね!」
知香は学校で生徒に「知香ちゃん」と呼び慕われていた。
そんな知香に「お姉さま」と呼ばれるなんて、絶対おかしな噂が流れてしまう。
そう思っての発言だったが、知香の脳内でどういった変換が成されたのか不安なことに、知香は顔を赤らめて身体をくねらせ、「もちろんですよ、真由お姉さま~~」と真由の肩をつついてきた。
けれど、誕生日的には知香のほうが僅かに年上なのだった。
大人な真由は心の中でだけ突っ込んでおいた。
音楽室に現れたカンナはニヤニヤと笑いながら、「真由お姉さま♪」と真由に呼びかけた。
何故か他の誰もが知らなかったはずの、知香の真由に対する呼び方をカンナに知られていた。
真由は羞恥に襲われて、その呼び方をやめるよう頼んだ。
するとその代わり、カンナは自分のことを名前で呼んで欲しい、と言うのだった。
真由は今までカンナのことを「白鷺君」と呼んでいたのだ。
弱みを握られていることを思い起こして、真由はしぶしぶそれを了承することにした。
カンナに促され、カンナを「カンナ君」と呼ぶと、鼓動が跳ねた。
その事実に焦り、驚愕した。
こんなことはおかしいと自分に言い聞かせた。
カンナは、また、キスをして、けれど、今日はキャラメルを真由の手のひらに落として言った。
「ほら、線対称。計算された、完成美。四角も一緒、線対称だよ」
カンナが去ってから、真由はキャラメルを開いて、口にした。
甘い。
キャラメルの包装紙には電話番号が乗せられていた。
「電話番号は――線対称じゃ、なかったみたい」
真由は少し笑った。