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 苗字はあったのかと、いまさら思っても遅い。だらだらと嫌な汗が背を伝う。

 喉が急速に乾いていき、脳を酷使して打開策を考えていく。

 しかし脳は空回りしているのか、浮かぶものは苗字がなかったのは日本だったか、というどうでもいいものばかり。

 沈黙が続く。痛いほどのフリッツからの視線から逃れるために、口から出た言葉は苦し紛れの言葉だった。


「いやほら、平民だったら家名なんてもっていないですよね?」

「持ってるわよ」


 一刀の下に言葉は切り捨てられる。

 頭は空回りを続け、聞いても仕方がないはずの、自分の疑問をぶつけていく。


「なな、なんでNPCなのに話せるんですか?」

「はい? NPCってなによ」

「いやいやいや、これゲームですよね」

「もしかしてその格好は、なにか遊びでもやってるの?」


 微妙に噛み合わない会話だけど、思わぬところで救いの手が転がりでたことに喜び、飛び乗った。


「そそそそうですっ。ちょっと友達と遊んでいまして」


 怪訝な顔をするフリッツだが、シズは押し込んでしまえとマシンガンのように言葉を吐き出す。


「いやちょっと、どのくらい大人をだませるのか友達とやってまして。俺は宿屋に泊まると言うことになっていて、話しかけたんです。いやまあこんなに早く見抜かれると思わなかったなぁ。ハッハッハ」

「あんたねぇ」


 フリッツは額に手を当てため息をつくと、シズに拳骨を落とす。


「っ~~。ったい」

「ふざけるんじゃないわよ。あんた孤児でしょうけど、やっていい遊びと悪い遊びがあるわ。もうこんなことはしないこと。いいね」

「孤児じゃないですよ。プレイヤーです。生きた人間ですよ」


 頭を押さえながらシズは反論する。


「私だって人間よ。プレイヤーってのが何かは知らないけど」


 まるで私が人間じゃないみたいじゃない、と反論するフリッツにシズの頭はやっとまともに回転し始める。

 静かになったシズを怪訝に見ながら、フリッツは言葉を続けていく。


「孤児じゃないならなんで家名をもっていないの?」

「反対になぜ持っていないといけないのですか」

「そりゃ、同じ名前のやつがいるからでしょう」

「そうですか。こことは違う場所に住んでいましたので、そこらへんがわからないんです」

「ありえないわ。家名を持つことなんて、当たり前よ? 嘘はいけないわ」

「本当です。信じてもらえないのは当たり前ですが、俺は違う場所から着ました」


 嘘は言っていない。こういうところでは、嘘をついてはいけないと思っている。ばれた場合、信用されないどころか、ゲーム時代では、衛兵に連れて行かれれば牢屋入りだ。出れなくなったからといって、仕様が変わっているとは思えない。そんな危険は冒せない。

 だからと言って信じてもらえるとも思っていない。

 シズ自身、荒唐無稽なことを言っているという自覚はあるのだ。


「俺が言えるのは孤児ではないことと、違う場所からきたということだけです」


 もう一度言う。本当はここはゲームの世界で、俺は現実世界から来たと言えれば一番なんだろうが、言った途端おかしい人認定されるだろう。


(NPCや、プレイヤーが認知されていないなら、ここは一つの世界だと考えたほうがいい。だとすればそういった言動は控えないといけない)


 シズの頭の中ではすでにここは、異世界として認識している。

 NPCの仕様を逸脱した反応、行動。自分で考えて喋る頭。どう考えても今までの仕様と変わっている。


「ならせめて顔ぐらい見せたらどうなのよ。やましいことがないなら見せれるでしょ」


 マントを頭から外す。

奥二重の切れ長の瞳。しかし細すぎもなく、パッチリと開いている。整った鼻梁は黄金比率で作り上げたと言われても不思議ではない。肌は白く、髪はカラスの濡れ羽のような黒色。神が黄金比率を使い、作られたといわれても信じてしまうかもしれない。

キャラクターエディットに数時間もかけたというのだから、作りこみようがわかるというものだ。実際にここまで作りこむプレイヤーも珍しく、プレイヤー間ではちょっとした有名人ではある。

 これがゲーム時代であれば、特に違和感はなかったかもしれない。しかしログアウトできず、異世界だと認識していたとしても、シズの考えはまだ甘かったとしか言えない。

 滅多にお目にかかれない程の美少女が素顔をさらす。ただそれだけで、目の前のフリッツは呆けたように見蕩れ、しばし沈黙が続く。


「……あの」


 シズが声をかけると、ハッとしたようにフリッツは首を振る。


「ごめんなさい。ぼうっとしてしまったわ。フードは被っておきなさい」


 不思議に思いながらも、フードをもう一度被る。

 その間、フリッツは何かを考えるように眉を寄せていた。ぶつぶつと何かを言っているのを横目に、シズはシズで状況の整理を始める。


(ここが異世界だと仮定した場合、というよりゲームの中の異世界だろうけど、どうするべきか。アイツにはメール出してあるから、いつ来てもいいはずだけど……)


「ねえ、うちで働かない?」


(それよりNPCが消えた世界で俺たちはどう動くべきだ。……PKは無いと思いたい。けど全員が全員しないとは限らないし。街中での攻撃も可能と思うべきかな……)


「ちょっと聞いてる?」


(あとはこの世界がどの程度まで、ゲームと同じかなんだけど)


「ねえってば!」


 肩を掴まれて揺り動かされる。


「うわっ、なに?」

「だからうちで働かないかって言ってるの」

「うちってどこですか?」

「私のお店。酒場と宿屋一緒にやってるから、働いてる間ぐらい面倒見てあげるって言ってるの」

「いいんですか?」


 この世界のことを知りたかったシズにとって、それは渡りに船だった。


「その代わり、自分のことは俺じゃなくて、私ってよぶこと」

「はい!」


 元気よく挨拶をしたシズは、フリッツに連れられ、路地裏から出た。

 薄暗いところにいたため、表の日が少し目にきつく目を細めた。

 道路には人の意機会が多く、屋台の親父が大声を出しながら客を集め、その反対では負けじと大声を張り上げる。喧騒と活気がうるさいぐらいに耳に入る。

 不慣れな人ごみに、すこしずつフリッツとの距離が開いていく。周りはシズより大きな人ばかりで、隙間にねじ込むようにしてフリッツの傍まで走る。

 そんなことを何度も繰り返していると、フリッツが声をかけてきた。


「あなた本当に孤児じゃないのね……」


 当たり前だと、シズは少し怒った。

 雰囲気察したのか、フリッツが苦笑気味に謝る。


「フフ、ごめんなさいね。ちょっとしたイタズラのつもりだったのよ。孤児ならこのぐらいすぐついてこれるからね」


 そっぽを向くシズ。自分でも、幼いことをしているという自覚はあるのだが、体が勝手に反応してしまうのだ。

 シズの様子を見てまた笑うと、ほらとフリッツは手を差し出す。

 困惑するシズに、


「手をつなげばはぐれないわよ」


 と言う。

 子ども扱いされてるシズは、すげなく断るが、フリッツが無理やり手を掴んで歩いていく。

 女の人に手を掴まれて一緒に歩くなんて、子どものころ以来だと、恥ずかしさに頬が熱くなるのを感じた。

 しばらくもすると、その状態も落ち着き、シズからフリッツに質問が投げかけられる。


「フリッツさんはどうして、俺を誘ってくれたんですか」

「…………」

「フリッツさん聞いてます?」

「約束は?」

「はい?」

「呼び方よ。呼び方」


 あれのことか、と思いつくも自分のことを『私』と呼ぶことには、予想以上に抵抗感があった。


(あの時は情報が集まると思って普通に返事したけど、俺男なのに私って。ありえないぞ。だけどフリッツさんはそうしないと答えてくれなさそうだし……。仕方がないか、身から出た錆ってやつだ)


「どうして私を誘ってくれたんですか」


 私と言った瞬間、シズはげっそりとし、フリッツはにっこりと笑った。いかにげっそりしようとも、フードが邪魔で、フリッツには見えない。シズの内心を知らないフリッツは、簡潔に言う。


「儲けれると思ったから」

「は?」

「だから儲けれると思ったから」


 何度聞き返しても、同じ返事が返ってくる。そして聞くたびに上機嫌になっていく。それを見て反対にシズのテンションは、階段から転げ落ちていく。


「いやさあ、ウチって酒場と宿屋一緒って言ったでしょ。来るのは男ばっかなわけなのよ。で、男って言うものは綺麗か可愛い子だと、よく来てくれたりするわけなのよ。そこであなた、シズの出番よ。こんな美少女が給仕をしている。男どもならこぞってうちに来るわ。間違いない。そしたら大儲けよ」


 シズにはフリッツの目がお金にしか見えなかった。

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