第7話 神殿のいない治療
翌朝、エレインに呼ばれた。
「来てほしい人がいます」
通されたのは、屋敷の奥だった。
客間ではない。生活区画から少し離れた、簡素な一室。
寝台の上に、男が横たわっている。
「私兵です」
エレインは短く説明した。
「数日前、訓練中に落馬しました。神殿で祈祷は受けていますが、痛みが引かず、腕がほとんど使えない状態です」
男は歯を食いしばっていた。
立つことはできるが、腕を動かすたびに表情が歪む。
――見なくても分かる。
だが、俺は一応、確認した。
腫れ方。熱感。痛みの出方。
「……これは、骨折ですね」
室内が、わずかに静まった。
「こっせつ?」
私兵が聞き返す。
「ええ。骨が折れています。正確には、ずれています」
腕に触れ、示す。
「この辺りで」
「見ただけで、分かるんですか?」
「触れば、だいたい分かります」
俺は淡々と答えた。
「腫れ方と、痛みの出方が違う。祈りだと、そこは区別しないでしょう?」
エレインが、小さく息を呑んだ。
「……確かに」
「神殿では、“腕の怪我”としか扱いません」
「だから治り方も、運任せになります」
俺は続けた。
「折れている骨を、元の位置に戻す。それから、固定する。順番を間違えると、治っても使えない腕になります」
男が、ごくりと唾を飲み込む。
「治せるんですか」
「はい」
それ以上の説明は、必要なかった。
⸻
【対象:橈骨遠位端骨折】
【致死リスク:低】
【対応:整復・固定】
祈りはしない。
神殿も、帳簿も、ここにはない。
必要なのは、手順だけだ。
意識を集中させる。
骨の位置を正確に思い描き、ずれを修正する。
淡い光が、最小限だけ灯った。
数分後。
「……あれ?」
男が、恐る恐る腕を動かした。
「痛く……ない」
完全ではないが、
さっきまでの激痛は消えている。
「腫れも、引いていますね」
エレインの声が、低く響いた。
俺は包帯で固定し、言った。
「今日は安静に。無理に動かさないこと。明日には、もっと楽になります」
男は寝台の上で、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
それは祈りでも、儀礼でもなかった。
ただの、現実的な礼だった。
⸻
部屋を出たあと、エレインが静かに言った。
「はっきりしていますね」
「何がですか」
「結果が。神殿の祈祷よりも」
俺は答えなかった。
治った。
それが、すべてだ。
「これを、神殿は“奇跡”と呼ぶのでしょう」
エレインは続ける。
「でも私は……技術だと思います。再現できるものは、奇跡じゃない」
その言葉に、胸の奥が静かに揺れた。
外科医だった頃、
何度も自分に言い聞かせてきたことだ。
「神殿は、まだ気づいていません」
エレインは、そう締めくくった。
「祈りの外側で、すでに治療が始まっていることに」
その静かな断言が、
なぜか一番、現実味を持って響いた。




