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「お、おい。どうなってる?」
「運営が時間ミスったのか?」
さきほどまで、しんみりとした雰囲気と終わったという雰囲気があったため、肩透かしを喰らったようだった。
雑然とした雰囲気に戻った広場は、笑い声でいっぱいになる。
「最後の最後でとちりやがって」
「おいおい、誰かGMコールしろよ」
誰かの言葉に、数人のプレイヤー達がメニュー画面を操作する。
「ないぞ?」
最初の言葉は半信半疑だった。
そんな馬鹿なと思いつつ、また数人のプレイヤーがないことを確認していく。
もちろんシズも確認した。
どうなっているのか、わかる人物が居るはずもなく、広場は急速に不安と喧騒が熟成されていく。
そして、決定的な一言が放たれた。
「ログアウトも出来なくなってるぞ!」
と。
すかさずシステム欄を見ても確かになかった。
異常事態だ。それまではログアウトという手段が残っているものだと思っていた。しかし無くなってしまった。AFKをするにしても、それすら見当たらない。でなければ自分の体は現実世界で奇行に走っているからだ。
仮想世界から帰ることが出来なくなった。GMコールも使えない。どうにもできないという絶望感が、広場を支配する。
全員が理解するに至るころには狂騒だった。泣き叫ぶもの、怒鳴るもの、蹲るもの、なんとか現実世界の体を動かせないか試すもの。
「どうしてこんなことに……」
シズの呟きは誰にも聞こえなかっただろう。
周りの喧騒が呟きをかき消すのだ。
半ば呆然としていると、肩に衝撃が走った。誰かにぶつかったのだ。
現実世界ならば当たり前のこと、しかしこれがゲームであるのなら、あるはずのない痛み。
「すみません」
反射的に謝ったが、すぐにおかしいと気づいた。
痛みがあるのだ。仮想世界にはないはずの痛みが。
その事実が、シズの顔を青くさせた。ヤバイと思う前には、体が先に動いていた。
AGI極型の本領発揮といえるほど、街中から離れていく。
途中にプレイヤーがいても声さえかけずに、プレイヤー達から離れていく。
なぜならシズのキャラクターはAGI極型だからだ。
極型の利点は圧倒的なまでの、単一火力であり、AGI型であれば素早さを武器に戦う。もちろん武器などの最低限のステータス確保をして。反面デメリットは大きく、それ以外が弱すぎるのだ。普通に戦おうと思えば、ある程度はバランス型にするほうが戦いやすい。そして体力がないシズであれば、火力特化型の攻撃を喰らって死亡、なんてことがあるかもしれなかった。
シズ自身はこのときは、そこまで考えていなかった。しかし後から考えれば行動自体は正解だっただろう。
実際広場では暴動に近いことが起こっており、殴り殴られ、恐慌に陥った人々には規律と言うものには、ほど遠かったのだから。
プレイヤー達が見えないような路地裏まで進むと、やっと足を止めた。
最初にやったことは情報の整理だった。何が出来て、何が出来ないのか。そしてリアルを知っている人物にメールを送っておく。
結果的に解ったことは、キャラクター、アイテムストレージ、フレンドの三つはいまだ使えることだった。リアルの友人が、こっちに来ていることには安堵したが、返信が来ない。
キャラクター画面では自身のキャラクターがきちっと描かれていた。濃紺の服に淵が赤く染まり、襟で顔の下半分が隠れていた。髪の毛は腰まであるが、身長自体が小さく139センチしかない。お人形さんみたいで可愛い、というのがだいたいのプレイヤーの感想である。
実際のシズは男であり、身長もそれなりにあるのだが、キャラクターを作るときに「このキャラはちっさい暗殺者!」というコンセプトで作ったため、こうなった。体の身長を変えると現実との誤差で動かしにくいのだが、それさえも根性で克服した。
アイテムストレージは自由に出し入れできるが、使うためには一度外に出さなくてはいけないため、必要なものは持てるだけ取り出しておく。
最後にマントを取り出してかぶると、ゆっくりと路地裏から出て行った。
路地裏から出たシズは、どこかに隠れるべく、街を見て回った。
やはりというべきか、感心するべきなのか、プロイセンの街はゲームと同じだった。中世の建物は、ゲーム中ではただのオブジェクトとしてしか認識していなかったが、改めてみると異国情緒あふれる建物だった。
歩き続けていると、NPC同士が会話していることに気づいた。コレは驚いた。
NPCとはノンプレイヤーキャラクター、プレイヤーではなく、プログラムで動かされている人に似せた違うものだからだ。そしてNPCとは大概にして、こちらから話しかけなければ喋ることはない。
なにかしらヒントがあるのかもしれないと、足の向きを変えて、NPCのそばを通り過ぎる。
「広場のほうで暴動がおきているらしいわ」
「まあ、そうなのかい?」
「ええ、なんでもいきなり狂ったように叫びだしたらしいわよ」
「そりゃあ嫌だねぇ。衛兵達はなにをやっているんだい」
半分は興味と好奇心で近づいた足は、いつの間にか止まってしまっていた。
NPCがついさっきの出来事を会話している時事ネタで会話している。プレイヤーのことは関係ないはずなのに。話すのであればそこから発展して、プレイヤーへのクエストだけだったはず。
「人が多すぎて、足らないらしいわ」
「トチ狂った浮浪者がなにかしてるみたいだねぇ」
「それが美男美女ばかりらしいわよ?」
「なんだいそりゃ。貴族様かい? 酔狂なことをするもんだねぇ」
「私らみたいな平民からは考え付かないわよ。というか何がしたいの、かし……ら?」
「どうしたんだい?」
NPCの一人の二十台前半ごろの赤毛を伸ばした女性の視線を追って、もう一人のNPC、おばさんが振り返る。
どうやら凝視していたらしい。そのことに、振り返られて初めて気づいた。
小さなマントで顔も隠して、凝視していたらそりゃ怪しいだろうと、変な所で考えながらも、まったく思考がまとまらない。
「いや、あの、そのですね……ええと」
わたわたと手を振り動かしながらも、言葉の形になっていないものしかでなかった。
首をかしげる目の前の二人にどうしようかと、やっとでた言葉はまったく関係ない言葉だった。
「こ、ここらへんで宿はありませんか?」
何を言っているんだと内心悪態をつきながらも、一度口に出した言葉は引き戻せない。
キョトンとした女性は、何か納得したのか頷くと話しかけてきた。
「ありますよ」
「じゃ、じゃあ場所教えてもらっていいですか?」
実際は宿があることも知っているし、場所も知っている。ただ聞いた手前、こう言うしかなかった。
「あたしは無理だねぇ。買い物済ませないといけない」
「では私が教えますよ。こっちよ」
何やってんだよ、と胸の内でいいながらも、何も言い出せない。聞きたいことは他にあるのに。なんでNPCが話しているのか、とか、あなたたちはNPCですよね、とか。
シズの内心なんていざ知らず、目の前でさきさきと進む。シズは慌てて後を追うようについていった。
ついていく最中、さきほどまで、特に気にはしていなかったことが、目に入ってくる。通りにはゲーム内であったように露店、武具、そのほか服屋などもあった。そしてどこにもNPC同士で会話し、物を買っている。
プレイヤーはいそうに無いが、NPCがこれだけいるというのも意外だった。ついついキョロキョロと見回していると、目の前の女性が微笑んでいた。
「おのぼりさんみたいね。あまりそうしているとスリとか悪徳商人がよってくるわよ」
「は、はぁ」
気の抜けた返事をして少しだけ頭を下げる。
「そういえば名前聞いてなかったわね。私はフリッツ。フリッツ・ルベルト」
中世で苗字を持っているということは、どこかの偉いさんなんだろうか。
面倒ごとには巻き込まれたくないシズは、キャラクター作成時の名前だけを名乗った。
もちろん苗字なんかつけていないし、中世では苗字は家名と同義で、商人以上の階級のみだったはずだったという知識があったからだ。だからこそ苗字はつけなかったし、つける必要も思いつかなかった。
「シズ。ただのシズ」
「ふうん。家名なしか」
なーんだ、と伸びをするとクルリと振り向いて視線を合わせる。シズの手をとり、大通りから外れて裏路地のほうへ連れて行く。
一本横道を入り、少ししたところで止まる。後ろには表通りがあり、路地の間には太陽の光はとどかずに昼だというのに、ほのかに薄暗い。
「一応聞くけど、宿はそれなりに高いよ?」
何故かはわからないが、暗にキミじゃ無理だと、言われている。それ以外にも言葉には何かが含まれている。しかしそれがなんなのかがわからない。手を掴んだまま、フリッツは言葉を続ける。
「私はまだ若いけどある程度のことはわかるつもりよ。あなたが今来ているマントはかなりいいものだわ。そんなもの着ているのは、お金を持っているところだけよ? 宿代ぐらいは軽く出せるでしょうね」
そこでフリッツは一度言葉を切る。
「それを踏まえたうえで聞きたいことがあるの。最初、私はあなたのことを、貴族か商人の子どもだと思ったわ。けれど変なのよ。そもそもそんなものはここにはこないし、一人なんかありえない。コレが一番おかしいのだけど――――なぜ家名がないの?」
ここまで一度も言葉を挟む余裕はなかった。そして自分が致命的な失敗をしたことを悟った。