第26話 次の患者
神殿の改革から、三ヶ月。
王都の空気は、完全に変わっていた。
かつて祈祷の列が並んでいた場所には、今は診察を待つ人々が静かに並んでいる。
「次の方」
呼び出しの声。
かつて神官だった男が、落ち着いた様子で患者を案内する。
もう祈りは行われていない。
ここは、治療を行う場所だ。
呼ばれた患者が、緊張した様子で入ってくる。
俺は椅子に座ったまま、視線を向けた。
「どうしましたか」
男は少し戸惑いながら言う。
「足を……痛めまして」
「見せてください」
腫れ。
熱感。
圧痛。
「捻挫ですね」
男が目を見開く。
「ねんざ……?」
「関節を支える部分を痛めています。骨は折れていません」
安心したように肩の力が抜けた。
「先生、お願いします」
呼び方が変わっていた。
俺は頷く。
処置はすぐに終わる。
固定。
炎症の抑制。
回復魔法。
男はゆっくりと足に体重をかけた。
「……痛くない」
外がざわめく。
「本当に治ったのか」
「すげえ……」
診療補助の神官が、小さく言った。
「さすが先生です」
その言葉に、周囲が頷く。
俺は何も言わなかった。
ただ次を呼ぶ。
「次の方」
診療は続く。
淡々と。
だが確実に。
人は救われていく。
⸻
「本当に、すごいですね」
声がした。
振り返ると、そこに王女が立っていた。
エレインもその隣にいる。
王女は穏やかな表情でこちらを見る。
「私の時もそうでしたが、まるで、何が起きているのか分かっているように治療される」
俺は軽く頭を下げる
「仕事です」
王女は小さく笑った。
「そう言い切れるのが、すごいのです」
エレインが口を開く。
「王都でも評判ですよ。祈りではなく、治療をする医者というものがいる、と」
俺は肩をすくめた。
「噂は大げさです」
「いいえ」
エレインははっきり言う。
「事実です」
一瞬、視線が合う。
その目は、まっすぐだった。
少しだけ、言葉に詰まる。
「……そうですか」
そう返すのがやっとだった。
王女がくすっと笑う。
「少し、慣れてください。皆、本当に感謝しているのですから」
沈黙。
だが、悪くない空気だった。
⸻
その日の夕方。
神殿の奥の部屋。
王子が書簡を手にしていた。
「隣国からの依頼だ」
俺は受け取る。
そこに書かれていたのは。
――原因不明の病が広がっている
――既存の治療では効果がない
――死者が増え続けている
そして。
――貴国に“治療を行う者”がいると聞いた
俺は目を止めた。
王子が言う。
「お前の噂が外に出た」
エレインが小さく笑う。
「当然ですね」
王子は続ける。
「向こうは神殿ではなく、薬草治療が主流の国だ。それでも抑えきれていない」
沈黙。
「藁にもすがる思いで、お前に依頼してきた」
部屋の空気が少しだけ重くなる。
王子は俺を見る。
「どうする」
迷いはなかった。
「行きます」
即答だった。
王子は頷く。
「護衛はつける。エレイン」
「任せてください」
即答。
そして。
エレインが一歩近づいた。
「無茶はしないでください」
その距離は、少し近かった。
「あなたがいないと困りますから」
一瞬、言葉の意味を考える。
そして、少し遅れて理解する。
「……仕事的な意味ですよね」
そう言うと、
エレインはわずかに笑った。
「さあ、どうでしょう」
視線が逸らされる。
珍しい。
俺は少しだけ困る。
王女が小さく笑っていた。
⸻
次に向かう場所は決まった。
未知の病。
既存の医療が通用しない領域。
そして。
俺にしかできないこと。
「医者の仕事です」
そう言うと、
エレインが小さく頷いた。
この世界の外で。
新しい戦いが始まる。




