第6話 神殿の外で語られること
フォルツァ家の屋敷は、都の外れにあった。
貴族の屋敷としては小さい。
だが、壁の厚み、扉の造り、警戒の行き届いた動線を見れば分かる。
「ここは、私個人の家です」
案内しながら、エレインはさらりと言った。
「実家は地方にあります。
弟も、そちらに戻る予定です」
門が閉まり、外の喧騒が完全に遮断された。
その瞬間、彼女の表情から、街で見せていた緊張がわずかに抜けた。
「……改めて」
エレインは足を止め、深く頭を下げた。
「昨日は、ありがとうございました」
声は低く、静かで、少しだけ震えている。
「弟は……あのままなら、助からなかった」
短く息を吐き、顔を上げる。
「神殿に任せるしかないと、思っていました」
「それが、この国では“正しい”から」
自嘲するように、口元が歪んだ。
「でも、あなたは違った」
視線が、真っ直ぐこちらを捉える。
「立場も、損得も関係なく、治した」
「だから今は――貴族としてではなく、一人の姉として礼を言います」
「本当に、ありがとう」
「……俺は、やるべきことをやっただけです」
それ以上、言葉を重ねなかった。
エレインは一瞬だけ目を細めたが、
それ以上踏み込んでこなかった。
察して、引く。
その距離感が、心地よかった。
⸻
客間に通され、温かい飲み物が置かれる。
「聞かせて」
エレインは腰を下ろし、静かに切り出した。
「なぜ、神殿を出たの?」
俺は、起きたことを包み隠さず話した。
神殿の見習いだったこと。
祈りで治らなかった患者。
寄進を受け取らずに治療したこと。
そして、異端として追放されたこと。
「……なるほど」
エレインは、すぐに理解したように頷いた。
「治療は祈り。祈りは神殿の仕事」
「仕事には、必ず対価が必要」
当然のように言われ、
俺はこの世界の価値基準を、はっきりと理解した。
「治らなかった場合は?」
「神の御心です」
即答だった。
迷いがない。
「魔法はあります」
「でも医療は、魔法とは別物」
エレインは淡々と続ける。
「戦闘魔法や生活魔法は、才能があれば誰でも使える」
「でも回復は違う。神殿が“管理”している」
「管理……」
「独占です」
はっきりと言い切った。
「回復を自由に使われると、秩序が崩れる」
「兵も、労働者も、命の価値が変わる」
だから祈りは、
奇跡でなければならない。
「あなたのそれは」
エレインは、少し言葉を選んだ。
「魔法というより……技術に近い」
「再現性がある。偶然ではない」
胸の奥が、わずかにざわついた。
外科医として積み上げてきた手順。
彼女は、それに気づいている。
だが――
「詳しい事情は、聞きません」
エレインは視線を外して言った。
「人には、それぞれ理由があります」
「話したくなった時に、話せばいい」
その言葉に、俺は小さく息を吐いた。
⸻
「神殿は、あなたを放っておかない」
現実的な声だった。
「外で治療を続ければ、いずれ問題になる」
「だから――」
一瞬、考えてから言う。
「しばらく、ここにいなさい」
「理由は二つあります」
一つ、指を立てる。
「弟の件で、借りがある」
もう一つ。
「あなたの存在は、
この国の“当たり前”を揺らす」
その言葉に、迷いはなかった。
「軍は、怪我人を大量に出す」
「神殿の祈りだけでは、間に合わない時が来る」
王国軍の隊長。
その名が、頭をよぎる。
「あなたが必要になる場面が、必ず来る」
静かな声だった。
だが、それは――
神殿に否定された俺が、
この世界で初めて与えられた、居場所の予感だった。




