第28話 薬師セリア
アルヴェリア王国の王都は、重かった。
門をくぐった瞬間から分かる。
人の動きが鈍い。
活気がない。
そして。
「……臭いますね」
ルカが小さく言った。
「ええ」
エレインも頷く。
空気に混じる、わずかな腐敗臭。
だが、それ以上に目につくのは。
人だ。
顔色の悪い者。
壁にもたれて座り込む者。
担がれて運ばれる者。
「想像以上ですね」
レオンが言う。
俺は周囲を見た。
「広がっていますね」
一部ではない。
都市全体に及んでいる。
⸻
王宮へと通される。
案内の兵の足取りも、どこか早い。
「急いでいるな」
ルカが呟く。
「余裕がないんでしょう」
エレインが答える。
その通りだった。
⸻
通された部屋には、すでに人がいた。
女性だった。
長い髪を後ろでまとめ、無駄のない動きで薬を調合している。
その横顔は整っていた。
整いすぎている、というほどではないが、
どこか目を引く均整の取れた顔立ち。
だが。
その視線だけが鋭かった。
「……あなたが」
その声は落ち着いていた。
「他国から来た“治療者”ですか」
王族ではない。
だが、この場を仕切っているのは明らかに彼女だった。
「そうです」
俺は答える。
女は手を止めない。
「私はセリア、この国で薬師をしています」
名乗り方が簡潔だった。
自信がある。
そういう人間の言い方だ。
「状況は把握していますか」
「ある程度は」
「なら話は早いですね」
セリアは視線を外さない。
「この病は、現在のところ有効な治療法がありません。薬草、解毒、体力回復。すべて試しましたが、決定的な効果はない」
淡々とした説明だった。
だが、その奥にある焦りは隠れていない。
「にもかかわらず」
一拍。
「あなたが呼ばれた」
少しだけ、声の温度が下がる。
「なぜですか」
試している。
そういう問いだった。
俺は答える。
「分かりません」
セリアの眉が、わずかに動いた。
「ですが」
続ける。
「治せる可能性があるから、でしょう」
沈黙。
数秒。
セリアは小さく息を吐いた。
「……随分と自信があるんですね」
その時、わずかに表情が緩む。
年相応の、柔らかさ。
一瞬だけだったが、それで十分だった。
「事実です」
即答だった。
空気が、わずかに張る。
ルカが楽しそうにしているのが分かる。
⸻
セリアが言う。
「では、見てください」
奥の寝台を指した。
患者が横たわっている。
若い男。
顔色は悪い。
唇は乾いている。
呼吸が浅い。
そして。
床の近くに置かれた桶。
水のような液体。
「……典型例です」
セリアが言う。
「急速に体力を失い、衰弱していく。何もできないまま」
悔しさが混じる。
だが、それでも冷静だった。
俺は患者に近づく。
脈。
速い。
皮膚。
乾燥。
眼球。
わずかに落ちている。
そして。
床の桶に視線を落とす。
水のような液体。
「……便の回数は」
俺は聞いた。
セリアが答える。
「頻回です。止まりません。水を与えても、そのまま出ていく」
俺は頷いた。
「発症はいつから」
「三日前です」
「この患者だけではありません」
セリアは続ける。
「同様の症状が、複数の地区で同時に出ています」
「家族単位で広がることもある」
そこまで聞いて。
俺は、わずかに視線を上げた。
「水源は」
セリアが一瞬、言葉を止める。
「……水源?」
「井戸ですか、それとも川ですか」
セリアは眉をひそめた。
「それが何か関係あると?」
俺は答えなかった。
代わりに、窓の外を見る。
遠くに見える水路。
そして、街の下流へ流れていく汚水。
「……なるほど」
小さく呟く。
「何がですか」
セリアの声が少しだけ強くなる。
俺は患者に視線を戻した。
「まだ仮説です」
一拍。
「ですが、このままでは、死にます。この国が」
空気が止まる。
セリアは、何も言わなかった。
ただ、俺を見ている。
試すように。
見極めるように。
「では」
ゆっくりと口を開く。
「どうするのですか」
その問いに。
迷いはなかった。
「方法はあります」




