わたくしが悪役令嬢?オファーは嬉しいが脚本レベルが学園小等部にも負けている。
「わたくしが悪役令嬢ですの?」
両手の指を胸の前で組んでソフィアはうっとりと微笑んだ。
「ナディアとお揃いだわ」小さく呟き、きわめて嬉しそうである。何かがおかしい。
学園の放課後。高等部の奥庭の一角で人通りは少なく、静かだ。
樹木に囲まれたベンチで一人読書をしていたソフィアの前に、10年来の婚約者であるフランツが一人のご令嬢につれられ現れた。確かこのご令嬢は、他クラスのリリア嬢、男爵家令嬢であったはず。薄い茶色の大きめのウェーブのかかった髪に透明感のある緑色の目の、どこか子鹿を思わせるお嬢さんだ。
現れたものの、何か言いかけようとしているのか口を開いたり閉じたりをフランツが数度繰り返したところで、リリアが話を切り出した。で、冒頭である。
「それで、お話とは?」
ソフィアのわくわく感が隠しきれていない。
手を組んだまま身を乗り出している。
木々の間を風がそよいでいく音が聞こえる。やっぱり何かがおかしい。
「ソフィア様が私をいじめて・・・」
「リリア嬢を?いじめたかしらね?確かリリア嬢でよかったわね?どうして?」
「それはですね、ソフィア様が私に嫉妬して・・・」
「嫉妬?どうして?何を?」
首をかしげて、容姿?成績?ありえないわよね?とつぶやいている。
むっとしたが、反論できないリリアが主張する。
「私がフランツに愛されているからです!」
「もっとありえないわね・・・。何故リリア嬢がフランツに愛されていたら私が嫉妬するの?」
「それは・・・。それは・・・。ソフィア様も私たちが愛し合っていたら悔しいでしょう?」
「いやだから全然。」
「ソフィア様はフランツを愛しているでしょう!だからです!だから嫉妬するでしょう!」
リリアは言いつのった。前提が崩れては話が進まない。一応の目的である婚約破棄は、まだ遙か彼方。その影すら見えない。
もはや強弁するほかない。
「? どうして? 私がフランツを愛していることになってるの?」
「え?だって婚約者で・・・。」
「でしたらフランツも私を愛していることになるけれど、リリア嬢の主張なさるところによると、フランツは婚約者たる私ではなくリリア嬢を愛しているのでしょ?矛盾しませんか?婚約者だからと言うだけでは『愛している』ことの根拠として薄弱ではありません?」
ソフィアはため息をついて組んでいた手をほどいた。
「その話の流れでは小等部の学園祭特別シアターにも完敗だわね。掛け値無しに。ご存じ?学園小等部では、年一度の小等部学園祭で演劇を披露するのよ。それはもう小等部総出の取り組みで、父兄からも評判が良いの。席取りの徹夜組が出るくらいにね。
私の天使、ナディアが先日の学園祭特別シアターで悪役令嬢を演じたのよ。素晴らしかったわ。タイトルが『愛と正義の狭間で』」
「小等部にしてはタイトルが重くないか。」
ソフィアの発言を断ち切ったフランツの発言も、軽くスルーされる。
リリアが少し身を乗り出す。
「ナディア様というとソフィア様の妹君の?噂で聞いたことがあるわ。」
「ええ。私の妹。天使のように美しくて可憐なの。写し絵をご覧になる?」
学園に天使がいるのだから噂になっても当然ね、とうなずきながらジャケットの裏に手をやる。
隠しポケットから手のひらサイズの写し絵が出てきた。
ソフィアと同じくシルバーブロンドの、やわらかい笑みを浮かべた美少女の絵姿である。
「これは・・・。可愛らしい・・・。」リリアが負けたかも、とつぶやく。
「そうでしょう。ナディアはこの世の奇跡です!」
「ソフィア様が重度のシスコンという噂は本当だった。」
リリアのつぶやきはソフィアには聞こえなかったようだ。
「先日の特別シアターでも、ナディアは輝いていたわ!美しいだけでは無く、演技も素晴しくて。もちろん家で練習して練習して臨んでいたわ。国立劇場演技指導責任者の先生をお招きしたの。ナディアは才能がある上に、努力家でもあるのよ。」
「流石公爵家、財力による教育格差はここにもあった。」
「それが!演技だけではないの!劇中歌も感動を呼んだわ。こちらはオペラハウスの歌唱指導責任者に師事したの。ナディアったら、これ以上歌われますと喉が潰れますって警告されるとこまで練習して・・・。後は喉のケアをしつつ感情移入のために歌詞の分析をしてたのよ。歌のタイトルが『愛よりも正義』で」
「ちょっと待て。そこは正義より愛じゃないのか?」
フランツが、またソフィアの言葉をさえぎる。
「どうして?
王子に恋人ができて、婚約者である公爵令嬢に冤罪をかけ、公爵令嬢有責で婚約破棄を目論むストーリーなのよ。公爵令嬢は王子を愛していて、穏便に済ませるか、正義を追求して公正な対応をするか悩むの。」
「え?真実の愛が全てに打ち勝つ話じゃないの?」
「それは無理ね。どのみち浅薄な企みは潰えて、密かに穏便に処分するか、すべてを明らかにし公明正大に処分するか、その処分二択で迷う話だわね。あくまで処分段階の話。真実の愛が全ての反社会的行為ないし犯罪を正当化する、なんて荒唐無稽な夢物語を楽しんで良いのは、それが荒唐無稽と理解している人だけ。荒唐無稽な物語では、子供たちへの教育的指導にならないわ。」
「荒唐無稽3回言った・・・。あの…穏便エンドの場合はどうなるんでしょう?真実の愛の恋人は・・・。」
「どのみち王子は廃嫡ね。王子の持っていた国の4分の1にあたる領地も没収。」
「ちょっとその領地多くないか。国として無理あるだろ。」
「勧善懲悪をビビッドにするためかしらね?」
「どちらにしても廃嫡一択!財産剥奪!ひどい・・・。幸せになっちゃいけないの・・・。」
「当然よ。婚約は契約だって耳がどうにかなりそうな程言われてるでしょ。契約すれば契約内容の遵守と尊重の義務が発生するのは当然のこと。勝手に恋人を作った段階で終わりね。正確に言うと、恋人を作っても見逃されている間はまあよいけれど、自ら見逃せない状況を作ってしまった場合、恋人を作ったこと自体が問題として浮上するのね。」
「そこは真実の愛でなんとか・・・。」
「真実の愛って何かしら?我が国の法にあった?正当防衛的なもの?成立が認められれば本来違法行為に該当する行為が、犯罪にならない的な?ないわよね~。無理があるもの。特例措置が認められ得るのは権利の衝突がある場合だけだもの。真実の愛なんて、権利の衝突どころか一方的な権利の主張でしかないもの。信用を失うだけね。
ちなみに劇中の真実の愛のはずの恋人は財産剥奪のシーンで消えたわ。王子の恋人役の小等部の子が、出番少ないって嘆いてた。」
ソフィアは鼻で笑った。お行儀が悪い。
「主人公も法治国家に生きる高位貴族として、婚約者に愛はあるけれど『正義』を選ぶわけ。
ナディアったら、そこのところの葛藤を余すところなく表現していてね。ラストで『愛よりも正義』を熱唱する姿に見惚れ、聞き惚れたわ。」
ソフィアは涙ぐんだ。
「それなのに!それなのに!」
今度は激昂している。忙しい。血圧が不安である。
「最優秀俳優賞を奪われたのよ!王子役に!歌い終わった瞬間、ナディアの受賞を確信したのに!」
「王子役の演技が、その上を行ったんじゃないのか?」
「小憎らしい小細工の結果よ!劇中歌の『真実の愛は幻だった』、廃嫡されて一官吏となった王子が切々と歌うんだけどね。王子その時苦労のあまり若ハゲてるんだけど」
「幻だった上に若ハゲてるのか!」
自身の豊かな金髪を両手で隠すようにしてフランツが叫ぶ。
「その演出で、王子役が侍従の目を盗んで髪を短くざんばらに切ってしまって、いっそ剃らなければ体裁が悪い状況にしやがってね。」
「言葉荒れてますが。」
「まあ、侍従が反対していたからなんだけど、強引に髪を剃ってもらって、若ハゲ状態を人為的に作った挙げ句、箝口令を敷きやがった。
当日は終盤歌が始まるまではかつらだったんだけど、それは客席には判らなくて、最後の最後で『真実の愛は幻だった』を歌いながら若ハゲた王子が登場した瞬間、会場がどよめいたのよ。
ここまでするのか。何という魂の入った役作りかってね。その余勢を駆って票を集めたってわけよ。あの小僧。一発芸に負けたってナディア泣いてたわ。」
「ちなみに王子役というのはどなたが?侍従がついているなら高位貴族では?」
「第三王子よ。」
「リアル王子だった・・・。」
「王子が最優秀俳優賞とって、侍従は黙したまま涙を流してたって。減給3ヶ月が1ヶ月に短縮されたらしいわ。
海外からの外交使節の方々にも、ネタ的に好評らしいわね。どうして若ハゲ状態なのか?役作り?ではどんな役なんでしょう?と話が弾むわけ。リクエストで『真実の愛は幻だった』も歌ってるらしいわ。うちの夜会でもナディアに歌ってもらおうかしらね?『愛よりも正義』」
もはや持ち歌である。
「次は自分の番かって第四王子がビクビクしてるのが笑え・・・いや気の毒よね。」
「意外な余波が。他にも何かあった?」
「ん?小等部だけど、低学年の方では、真実の愛とは若ハゲに至る恐ろしい病ってことになってる。」
因果関係の飛躍がひどい。
言葉が途切れた。
風が吹いて木の葉がさらさらとふれあう音が聞こえる。
ソフィアはその音をじっと聞いていた。
「いけるかどうか元々不安だったけど、やっぱり公爵令息は無理ね。」
リリアはふっとニヒルに笑った。子鹿のニヒル笑いもなかなかに格好良かった。
「婚約者未決の方々の場合でも、真実の愛でごり押しするのは無理があると思うわ。他に理由を探してプレゼンできるようにしておいた方が良いわよ。」
ソフィアは穏やかに言った。
リリアは何度か深く頷いてから、規定ぎりぎりの丈のスカートの裾をひるがえして向きを変え、軽やかな足取りでかけだした。
ソフィアもフランツも黙っていた。暫くして、軽い足音が遠ざかり、ほとんど聞こえ無いほどになった。
「あの子嫌いじゃないわ。行動力も意欲もあるもの。方向が見当違いだったけど面白いし。」
ぼそりとソフィアが言う。
それから、勢いよくベンチから立ち上がってフランツの頭をぺしっと叩いた。
「これで3人目じゃない。しっかりしなさいよ。そろそろ突撃来るかな~って、この数日人気のなさそうな場所で単独行動してたんだからね。人目につくとフランツの家にもマイナスだから。毎度毎度引きずられて来てんじ ゃないわよ。」
リリアとフランツの交友関係が、愛し合っている関係とはほど遠いとソフィアも分かっている。フランツが、優柔不断の極端な面倒くさがりやであるがために、「行ける。」と、子鹿たちが無駄な期待を持つに至っただけだ。
「だからソフィアと婚約することになったんでしょ。ソフィアが3人分くらい強烈だから。」
フランツはごめんと言いながら笑った。
「強烈て・・・。真実の愛でも何でも良いけど、夢をかなえるために、ほんとに婚約解消が必要になったら相談に乗るから。」
「うん。」
ソフィアはフランツの鼻先に人差し指を突きつけた。
「この貸しは大きいわよ。国立劇場のフランツのとこのボックス席、来週使わせて。」
「うん。確認しとく。」
「もう原作も読んで準備できてる。楽しみ。主演はダニエル・ファーガソン様なの~。」
ソフィアはベンチで読んでいた本を手にとって、フランツにその表紙を見せた。
「『ダスタ帝国の滅亡~「真実の愛」に滅ぼされた国』ってまた真実の愛・・・。」
フランツがうへぇと顔をゆがめた。
「ねぇ。原作読んでたって事は、突撃される⇒撃墜する⇒ソフィアに借りが出来る⇒借りを回収されるって流れまで分かってたって事だよね? 突撃前で止めてくれても良かったのに。」
「だって面白・・・。フランツにも自力でなんとかする機会がないとだめじゃ無い?」
「前半部分が本音だろ。」
「ま、貸しは貸しだから。ボックス席お願いね。」
「承知した。でもさあ。席から垂れ幕下ろそうとするの止めてくれない?」
「え?どしてよ。うちのボックス席からやると父上に怒られるのよ。頭が固いから。その点フランツのとこのおじさまもおばさまも冗談が判る方で素敵よね。」
「『ダニエル様結婚して~』はまずいだろ。しかも全刺繍で。あれ何時刺繍したんだよ。本気でハイ結婚お受けします、って来られたらどうすんだ。」
「そうね~考えたことなかったわ。所詮は劇場用語で素敵~位の熱量だしね。万一そうなったら、私も俳優業につこうかしら。悪役令嬢役なんてよくない?」
無責任な発言にはしりながら、ソフィアはベンチに置いていた鞄の中に『ダスタ帝国の滅亡~「真実の愛」に滅ぼされた国』を入れた。
「そろそろ帰ってレポート書くわ。フランツも帰ったら?」
「あ、そっちの家で一緒にレポート書く。馬車一緒で良いよね?」
歩き出したソフィアとフランツの足元に、木漏れ日がちらちら踊っている。
なんだかんだ言ってこの二人、仲は悪くない。




