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第一話

 



 ガサガサと手に提げたコンビニのビニール袋が音を立てた。

 中に入っているペットボトルのお茶が揺れ、隣にあるであろうおにぎりの包装紙が擦れる。

 穿き慣れたGパンに、無難な柄のTシャツ。やけに濃くなった無精髭を摩りながら、大槻風人(かぜと)は長閑な住宅街を歩いていた。

 珍しくその日は特別な案件もなく、細かい作業をするだけで昼には暇になってしまった。周りの同僚などからは疲れているなら家に戻れと言われ、上司からもお休みと言われる始末だ。これは相当酷い顔をしていたに違いない。

 これでも風人は警察官だ。犯罪に対していつでも出られるように構えていたのだが、疲れが出ていたらしい。

 彼らのお言葉に甘え、風人は帰ることにした。家に帰れ、とは言うものの男やもめの独身寮なものだから誰かが待っている訳でもなく、料理が準備されているでもなく、風人はしぶしぶ近所のコンビニエンスストアに足を運ぶことになってしまった。

 今はその帰り道ということになる。この帰り道だが、妙に入り組んでて赴任した直後はよく道に迷ったものだった。だが、迷った甲斐もあったのか近頃では綺麗な桜が咲いている場所を見つけ、先程まで心が洗われるかのように眺めてきた。やはり日本の春には桜が一番だと、風人は思う。

 とは言うものの、桜が春に咲いたことなどここ最近ではなかった。

 10年前の“大災害”を受けてから自然界も当たり前を保持するのが困難だったのだ。

 風人は近所にある電波塔を遠目から眺める。それは当たり前のように折れて朽ちていた。その周りには誰が埋めたのか、それとも自然発生なのか、青い花が所狭しと咲いている。長年使われていない証拠だ。

 “大災害”の後では植物が異常を発したり、動物達も異変を起こした。奇形が生まれるのは勿論、共食いをし始めた種もいる。何もかもめちゃくちゃだった。

 10年前、風人はまだ小学生だった。普通の小学生だったと自負している。カードゲームに少ない小遣いを使ったり、お菓子を近くの駄菓子屋さんで買い食いしたり、友達とサッカーしたり野球したり、まだまだ将来のことなんて考えてなかったはずだ。

 それが、いとも簡単に常識が崩れ去った日が来た。

 それが“大災害”。

 世界が変わった日。常識が裏返った日。審判の日。運命の日。呼び方はたくさんあった。

 当時の人たちも何があったか覚えていないだろう。各言う風人もよく覚えていない。

 ただ覚えているのは、気づけば一人ぼっちになっていたことだけだ。あっという間に世界は恐怖に包まれて、避難を余儀なくされた。何から逃げているのかも分からずに非難していた。

 やれテロが世界中で起きた。やれ隕石が降ってきた。やれ核ミサイルが世界中に発射された。情報は錯綜し、結局どの国もどの機関も正確に何が起きたのか掴めていない。

 ただ、その日だけで世界の二人に一人は亡くなったとされている。単純な話、世界の人口が半分になってしまったらしい。

 これだけの規模の被害の所為か、細菌兵器が撒かれたという説が一番強い。それが一番説得力があると皆が受け入れた。しかし、それでもどこの国のどこが作った兵器なのかは誰も知らない。また、所々都市や町が破壊された跡が残っているのを考えると、同時に地震が起きたやら津波が押し寄せてきたやら、災害が皆やってきたと思っている人も少なくない。

 誰も何も知らない、だから皆その日を“大災害”と呼んだ。

 また、その日をこう呼ぶ人たちがいる、“人類が進化した日”。

 ポケットの中に仕舞った携帯電話がコールしている。黒いざんばら髪が揺れた。

「はい、こちら大槻」

 もう何千回と口にした言葉。

『大槻さん。そちらの近所で引ったくり犯が逃げたとの報告がありました。至急、応援お願いします』

 連絡を受けた直後、確かに“力”を感じた。距離はそう遠くない。

「了解。こちらでできるだけのことはしておくよ。とりあえず追っているポーズはね」

『ちょっと大槻さん!』

 電話の向こうで何か言いたげな声を遮り、風人はペットボトルのお茶を飲む。せめてこれを飲む時間は欲しいものだ。

 おにぎりは実に惜しいが、近所の爺さんによかったらと渡しておく。お爺さんは礼を言ってすぐに食べた。正直恨めしかったが、仕事を優先しよう。

 大通まで駆け足で抜ける。感じる“力”は着実に接近している。

 そして遠目でひったくり犯を確認した。

 ひったくり犯は飛んでいた。

 何を言っているか分からねぇと思うが、飛んでいるのだ。10年前までは非常識と言われるかもしれない。気が触れたかと言われるかもしれない。しかし、今では違うのだ。

 “大災害”の日より、人類は進化した。

 “超能力者”になったのだ。

 あれもその超能力を使って飛んでいるに過ぎない。サイコキネシスで自分を操っているだけだ。自分を念力で持ち上げて、バイク並みの速度で飛ばしている。

 それだけなのだ。

 風人は超能力者の前に躍り出る。相手の方は突然出てきた風人にびっくりして、その速度を落とした。その様子から、特別大したこともない超能力者だと決め付ける。

 ただ、この犯人は逃げていることに専念した能力に仕上げていた。こうなると、風人の能力とは相性が悪い。

 ひったくり犯はバランスを崩しながらも風人の横を普通に通り過ぎる。

 ――さて、仕方がない。追いますか。と風人が振り向いた瞬間、小型飛行機のように逃げるひったくり犯を追う影が脇道から飛び出る。

 それは高速で飛ぶ犯人に迫る勢いで、走っていた。時速70キロは出ているであろう飛行体に、それは追いつこうとしている。

 それは女の子だった。やや茶色のポニーテールをした可愛らしい女の子。服は近所の高校の制服。スカートが凄い勢いで翻っているにも気づかず、彼女は犯人を追っている。中身は白、素晴らしい。

 そして飛んでいる犯人に女生徒が飛びかかった。お互いの勢いは普通ではないため、その様子を見ていた人たちは呆気にとられる。風人は頑張って、彼らに追いつくとひったくり犯を押さえつけている少女に声を掛ける。犯人は泡を吹いているところを見ると気絶してしまったようだ。

「ご協力ありがとう。犯罪対策課です。しかし、大人としては感心しないよ」

「その大人が不甲斐ないからこうして出しゃばったんです」

 なるほど、正論だ。

 今日の世界情勢ではどこにどれほどの人口がいて、どれほどの人種がいて、どれほどの能力者がいるのかも分かっていない。そこら中にいるかもしれないし、いないかもしれない。

 現状を把握しようとしていない大人に対しては、この少女の言い分は正しいのかもしれない。しかし、それがどれほど大変なのかは大人にならないと分からないものだ。

「じゃあ、手錠かけるからどいてくれ」

 金属製の、大型の手錠。これには内部に機械が取り付けてあり、能力を使おうとしたら電流が流れる仕様に成っている。別名スタンハンドカフス。拷問器具だ。

 非番だと言うのにこれを持ち歩いてしまっているのを考えると、法治国家日本伝説も随分地に落ちたものだ。犯罪はどこでも起きるが、超能力が現れてからは増加の一方だ。

 全世界規模でみれば犯罪件数は随分多くなっている。超能力を手に入れた翌年は少なかったが、それは皆が先に復興したいがために動かなかっただけだ。時間が経てば、自分の力にも慣れていく、だから犯罪が多くなった。

「それ、痛いの?」

 女生徒が物憂げな眼差しで手錠を見ていた。

「相当痛い」

「どれくらい?」

「スタンガン食らうくらい」

「まんまじゃない!」

 キッと怒った目付きを風人に向ける。これくらいの年の女の子は怒った顔も悪くない。

「それ、どういう仕組みになってるの?」

 さっきから質問ばかりだな、と思うがお巡りさんが来るまでなら付き合うことにしよう。

「超能力を使ったら波を発するの知ってる?」

「発振反応の事?」

「そうだ。手錠の中にその発振を至近距離で感知したら電流が流れる仕組み。勿論作動中だけ、そうじゃないと持ち歩いている奴ら皆感電してしまうからな」

 これがまた痛い、と付け加える。

 この世界に現れた超能力は総じて波を発生させる。

 波と言っても音のような空気の振動ではない。電波のようなものだ。感じようと思っても、感じることが出来ない振動。一人一人が固有の振動数を持っているとされ、振幅が大きければ大きいほど強い力が使える。しかし、これは従来の機械では感知しにくく、随分の間犯罪抑止に対して遅れを取っていた。普通の手錠を掛けたとしても、超能力を使って逃げてしまう輩が本当に多かった。

 ちなみに、この振動を見つけた科学者は偶然だったと証言している。運が悪ければ、永遠に出来なかった。

「ところで、お兄さん」

「うん?」

 こういう女の子にお兄さんと呼ばれると、何だか背徳の匂いがした。

「報告とかしないでいいの?」

 ――忘れていた。

 急いで携帯を取り出すと部署に連絡を入れる。

「こちら大槻。マルハン確保。なお民間人のご協力があり。どうぞ」

『こちら犯罪対策課。ご苦労様です。もう少しで鷹条が参りますから、彼に引き継いでください』

 声の向こうにいるのは対策課の有間。眼鏡をかけたなかなかの美女ではあるのだが、堅物である。それに年上、苦手な類だ。ちなみに、先程応援要請してきたのは、舞屋という課のマスコットガールだ。署内の彼女にしたい女性No1。ただ、彼氏持ち。

「いや、一緒についていきますよ。ついでに調書や報告書も書かないと。あと、食事も」

『…好きになさい』

「どうも有間上司」

 いつもの通りに応対する。初めの頃は直せと言われたが、もう諦められたのか、言われなくなった。

「なんか、不真面目っぽいね」

「失敬な。手を抜けるところで手を抜いているだけだ」

「威張って言えることじゃないよね」

「それは仰るとおりで」

 初対面の女性にここまで言われるとは、少しは真面目にやるべきなのかもしれない。

 そうこう考えていると、上空から力を感じた。先程のひったくり犯とは段違いの波。

 ゆっくりと着地し、制服であるコートを翻しながら挨拶する。

「よう、あがりだったのに悪いな。大槻」

 時間を掛けてセットしているであろう茶髪に、気さくな笑顔を張り付けて、(たか)(じょう)(くう)()は風人に声を掛ける。そうやって笑っていると本当に二枚目だ。

 彼は対策課のトップガン。世界最高峰の念動力者(サイキッカー)。10トントラックを念力で持ち上げる化物である。

「食いっぱぐれたよ」

「悪かったって。あ~、ところでこちらは?」

 鷹条は隣にいる彼女に指を指す。やめろ、行儀が悪い。

「菱並高校3年、(すず)(なり)波子(なみこ)です。一応、超能力者です」

「俺は大槻風人。こっちは鷹条空治。二人とも超能力対策課」

 よろしく、と手を差し出すと彼女の方も恐る恐る手を出して握手した。細くて艶やかな手だった。先程の脚力を出していた女性の手とは思えないほどだ。

 そして、いつもならば分かるはずの力の大きさが測れない。

「で、彼女どんなタイプ?」

 鷹条が耳打ちする。

 タイプというのは彼がよく言う言葉で、どんな超能力を持っているかを聞いている。

 超能力と言ってもたくさんある。鷹条や先程のひったくり犯のように物体を念で動かす念動力者(サイキッカー)、火を自由に操る発火能力者(パイロキネシスト)意思伝達者(テレパシスト)残留思念読者(サイコメトラー)、電気使い(エレクトロマスター)、その他大勢。

 そうそう種類が多いわけではないのだが、中には世界で一人という能力もある。そういうものは特別(スペシャル)だ。

 おそらくだが、この娘の能力はそれに該当する可能性がある。

「今のところ言えるのは、超足が速い」

「それだけ?」

「それだけ。しかもサービス旺盛だったぞ。パンツ丸見えだったし」

「それはそれは。何色でしたか、大槻さん?」

 白、と言おうとした瞬間、隣から般若が現れた。そして大きな力の波。

 心の中の選択。

 たたかう、どうぐ、にげる、あやまる。

 にげる、を選択。

「禁則事項だ」

「そいつはないぜ」

「訴えていいですか?」

「ふんだくるよ」

「それはこっちの台詞です!」

「まあ、冗談はさておき。鷹条、署まで飛ばしてくれよ。俺たち二人と、この犯人も」

 彼の念動力をもってすれば軽いものだ。しかし、彼は苦い顔をする。

「彼女と犯人はともかく、お前は自分で飛べよ」

「やだね。俺の力はそういうのじゃないんだ」

「…相変わらず勝手な奴だよ、お前は」

「じゃあ、頼んだぜ」

 そこで風人は波子に向かって笑いかける。

「滅多にない空中遊泳だ。鳥の気分を味わおうぜ」

 え、と状況をうまく飲み込めない彼女はそのまま浮いた。というか、吹っ飛んだ。絶叫がドップラー効果で小さく聞こえてくる。

 次に風人も浮く。こっちはゆっくりだ。絶叫系が苦手なわけじゃないが、心臓が縮む。

 風人は自分の住む街を見下ろしながら、仕事場へと悠長に向かうのだった。


『魔を掴む』では殺伐しているので、こちらはギャグを多めにして明るい雰囲気を出していこうと思います。ただ、この作品は『魔を掴む』の合間に書いているものなので、超不定期になります。ただでさえ、遅筆なのに。


この作品は作者の空想や妄想、センスのないギャグを多く含みます。それでもいいという寛容な方々は、気長にでも待っててください。不満は感想にでも。


誤字脱字、意見、感想がございましたら、好きなだけ書きこんでください。必ず目を通します。


それでは最後に、ありがとうございました。

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